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2020年05月28日09:08

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連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第41話

 船のローリングは酷くなるばかりだった。何か物を伝わなければ歩くのも難しくなっていたが、昼が近くなったので食堂兼用の休憩室まで昼ご飯を食べに行った。おにぎりを頬張り、お茶を飲む彼を、テーブルに頬杖をついてハリが見つめている。
 彼は近くのコンセントと携帯とを充電ケーブルで繋いでいたが、現在地を確かめようとして異状に気がついた。
「あ、一難去ってまた一難かぁ」
「どうしたの?」
「充電ケーブルが断線しかけてるみたい」
 かつて八重山でも同じことを経験していたのに、予備を持ってきておくべきだったと彼は悔いた。彼の場合、長旅には携帯とパソコンが必需品だったが、携帯が使えなくなるということは携帯をルーターにしているパソコンでもウェブが使えなくなるということだ。お手上げである。
 鹿児島に戻れば新しいケーブルが手に入るだろう。硫黄島に携帯会社のショップがあるとは思えないが、何とか島までもたせ、宿の人か同宿の人が同じ種類のケーブルを持っていることに期待するしかない。
「全然充電できないの?」
「いや、こう、この角度をキープしてたら何とか」と彼は言いながら、顔の前で携帯のコネクタに差し込んだケーブルの端子を摘まみ、静止している。
「あは、その格好おかしい。私がやっててあげるからご飯食べちゃって」 
「お願いする」
 ケーブルが届かなかったので、ハリと彼は席を入れ替わった。
「これって結構腕が疲れるね」
 彼が食事を終えるとふたりはとりとめもない会話を交わしながら、充電作業に交代で従事した。充電量を示すメーターは遅々として進まなかったが、どれほどそんなことをしていただろうか、急に揺れが穏やかになり、間もなく竹島に到着するというアナウンスが流れた。あれだけ荒れていたのに予定より少し早い着岸になりそうだった。
           フォト   
「行こう!」
 彼は席を立つと急いで食事の後片づけを始める。
「どうするの? まだ竹島だよ」
「竹島に着地だけはできるかもしれない」
 彼は充電ケーブルをコンセントから抜くとハリの手を引っ張った。
 フロント前に行くと、先ほどふたりを閉め出した鉄扉はあっさりと開かれている。外通路に出ると竹島の小さな港が見えた。やはり吐噶喇の雰囲気と似ているなと彼は思った。乗務員たちが接岸準備に入っていた。
 1人は大ぶりの鉄砲みたいなものを港の上空に向け、シュポッと先の尖った円柱を撃ち上げる。放物線を描いた円柱には細いロープがついていて、桟橋のコンクリートの上に着地すると、港側の作業員がそれを拾い、ロープを手繰る。するとロープと結ばれたひと抱えもあるような太い綱が、波の下から姿を洗わすのである。円柱は船と港とをつなぐ最初の絆なのだった。
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