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2017年07月19日19:39

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『アレトゥーサの銀貨』第1話

 「海が好き!2017」http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=63829621参加作です。
 ジュリアンに誘われてソレントともにバカンス先の小島に来たカノンがポセイドンに遊ばれる話です。
 ジュリアン(ポセイドン)とカノンの話は『倫敦三重奏』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3351082『鮫人の涙 土中の碧』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3390376『ボスポラスの夕べ』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3390443『森の奥で死者たちは泣く』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4114832『二つの宝玉』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5328347『海皇の悪戯』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6802338『海皇様の海龍愛玩大作戦』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7503210『女神と海皇の諍い』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8189423を参照。
 シチリア島の都市国家シラクーザ(シュラクサイ)とニンフのアレトゥーサについては、『小っちゃくなっちゃった!』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8374971でも逸話を取り上げています。


『アレトゥーサの銀貨』第1話

 双子座の黄金聖闘士であると同時に海将軍筆頭・海龍を兼ねているカノンは、海界を統治するかたわら、時々、ギリシャのソロ邸に顔を出している。聖戦後にひょんなことからジュリアンと再会したカノンは、暗殺未遂事件だのテロリストの襲撃だのからジュリアンを守る羽目になって、何だかんだと彼と親交を深めているからだ。ポセイドンのことも海闘士のことも何も記憶のないままのジュリアンだが、カノンには奇妙な親しみを感じたらしく、兄のようにカノンを慕っている。カノンもまた、幼い頃からポセイドンの依代としてジュリアンの成長を見守ってきたこともあり、彼には罪滅ぼしをしてやらねばというような気持ちを抱いていた。
 そんなわけでその夏の日もソロ邸にジュリアンを訪ねたカノンは、リビングの大型テレビの前にジュリアンと二人で陣取り、日本製のゲーム機で対戦格闘ゲームをしてジュリアンの遊び相手を務めていた。
「カノン、私、来週からバカンスに行こうと思うんですよ」
 コントローラーを操作しながら、ジュリアンはカノンに世間話のように切り出した。
「そうか」
「ヴラヘロナ島…と言っても分かりませんね。要はエーゲ海にソロ家が所有してる小島と別荘があるので、そこに行こうと思ってるんです。もちろんソレントも呼んで」
 オーストリアの音楽学校に通う学生でもあるソレントは、学業がある時は、そちらを優先しているので、いつもジュリアンの側にいるというわけではない。ソレント本人は「学校なんかいつでもやめます!ジュリアン様の執事見習いとしてずっとソロ邸にいます!」という心境なのだが、当のジュリアン本人がソレントの音楽家としての才能を高く買っていて、彼がフルート奏者として大成し、自分がその後援をすることを己の夢の一つとしており、「とにかく卒業までは、ね?」とソレントを学校に通わせているのだ。
