最近の子供たちが読んでいる読み物の挿絵を見ていると、どれもこれもアニメ絵ばかりで、個人的に猛烈に憤慨してしまう瞬間がある。
その人の美的感覚を育て上げる過程の上では、やはり、幼少時の読み物の挿絵の影響が大きいからだ。
私の場合。
七十年代を幼少時として過ごしたので、アニメ絵の挿絵などひとつもなく、あるのは以下のような絵柄ばかりだった。
これは
山本耀也。
見ただけで私と同年代の方はああ、あの絵かと思い当たるはずである。
これは
伊勢田邦彦。
当時の私にとって、江戸川乱歩ものの挿絵というと、この人だった。
これは
秋吉巒。
小悪征夫、天堂寺慎とともにSMものの挿絵もやっていた画家で、幻想的な画風には見覚えのある方も多いだろう。
これは
加藤孝雄。
地味ながら、やはりあの絵だと思い出させてくれる絵柄で、この人の挿絵でどれだけ物語がキュッとしまったことか。
これは
藤本蒼。
寺山修司からおなじみのイラストレーターで、やはり、我々の年代に強烈な存在感を残した。
後は、トラウマそのものの、石原豪人がいるのだけれども、ここでは絵は知ってるけれども名前は今はじめて知ったというような面々を取り上げてみた。
他にもまだまだいるのだが、これだけでもかなりの美的センスが磨かれるはずである。
実際、私の年代の子供たちは、たいてい絵がうまかった。
アニメ絵で育った今の子供たちの美術は、私の知る限り、お話にならぬくらいだと聞いているので、可能な限り、犬神図書館に子供たちを招いて、子供たちの心にトラウマを与えまくって、「絵のうまい子供」を育て上げていきたい。
無味乾燥な御時世だからこそ。
貴重な子供時代をヌルい絵で過ごすべきではないと考えるのだ。
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