産業革命の先陣をきったのは、イギリスであり、おおむねその時期は、1760年代から1830年代と考えられている。現在では、その産業革命に先駆けて農業革命があったという認識が主流で、当時の工業の原動力となったのは、農業生産の形態の変化によって職を失い都市部に集まった労働者である。そこで重要なのは、例えばイギリスでは、農業革命、産業革命がもたらしたのが、単に製品の工業化だけでなく、労働者階級、中流階級、地主といった現在まで続く階級を生み出したことだ(さらに当時の植民地政策をも強化させている)。つまり、産業革命がもたらしたものは、産業製品による生活の変化だけでなく、社会システムの変化なのだ。
その後、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本と、産業革命の波は広がったのだが、当のイギリスで「産業革命」なる言葉を広めたのは、その最初の工業形態の変化が一通りの落ち着きを見せた1840年代、エンゲルス (1828- 95)によってであり、学術用語として定着するきっかけとなったのは、1884年に出版されたイギリスの経済学者アーノルド・トインビー(1852-83)の遺稿集『イギリス産業革命史』(Lectures on the Industry Revolution of 18th century in England)によってである。つまり、産業革命は、その「革命」が進行している間ではなく、後から認識されたものであり、その「革命」は、市民社会の変化と密接に結びついている。現在では、その産業革命と市民社会の変化をもって、「近代」の幕開けと認識されているが、おそらく、その変化の真最中にいた人々は、そのことをさほど気にしてなかっただろう。むしろ、その産業革命がもたらした変化に驚愕したのは(冒頭に引用したラッセルの描写のように)、少し後の時代の人たちに違いない。
そのことを思えば、今、「情報革命」というにふさわしい変化が起こっている私たちの時代は、18世紀の産業革命を後の人が「近代」の幕開けと設定したように、遠くない未来の人にとって「現代」よりも次の時代区分の始まりと認識される可能性は大きい。いや、少なくとも2001年の9月をもって、ある時代の幕開けと記録されることは、間違いないだろう。今、我々は、後に観測されるであろう、人類の進化過程の一部として重要な時間のうねりの中にいるのだ。
無論、ここで気をつけなければいけないのは、「近代」、「現代」といった言葉が、時代区分の歴史用語であると同時に、文化的な区分をも意味することである。実際のところ、現在では「近代美術」、「現代美術」は、それぞれジャンル用語として機能している。我々が生きる時代にも「近代的」なものは、存在している。しかし、一方で、「現代美術」なる用語は、21世紀が開けて10年を経て、まだ有効なのだろうか?
かつて数百年、あるいは数千年以上も昔の人類に比べ、我々はきっと知的な進化を遂げているだろう。一方で、その時代の人々が知っていたことを我々は忘れてしまっているに違いない(語義的には、何かを失うこともまた「進化」の一部である)。そう考えれば、遠い未来の人々は、きっと我々の知らないことを知っていて、我々の知っていることの一部を忘れてしまっているだろう。しかし、その進化の鍵を握っているのは、それぞれの時代を生きている人たちであり、我々もまた、その一員なのだ。つまり、我々は進化の中に生きている。そういった人類の進化という時間軸を考えたとき、人間一生分の時間にも近い、「近代」「現代」といった時間区分は、農業革命、産業革命、情報革命という3世紀に渡る進化の中では、さしたる意味をもたないのかもしれない・・・・・・
(1)バートランド・ラッセル「急速な時代の進歩、環境の変化」、『訳注ラッセル選』、佐山栄太郎(編)、南雲堂、1960年、pp.174-175
(2) ポール・ヴィリリオ『情報化爆弾』丸岡高弘(訳)、産業図書、1999年、p.151, Viriliol, Paul, The Information Bomb, trans: Chris Turner (London: Verso Books, 1990), p.117
(3) 「twitter」は、2006年7月にObvious社(現Twitter社)が開始した簡易投稿サイト。個々のユーザーが「ツイート」と呼称される短文を投稿し、ゆるいつながりが発生するコミュニケーション・サービスであり、広い意味でのSNSの1つといわれることもある。自分専用のサイト「ホーム」には自分の投稿とあらかじめ「フォロー」したユーザーの投稿が時系列順に表示され、それが「タイムライン」と呼ばれる。2008年頃から急速に利用者が増加しており、一般の利用者に加え、44代アメリカ大統領、バラク・オバマをはじめとする政治家、芸能人、大手企業重役など、各界の著名人も利用している。2009年1月15日、USエアウェイズ1549便がニューヨークのハドソン川に不時着水した航空事故では、たまたま目撃した近隣の市民がTwitterでいち早くその様子を発信し、リアルタイムで世界的な話題になったことが有名である。
(4) ただし、屋外の永久設置作品については、ビエンナーレ組織委員会全体の決定によって決定された。