「カノン、あなたも来てください」
「…は?」
 カノンが一瞬呆然とした隙を突いて、ジュリアンはカノンの操作していたキャラに大技を撃ち込み、相手を倒した。
「あーっ!!!!」
「やったー!」
 カノンが驚きの声を上げ、ジュリアンは喜びの声を上げた。
「ジュリアン、てめ…、今のコンボは相当にやりこんでないと出せねぇぞ!まさか仕事をそっちのけにして、このゲームをやってるんじゃないだろうな!?」
「…ツッコミどころはそっちですか?」
 バカンスで一緒に島に来て欲しいという話ではなく、自分のキャラを倒されたことに関心が向いているらしいカノンにジュリアンが呆れたように言った。口ぶりがまるで息子の生活態度を注意している父親のようだ。
「…ったく、ゲームを夢中になってソロ家を傾けました、なんてなったら、おれも会わせる顔がないぞ」
「会わせる顔がないって…誰に?」
「…いや、そりゃまあ、死んだお前の父親とか、先祖とか…」
 小首を傾げたジュリアンに、口の中でごにょごにょとカノンが呟く。まさか「ポセイドンに」とは言えない。まあ、ソロ家が海皇の依代を出す家としてポセイドンの加護を受けた一族である以上、そう簡単に傾いたりはしないだろうが。
「…で、何でまた急にバカンスに行く話になったんだ?」
 ゲームを一時中断し、カノンがジュリアンに尋ねる。
「実は、来週、ローディス夫人がうちに来襲するんです」
「…誰?」
「私の母方の祖父の姉の夫の従弟の娘に当たる方です」
 家系図を頭の中で描きながら、カノンは思わず呟いた。
「それはほとんど他人と言わないか?」
「まあ、そういう血縁もあるんですが、私の母の友人と言ったほうが早いですね。悪い方ではないんですが…その、人の縁談をまとめるのが趣味みたいな方で、私にも会うたびに親戚の女の子とかを紹介して、付き合いを勧めるんですよ」
「ああ…なるほど…」
 カノンはジュリアンが「来襲」と評した事情を察した。つまり、おせっかいな親戚のおばちゃんが見合い写真をしこたま抱えてやって来ては、「会うだけでも…」とジュリアンをうるさくせっつくのだろう。
「そりゃあね、私もソロ家の当主なのだから、結婚して後継ぎを作れ、という話をもちかけられるのは、理解しますよ?でも、私はまだ十代ですよ?結婚どころか、婚約だってするのは早いでしょう?」
「まぁな…。城戸沙織嬢に求婚した本人が言ってもあまり説得力はないが…」
 あいづちを打ちながらも、カノンはそのローディス夫人とやらの下心も察した。確かに結婚するには早すぎるとはいえ、世界屈指の大富豪であるジュリアンの配偶者に自分の親戚の娘を押し込むことができれば、夫人が受ける利得もただならぬものがあるのだろう。
 海界の最高権力者として、カノンも同じように若いころから縁談を次から次に持ちかけられた経験があるだけに、ジュリアンが鬱陶しがる心理はよく分かった。「ポセイドン様への奉仕が第一だ」とか「そんな気になれない」とか「仕事が忙しい」とか、色々と理由をつけては断り続け、やがて周囲もあきらめムードになったが、それでもまだ懲りずにカノンに縁談を持ちかけてくる馬鹿が年に一人くらいはいる。
「最初は、私には好きな人がいる、ミス・サオリだ、と言って断ってたんですが…」
「それでは断り切れんのか?」
「…見込みがない相手をいつまでも未練がましく引きずるものではない、それよりも新しい女性と恋をして気持ちを切り替えなさい、と言われるようになって…」
「それもまあ、一理はあるな…」
「見込みがないなんて、失礼な言い方ですよね!ただミス・サオリにはちょっと露骨に避けられて、会話どころか顔を会わせる機会もないだけです!」
「……」
 憤然としたジュリアンに、「それは十分に見込みがないだろ…」とカノンは心の中だけで突っ込みを入れた。
 はぁ、とジュリアンが色っぽいため息をつく。
「ああ…、ミス・サオリは私のどこがいけないのでしょう。若くて美しくて富も権力も才能も高貴さも全てを持ち合わせているこの私なのに…」
「……」
 多分お前のそのポセイドンを思わせる自意識の高さだろうな、とカノンは思ったが、やはり口にはしなかった。
