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2021年09月14日11:51

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(読書)『ニーチェ入門』(竹田青嗣著:ちくま新書)

以前、NHKの番組『100分de名著 共同幻想論』のテキストを買って読み込んでいた時、「貴族道徳と奴隷道徳」という言葉に出会った。この概念の提唱者は、哲学者のニーチェのようだ。そこで、ニーチェがどんな哲学を展開しているのか興味が湧き、まず、『道徳の系譜学』(光文社古典新訳文庫)にあたってみた。

ところが、ニーチェの文章の文体は非常に分かりにくく感じた。多分翻訳の責任ではないだろう。ニーチェ自身の思想の表明のしかたに独特の癖みたいなものがあり、慣れない読者には分かりにくいのだろうと思う。そこで、なにか啓蒙書のようなもので地ならしをしたいと考え、この本に当たってみることにしたのである。読んでみると、非常に面白い。ニーチェの思想のユニークさが良くわかるような気がする。興味をもった点を4点ほどピックアップして紹介してみたい。

1.まず「アポロン的」と「デュオニソス的」という言葉が紹介されている(P42)。これらの言葉は、以前耳にしたことはあったが、詳しい定義まではよく知らなかった。今回、この本を読んで、その意味の詳しい解説に接することができて、非常にためになった。特に音楽は本質的にデュオニソス的なものだと言える。人間にとっては、アポロン的なものを良く知ることで、かえってデュオニソス的なものの存在意義のなんたるかを深く理解することができるようになるだろう。

2.「文化の本質は励まし合いの制度だ」という見解が解説されている点に興味をもった。その部分の著者の記述を紹介しよう。

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文化の本質は何か。この問に対してニーチェは非常に明確な答えを返す。つまり、文化とは、単に人間の生活を便利にあるいは快適にするためのものではない。それはむしろ、人間のありかたをつねに「もっと高い、もっと人間的なもの」へと向かわせるための、いわば励まし合いの”制度”なのだ、と。(P68)
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ちなみにコンサートの意義はまさにこれだと思う。コンサートの演奏者は、来場する演奏者をどんなふうに励ましたいのか、そこを確認するべきだろう。

3.人間が持っている「力(ちから)」というものを真正面から評価しようとする姿勢には深い共感を覚える。おそらくニーチェの哲学のもっとも魅力的な側面だろう。その部分の著者(竹田氏)の記述を引用により紹介する。

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 自分たちは「力」をもっている、快楽を生み出す力、創造し工夫する力、困難を切り抜ける力、他人を養ったり、助けたりする力等を。この場合の「自分たちは力を持っている」という自己肯定的な感情にこそ「よい」という言葉の本質がある。つまりニーチェはそう主張するのである。(P80)
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西部邁と新野哲也との対談で構成されている『正気の保ち方』(光文社)を読むと、「人間存在の本質は自己肯定と自己否定のあいだでバランスをとることにあるのだ、アイデンティティなるものもそのバランスのとり方における自己に固有の方法ということなのだ」という記述がある(P152)。この見解は非常に啓発に富む。ここで、自己肯定と自己否定のどちらが重要かというと、圧倒的に自己肯定である。自己肯定があるからこそ、その制御としての自己否定が意味を持つ。ではその大切な自己肯定感をどのように見いだすべきか、その回答が、上記のニーチェの哲学の中にあるといえる。

上述の「力」との関連でいうと、昨今の少子化は、この「力」と関係が深いと思う。どういうことかというと、出生世代の若い人たちが出生意欲を持つためには、自分が持っている「力」に対して自信が持てなければならないと思う。現代は、若いひとが自分の「力」に自信をもつことが難しい時代なのだ。

4.ルサンチマンを持っていると、現実を直視する勇気と改革のための行動の勇気とがくじかれるという意味の記述があり、大変啓発を受ける。その部分を引用で紹介しよう。

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ルサンチマンを持たない人間は、現実の矛盾をいったん認めた上で、自分の力において可能な目標を立て、あくまで現実を動かすことを意欲する。しかしルサンチマンを抱いた人間は、現実の矛盾を直視したくないために、願望と不満の中で現実を呪詛しこれを心の内で否認することに情熱を燃やす。(P108)
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なお、本書の第3章には「超人」の思想や「永遠回帰」の思想について解説されているが、このあたりは私には難しくてよく分からなかった。しかし一般の読者はたぶんそれでいいと思う。

【目次】

まえがき

第1章 はじめのニーチェ

第2章 批判する獅子

第3章 価値の転倒

第4章 「力」の思想

結び

あとがき

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