2017年ラダ誕二作目です。
一作目はこちら。『口づけは密やかに』
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8803435
冒頭の詩は『ギリシャ詞華集』(西洋古典叢書)より。
「黄金の蜂蜜酒」というのはクトゥルー神話に出てくるアイテムで、「名状しがたいもの」「黄衣の王」と呼ばれるハスターの眷属であるバイアクヘーを召喚するものです。
ミーノスの言葉はノルウェー語です。
神話時代のミーノスとラダマンティスの話は『クレタから吹く風』
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4144377を参照。
ある娘が暮方、僕に濡れた唇で接吻した。
その接吻は神酒(ネクタル)の味、彼女の口は神酒(ネクタル)の香がしたもので。
僕はその接吻に酔いしれた、愛をたっぷりと飲んだから。
無名の古代ギリシャ人の恋愛詩
『蜜月の夜』
十月三十日。ラダマンティスの誕生日の日である。
その夜、ラダマンティスと彼の恋人であるカノンは、冥界のカイーナにて二人で酒を酌み交わしていた。
冥界の食を食べた者は冥界の住人になってしまうのが掟であるため、生者であるカノンがこの地の食物を口にすることは出来ない。そのため二人の前に並べられているのは、カノンのためにわざわざ地上から取り寄せた酒や酒肴だった。
芳醇で濃厚な赤葡萄酒をカノンがラダマンティスの杯に注ぐ。低いテーブルを挟んで向かい合わせに長椅子に座り、机上のチーズやハムをつまみながら、互いの近況などを語り合って、なごやかな時間が過ぎていく。
その時。
突如、ラダマンティスの居室の扉が勢いよく開かれた。
「お誕生日おめでとうございます(グラチュレーレル・メ・ダーゲン)、ラダマンティス!」
明るくにぎやかな掛け声とともに、クラッカーが打ち鳴らされた。
パーン、というにぎやかな火薬の炸裂音がして、色紙やリボンがさみだれのようにラダマンティスとカノンの頭上にはらはらと降り注ぐ。
「…ミーノス…」
しばらく固まっていたラダマンティスだったが、やがて闖入者の名を苦々しげに呼んだ。
突然の来訪者は、彼の同僚にして冥界三巨頭の一人、天貴星グリフォンのミーノスだった。
「こんな夜分に何の用だ?」
「何って、あなたの誕生日のお祝いに駆け付けたんですよ」
「………」
「………」
にこやかに言ってのけたミーノスに、ラダマンティスとカノンの二人はそろってうさん臭そうな視線を向けた。
二人の反応にミーノスが肩を落として慨嘆する。
「…やれやれ、人の好意を信じられないとは、困ったものですねぇ。ラダマンティス、私はあなたの神話時代の『兄』なのですよ。『兄』として、あなたの誕生日を祝ってあげたいと思うのは、自然な感情ではないですか」
ギリシャ神話によると、ミーノスとラダマンティスは大神ゼウスを父に、フェニキアの王女エウロペを母に持つ、同母兄弟ということになっている。
「あいにくだが、今のおれにはお前が『兄』だという感情はない…。神話時代の出来事は一応は『データ』としては冥衣からおれの頭脳にインストールはされているがな。それに『好意』というが、お前の好意はいつもおれには迷惑のもとにしかなっていない気がするぞ」
「それは価値観の相違ですねぇ。実に悲しいことです」
ラダマンティスの反論をミーノスはあっさりといなした。
「まあ、そう警戒しないでください。ちゃんと誕生祝いも持ってきてるんですよ」
ミーノスがラダマンティスに差し出したのは、黄金色の液体が入った一本の酒瓶だった。
「蜂蜜酒です。どうぞ」
「…どうも」
ためらいながらも礼を言って受け取るあたり、ラダマンティスは基本的に人が良かった。
「ラダマンティス、カノン、新婚の一か月をなぜ『ハネムーン』と言うか、知っていますか?」
「いや…」
