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セルフラーニングコミュの鉄則中の鉄則《学び手は常に正しい》

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インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック (単行本)
島宗 理 (著) 価格: ¥ 2,100 (税込)
を読みました。

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E2%80%95%E6%95%99%E5%B8%AB%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF-%E5%B3%B6%E5%AE%97-%E7%90%86/dp/4946553193/ref=pd_bbs_sr_1/503-9142333-7852702?ie=UTF8&s=books&qid=1182303613&sr=8-1

 その中に「鉄則12 学び手は常に正しい」というのがあります。
p64から抜粋します。


「教えようとしていることがうまく教えられないとき、教えては《個人攻撃の罠》に陥りがちだ。
 個人攻撃の罠とは、教え手が教えようとしていることを学び手が学んでいないときに、それを学び手や教え手の能力や適正、やる気のせいにしてしまって、改善のためのアクションをとらないことだ。
 (中略)
 インストラクションを改善していくための鉄則中の鉄則として、《学び手は常に正しい》というルールを覚えておこう。
曇り雨曇り雨曇り雨曇り雨曇り雨

 このことは、とても大切なことです。鉄則中の鉄則、まさにそうです。私が教材を作るとき、教えるときに、肝に銘じてきたことです。もちろん、よく忘れて、個人攻撃の罠に陥ることはたびたびですが。
 とにかく、学び手が理解しないとき、できないとき、学び手が悪いとしないで、教材が悪い、そして教え方が悪いとして、それを改善することを考えることが次のステップにつながるのです。

 このことはこれまでも書いてきたと思うのですが、《学び手は常に正しい》という端的な表現に感心したので、ここでとりあげたいと思います。

 なお、「インストラクショナルデザイン」は、行動分析学をもとにしたものです。行動分析学は私がこれまで行ってきた塾での指導、生活の中の行動の基本をなすものです。プログラム学習も行動分析学に基づいたものです。

コメント(11)

《学び手は常に正しい》・・・重い言葉ですねー。

こうして、あらためて言葉として与えられると、とても新鮮で強烈です。

日々、この言葉との戦いですね。(^_^;)

ときどき、子ども問題を当てると、ふてくされた表情をする子がいます。
「僕とは合わないのかなぁ」なんて感じることもあるのですが、これが間違いなのかなぁと思えるようになってきました。
(やっとこの年齢で・・・(^_^;)・・・49歳)

答えが判らない時に、困った表情をする子と、ふてくされた表情をする子が居ることを、もっともっと早く気づきたかった今日この頃です。


 たにやんさん

 日々、この言葉との戦い

 私もそうです。

 知識としてはかなり前からあったのですが,感情的になって,こんなことも分からないのか,などと思ってしまったりしますね。この年齢(54歳)になっても。だから,日々,戦いです。

 ただ,知識としてでも,そのようなことを知っていることは大切だと思うのです。まずは,知ること,かな。
 大ちゃんの日記で少し意見交換をしました。それが、今回のトピを深めるのにいい例だと思います。本人の了解も得られたので、ここに転載いたします。


(大ちゃんの日記)


今日の授業は大失敗。

理解できていないなと分かっていたのに時間を気にしてしまい、先に進めてしまった。

中三で非常に大切になる「相似」の導入なのに。

我ながらクズだと思った。

勉強が分からないのは9割以上が教師の責任だと僕は思ってはいるつもりだ。

しかし数学で1を取ったことがあるコンプレックスがどこかで僕に言い訳を与えているのかもしれない。

そもそも僕に理系を任せるのが間違いなのだからと。

最低だ。教科を好きにさせるのも9割以上は教師の責任。

僕も数学・化学が分からなくなって勉強が嫌いになった口だから、
ああいう教師にはなりたくないと反面教師にしている教師は何人もいる。

そいつらと同じようなことをしてしまったことに激しく自己嫌悪感を覚えてしまった。
(大ちゃんの日記へのYojiのコメント)

コミュ「セルフラーニング」で、今朝、「学び手は常に正しい」というトピを立ち上げたばかりです。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=19807553&comm_id=1037793

 その中で「教えようとしていることがうまく教えられないとき、教え手は《個人攻撃の罠》に陥りがちだ。
 個人攻撃の罠とは、教え手が教えようとしていることを学び手が学んでいないときに、それを学び手や教え手の能力や適正、やる気のせいにしてしまって、改善のためのアクションをとらないことだ。」と書きました。

 いま大ちゃんは、自分、教え手を攻める《個人攻撃の罠》に陥っていますね。自分を攻撃するより、次にうまくやるように、改善することが大切だということです。
(大ちゃんの日記のコメント)

> Yojiさん

>その中で「教えようとしていることがうまく教えられないとき、教え手は《個人攻撃の罠》に陥りがちだ。
 個人攻撃の罠とは、教え手が教えようとしていることを学び手が学んでいないときに、それを学び手や教え手の能力や適正、やる気のせいにしてしまって、改善のためのアクションをとらないことだ。」と書きました。