「まあ、そういうわけで、いい加減に夫人と顔を会わせるのも面倒になったので、バカンスを理由に逃げようと思いまして。どうせ税金対策で年に何日かはそこの別荘に滞在しないといけませんしね。船をチャーターして乗りつける以外に交通手段もない所なので、さすがに夫人もそこまで押しかけては来ないでしょうから」
「なるほど」
 で、と、カノンは続けた。
「なんでおれまで行かないといけない?ソレントと二人で行けばいいだろう?」
 ジュリアンは眉をひそめ、声を抑えて言った。
「…私があまりに女性との付き合い話を断っていたので、ローディス夫人がとうとう、私には同性愛の傾向があるのではないか、いつも一緒にいるあのソレントが相手では…とか、言い出したんです」
「…あぁ〜…それは…」
 他人事ながら、カノンも頭を抱えてうなった。見目麗しい美少年二人が親密にして他の女性には目もくれない…という光景は、確かに誤解を呼びやすかった。変に醜聞になっては、ジュリアンも、ソレントも、もちろん困ったことになるだろう。
「だからソレントと二人きりってのはまずいんですよぉ!カノン、あなたも来てください」
「…いや、だったら最初からソレントを呼ばなければ…」
「ブドウ畑とオリーブ畑と漁村と海に面した別荘以外、何もない小島なんです。一人で行ってもやることがないですよ。かといって社交界の取り巻きなんか連れて行きたくもないし…。いいですね、カノン、来てください。もう決定しましたからね!」
「…ん…むぅ…」
 カノンは口の中で呟き、頭の中で自分の夏の予定を思い起こした。
「まぁ…ひと夏ずっとというわけにはいかんが…。一週間くらいなら…」
 結局、ジュリアンに押されて、カノンはバカンスにともに行くことを了承した。何だかんだで彼はジュリアンに甘いところがあり、ましてや少々困ったことになっているらしい彼の立場を思うと、断り切れなかったのだ。
「良かったぁ!」
 ジュリアンは満面の笑みで喜び、それから膝を抱えると唇を尖らせた。
「…まったく、私の結婚なんて放っておいてくれたらいいのに…。後継ぎなんて、養子を取ればいいことだし…」
 ぶつくさと文句を言うジュリアンにカノンが苦笑する。
「まあ、そう言うな。ソロ家の血を残すのもお前の務めだ」
 ジュリアン以外にもソロ家の血を引く人間がいないわけではないが、やはりポセイドンも自分の依代にするならソロ家の嫡流の血を望むだろう。
「ねぇ、カノン、あなたは双子のお兄さんがいましたよね。妹はいませんか?」
「いないが、どうした?」
「…あなたの妹が相手なら、ミス・サオリをあきらめて結婚してもいいかなぁ…って。十歳くらい年上でも、私は全然気にしませんよ!あなたの妹なら絶対に美人だし!」
 カノンは脇のテーブルに置いてあったコーヒーポットからコーヒーを己のカップに注ぎ、それをすすって言った。
「いないものはいない。仮定の話をしても空しいぞ」
 ぶうっとジュリアンはふてくされたような表情をした後、すっと遠い目になった。
「いっそお前を女に変化させて娶るという手もあるが…」
「…は?」
 コーヒーを飲んでいたカノンの目が点になる。
「ジュリアン、今…何か言ったか?」
 何かものすごく不穏な発言が聞こえたような気がするが、とカノンは寒気を感じた。一瞬だけポセイドンの小宇宙がして海の気配が部屋に漂ったように思うのは、カノンの気のせいだろうか。
「え?カノン、私、何か言いました?」
 きょとんとした顔でジュリアンがカノンを見返す。
「…いや、何でもない…」
 ポセイドンは眠っているように見えて、何かの折りにひょっこりと意志を示すことがある。あるいは深層意識からジュリアンを操り、外界で起こることを秘かにのぞいているのではないかと思わせるふしもある。
 ジュリアンには「ポセイドン」としての記憶がない。ないはずなのだが、カノンは「…こいつ、記憶喪失のふりをして、実は全て分かった上でおれの前で『ポセイドン』と『ジュリアン』を使い分けてないか?」と疑うこともある。そう疑いはしても、真正面から思い切ってジュリアンに真相を問い詰めるほどの度胸も、今のカノンにはなかった。
 結局カノンは黙って、ジュリアンのカップにコーヒーを注ぎ入れて、彼に差し出したのだった。

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