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2017年07月16日22:22

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キョート/ニシジン・ゲヴァントハウス・オーケストラ第二回公演、今日も絶好調・・・京響定期

参りましたなあ、こんな演奏、京都でやってもらっちゃあ、大阪のオケの商売あがったりでんがな、堪忍しておくんなはれ。

京都 京都コンサートホール
京響第614j回定期演奏会
広上淳一指揮 京都市交響楽団
(客演コンサートマスター 豊嶋泰嗣)
ヴァイオリン独奏 ピンカス・ズッカーマン
ブラームス:大学祝典序曲作品80
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61
ブラームス:交響曲第3番ヘ長調作品90

ベト協を聴いているときは、今日の演奏会の一番の聴きものはこのコンチェルトであって、ズッカーマンさんの太い太い、タコ糸をさらに数本よったような太ーい、かつ馥郁と香り立つ艶やかなヴァイオリンの音で奏でられることによって、この曲の魅力を初めて知ったような気がする、という思いを抱いていたんだけど、ブラ3をの冒頭を聴いて、ぶっ飛びましたね。

なんや、この腹に堪える、地の底から吹き上げるような音は?これが、京響の音か?あの、昔、同じブラ3をやった時(確か大友さん)、そこで聴いた、固い固い響きはどこに行ったんや?「京響、ブラームスなんて無理してやらんでもええのに」とまで、うちの家で言われていた音は?

その前のベト協のバックにおいて、ズッカーマンさんがトゥッティのパートまで一緒になって弾くもんだから、それにあおられてか、太い音を奏でるなあ、すごいなあ、と思っていたのが、それを上回る、さらに熟成の進んだ響きでもって、堂々と恰幅よく鳴る様は、「瞠目に値する」。冒頭のF-As-Fから、ぐうの音も出ませんでしたね。そう、まさに蕩けんばかりに「熟した」「ドイチェ・ロマンティーク」の響き。

徹頭徹尾、広上さんの棒は遅めのテンポ、それでもって、しっかりと、踏みしめるように「ブラームスの音」を鳴らしていく。そこに聴くことができる音は、まるで僕の青春時代、1970年代のカラヤン・ベルリンフィルの、その「レコード」で擦り切れるまで聴いていた、あの音の記憶を呼び起こす。胸を熱くして、時に涙すら流しながら聴いていた、あの熱い熱い、憧れを乗せた、深い太い音の記憶(帰ってから確認したら、カラヤンのテンポは今日の広上さんよりもやや早く、むしろチェリビダッケのそれに近かったことが分かったけど)。

「ブラ3は・・・指揮者のコンクールで指揮させられた曲で、怖くてですね・・・・これまで、実は今日をいれて4回しか振っていないんです。明日名古屋で振って、5回目、そんなもんなんです」とのプレトーク。

おそらくは来シーズンにむけて、4曲をすべて振るつもりであろう(と、ぐすたふくんが勝手に思っている)ブラームスのシンフォニー、その最初になぜブラ3を持ってきたか・・・なんとなく、この言葉でわかったような気がしました。

前回の大阪特別公演で旗揚げした「広上淳一とニシジン・ゲヴァントハウス」、もとい、広上・京響(笑)。マーラーの千人はそれまでの総括、それはそれとして、今はさらにその上、違うステージへ、一段とレベルを上げたオケへと向かっている・・・・そのことに何とも言えない感慨を禁じ得ない。

ぐすたふくん、付いていきます。ええ、行きましょうとも、どこまでも。

昨日大阪で「ミサ」さえなければ、二日とも聴きに来たのに、とっても惜しいことをしたなあ・・・明日の名古屋も、行く予定を組んでおけばよかった・・・昨日の「ミサ」の、生涯忘れないであろう、圧倒的な衝撃さめやらぬぐすたふくんをして、ここまで思わせる、掛け値なしのすばらしいベートーヴェンとブラームスだったです。オーケストラを聴く、「交響曲」を聴く、その醍醐味、十分に味あわせてもらいました。

来シーズンにきっとあるだろう4番は、二日であろうと名古屋を含めて三日であろうと、全部聴きに行きたいものだ・・・・広上・京響の4番のパッサカリア、その目指す音楽の彼岸、そこにともに居たいと切に願います。

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