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2020年05月31日09:43

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連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第44話

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 2日間の欠航で滞っていた物資がまとめて届いたらしく、積み込みに時間はかかっていたが、やがて積み終えたおばあが運転席の方に回ってふたりを見、怪訝な顔をする。
「1人と聞いとったがな」
「そうなんです。娘が一緒に来たいと言うもので。もちろん部屋は1つでいいですし、食事も1人前のままでいいですから、追加お願いできませんか?」
「食事も1人分でええなら問題はないわ。汚いが乗って」
 おばあはにこりともせずに言った。
「お世話になります」
 おばあが運転席、もうひとりの女性が助手席に座り、ふたりは後部座席に座った。
「悪いが寄り道する」
 何だかしゃべり方が初期のハリに似ていると彼は思った。
 車は港を出て細い道を少し走り、一軒の家の玄関で助手席の女性を降ろした。2人で民宿をやっているのかと思っていたが、そうではないらしい。後ろから荷物も降ろすようだったので彼は手伝うと言ったが、「軽いものばっかりだから」と女性は遠慮した。
「2日間欠航で大変だったでしょ?」
おばあに訊くと、
「お客に食べさせるものがなくなった」と、おばあは初めて笑った。正確には笑い声らしき声を発した。多分それは笑い声だったと思う。
          フォト   
 女性が荷物を降ろし終わると再び車は走り出したが、宿はすぐ近くだった。積み込み作業を待っている間に歩いていたら先に着いていたくらいに近かった。ボロボロというほどではないがかなり古びた、普通の民家のような宿だった。入ってみると座敷部屋の数は意外に多い。ふすまが全て開け放たれていたし、靴箱に靴もなかったので、客は誰もいないことがわかる。
「今朝までHプロダクションが8人ほどで撮影に来てたがな、飛行機か何かチャーターして帰った。今日はあんたらだけよ」
 そういうことに疎い彼でも知っている芸能プロダクションの名前だったが、どうやらこの宿で充電ケーブルを調達することはできそうになかった。
「明日1人来るがな」
「え? 明日は運休日のはずですけど、どうやって来るんです?」
「ああ、そうだ。どうやって来るんかいな」
 沖縄や八重山と似て、結構いい具合に緩いなと彼は思った。
 古くてテレビが置いてあるだけの座敷にふたりを通すと押し入れと風呂の場所を教え、今から出かけるが夕食は6時半ごろに声をかけると言い置いておばあは玄関から出て行った。ぼくたちも散歩に出かけますと彼は後ろ姿に叫んだ。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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