その通りだと思います。学び手は悪くないです。
分からないのは教える側に問題があると僕も思います。
だから上手くできなかったときは自分が悪いと思います。
もちろん改善策も考えますよ。
(Yojiのコメント)

 大ちゃん

 ここは大切なので,細かいことを書きますね。

 「自分が悪い」

 を「自分の教え方が悪かった」にして欲しいのです。

 「自分が悪い」となると,
 「教え方が悪い」も含まれるでしょうが,
 「自分には能力がない,自分にはやる気がない,自分は教える者として失格だ,自分は性格が悪いんだ,・・・・」

 ということにもなってしまいます。

>>理解できていないなと分かっていたのに時間を気にしてしまい、先に進めてしまった。

 という点を大ちゃんは,ちゃんとおさえています。それでいいんです。そして,そこに焦点を合わせて,それからどうすればいいのかを考えれば。

 自分をぐずだ,と思う必要はないですよ。
 そこに焦点がいくと,どうどうめぐりで,解決策がさがせなくなりますよ。

 性格,人格という大きなものを観るのではなく,一つの行動をみて,それをどうするか,ということを考える,ってことです。

 大ちゃんはまじめすぎるのですね。もっと肩の力をぬいて気楽にやりましょう。

 この意見交換,セルフラーニングのコミュでやりたかったなあ。もし,大ちゃんがいいなら,これまでのコメントを転載したいのですが,どうですか?
(大ちゃんのコメント)

> 「自分が悪い」となると,
 「教え方が悪い」も含まれるでしょうが,
 「自分には能力がない,自分にはやる気がない,自分は教える者として失格だ,自分は性格が悪いんだ,・・・・」

そこまでは思ってないです。言葉のあやです。
すいません。クズって言葉は止めた方がよかったですね。

反省はしてます。何がいけなかったのかは分析しました。
理解できていないと分かっていながら時間を気にしてしまった
のは優先順位間違えたなと反省し、授業の方法も練り直しました。

ただ、今回は自分の信条に反してしまったので自己嫌悪感を持ってしまったというのはありますが。自分の人格自体は否定していません。

>大ちゃんはまじめすぎるのですね。もっと肩の力をぬいて気楽にやりましょう

AB型だからか二面性があるようで、僕のこと真面目だという人もいれば、不真面目に感じる人もいます(笑)。基本的には大雑把な人間ですが、一部のことにはこだわりを持っていたりするので、真面目に感じることもあるのかもしれません。「悩みがなさそうでうらやましい」と生徒や同僚に言われることもありますし。

>この意見交換,セルフラーニングのコミュでやりたかったなあ。もし,大ちゃんがいいなら,これまでのコメントを転載したいのですが,どうですか?

お役に立てるのなら。
是非どうぞ。
 大ちゃん

 このコミュへの日記の転載を了解してくださって、ありがとうございます。

 さて、
 そうですね。言葉のあやというものですね。

 このトピを立ち上げて直後に大ちゃんの日記を読んだものですから、言葉じりをとらえるようなことをしてしまいました。
 批判的な言葉になったことをお詫びします。

 ただ、ここで言いたかったのは、大ちゃんのようなまじめな人は、つい自分を責めてします。また、不真面目といおうか、他罰的な人(すぐ人のせいにする人)は、分からないのは生徒が悪いんだ、ということにしてします。

 そうではなくて、もし、生徒が理解できていないとしたら、それは何のためだったのかを、その教える行動なりに焦点をあてる必要があるのだということですね。

 大ちゃんも、ちゃんとそこのところは押さえているようです。表現の問題で、ちょっと意見交換になったのですが、認識を深めるのにはいい例だったのではないかと思います。
 私も常に「自分の教え方」を考えつつ、教えています。改善点は無いか、相手に合った方法は何か、あの手この手を考えています。

 たまに、「なんでこんなにも分からないんだろう。自分だったら・・・自分がこのくらいの年のときは・・・」と考えて、イライラすることがありますが冷や汗


 少しトピズレしますが、上のコメントでのやりとりで、「自分が悪い」ではなく、「自分の<教え方>が悪い」と捉えることは、マーチン・セリグマンという心理学者が考える「楽観主義の心理学」と同様の捉え方だと思います。

 彼の言う「楽観主義」を簡単に言うと

・悪いことは一時的、一部的、局所的なものである。
・良いことは永続的、全体的なものである。

と捉えることだと言っています。
・悪いことは一時的、一部的、局所的なものである。

そうですね。その「一時的、一部的、局所的な」悪いことをひとつずつ直していく,そうすると教え方は向上する,ということでしょう。


・良いことは永続的、全体的なものである。

 ???
 私は,よいことも「一時的、一部的、局所的な」ものととらえているなあ。
 まだ,楽観的な思考ができていない,ということか。
そうですね。それだけ見ると、悲観的なのかもしれません。

ですが、悲観主義にも利点があったと思います。

このセリグマン博士の「オプティミストはなぜ成功するか」という著書を読んだのは大分昔のことなので、詳細は忘れてしまいました。もう一度読み直そうと思います。

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