ミーノスが唇に優美な笑みを浮かべて説明する。
「古代のゲルマン人は蜂蜜酒に強精作用があると信じていましてね。だから新婚の妻は夫に蜂蜜酒を飲ませて、子作りに励んだんですよ。それで『蜜月(ハネムーン)』」
まあ、と、ミーノスがきざったらしく自分の前髪をかき上げる。
「今夜、あなたたちが精をつけて愛の営みに存分に励めるように、という、私の深い思いやりですよ。…もっとも、あなたたちでは子供は作れませんがね」
「……」
ミーノスの揶揄に憮然とした顔になったラダマンティスの手にある蜂蜜酒の瓶を、カノンがにらみつける。
「まさかこの酒、冥界の蜂蜜で作っていて飲んだら冥界の住人になるとか、体が女や幼児に変わるとか、媚薬が混じっているとか、そういう変な作用は…」
「ありませんよ。今生の私の祖国ノルウェーで作られている、ごくごく普通の蜂蜜酒です。あ、それとも…」
ぱちん、とミーノスが指を鳴らす。
「変わった蜂蜜酒をご希望ですか?それなら名状しがたき黄衣の王の眷属を召喚できる黄金の蜂蜜酒をご用意しますよ。いあ!いあ!」
「そんな冒涜的でヤバい代物が飲めるか!ってか、実在するのかよ!?二十世紀の創作神話だぞ!」
くわっと叫んだカノンにミーノスは楽しそうに笑い声をこぼした。
「ははは、冗談ですよ。では、良い夜を(ハイン・フィン・クヴェル)」
そして手をひらひらと振ると、ミーノスはラダマンティスの居室を後にした。
再び二人きりになったラダマンティスとカノンは、しばらくミーノスからもらった蜂蜜酒の瓶をにらんでいた。しげしげとラベルを眺めて、間違いなくノルウェー産であり、栓にも何も細工がされてないことを繰り返し確認してから、カノンが口を開いた。
「…とりあえず、飲んでみるか?」
「そうだな」
ラダマンティスは戸棚からワイングラスを改めて二つ用意した。金属製の栓をねじって開けると、黄金色に輝く蜂蜜酒をワイングラスに注ぐ。
「では…」
毒味のつもりで、ラダマンティスはまずは自分が蜂蜜酒を一口、口に含んだ。
「…どうだ、ラダマンティス?」
「うむ。うまい。蜂蜜の味と香りがする。甘くて、デザート代わりに良さそうだ」
ラダマンティスに何も異常が起きないことを確かめて、カノンも蜂蜜酒の杯を手にした。
「…ああ、確かに甘くてうまいな」
「だろう?珍しい酒だが、これはこれでいいな」
しばらく、二人はちびちびと蜂蜜酒をあおっていた。
やがて蜂蜜酒を口に含んだラダマンティスの姿に、カノンが目を細めた。いたずら小僧のような光が目にきらりと宿る。
ふいにカノンは上体を伸ばし、ラダマンティスの首筋に手をかけて彼を引き寄せた。
「…カノン…ッ!?」
唐突に、カノンはラダマンティスに口づけた。そして相手の口内に含まれていた蜂蜜酒を吸い出し、自分が嚥下する。
「こら、カノン、何を…」
「ふふふ…」
体を離したカノンが酒で濡れた自分の唇を赤い舌でちろりとなめた。
「こうして飲むと、もっと甘いな」
「まったく、お前は…」
「ほら、お前も飲んでみろよ」
今度はカノンは自分の杯から蜂蜜酒を口に含むと、ラダマンティスに再び口づけた。口移しでラダマンティスに蜂蜜酒を飲ませる。ごくり、と、ラダマンティスの喉が鳴った。
「…な?」
「ああ、本当に、もっと甘くてうまくなる…」
「だろ?」
ちゅ、ちゅ、とリップ音を響かせて、二人は酒杯を片手に戯れのようなキスを繰り返した。
ラダマンティスの顔を間近でのぞき込むカノンの瞳に色めいた艶が浮かぶ。
「これで今夜はたっぷりと精をつけろよ、ラダマンティス。おれを満足させる前にへばったりしたら、許さんからな」
「…お前こそ、おれより先に根を上げるなよ」
互いを挑発した二人は、改めて蜂蜜酒の味がする深い口づけを交わすのだった。
<FIN>
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