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2023年06月11日15:39

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【ブックレビュー】多神教と一神教

多神教と一神教
(副題)古代地中海世界の宗教ドラマ
本村凌二著
岩波新書


 日本にはもとから存在している八百万の神々に加えて、仏教やキリスト教等の神仏が来日したため、多神教どころの騒ぎではありません。著者は本書で、人々の「心性」を重視しています。現代の日本人の「心性」はどのようになっているのでしょうかね。

 タイトルからは多神教と一神教の比較という印象を受けますが、メソポタミア、エジプト、といった紀元前の多神教から始まり、ユダヤ教の誕生、キリスト教の拡大、という具合に、多神教から一神教へと変化した理由や過程についての考察です。学術的な記述ではなく、一般向けの読みやすい書き方となっており、神話や古代社会の話という事で性愛に関する話題あり(えっち好きな私は)とても楽しめました(笑)。


 最も興味深かったのは、大噴火による気候変動がエジプトでの多神教を禁ずる宗教改革を後押しして、その宗教改革は失敗に終わったものの、旧約聖書の成立に影響を与えたのではないかという仮説です(P71〜)。証明するのは難しそうですが、近世ヨーロッパの宗教改革の背景に気候の寒冷化があったという話を読んだ事があり、なるほどなと思いました。現在も気候変動が問題となっていますので、人々の世界観が大きく変化するような宗教的な動きがあるかもしれませんね。


 一神教誕生の背景として、数千もあった文字の減少(アルファベットの誕生)や神々の吸収合併(P82〜)があったという指摘も面白いです。私は「人間はなるべく頭を使わない方向に進化している派」なので、この説は支持したいです。また、ヘブライ人が長年に渡って受けていた苦難も下地となっているでしょうね。著者は社会心理学から援用して「危機と抑圧」と表現しています。古代人は神々の存在や声をリアルに感じていたのに、アルファベットの普及や「危機と抑圧」によりその能力を失って、代わりに「ロゴス」によるユダヤ教が生まれたという説です。ユダヤ教の人達は怒りそうな気もしますが。


 「心性」という点で改めて考えさせられるのは以下の引用のような人間の在り方です。

・・・・・
 神話は口承として伝えられたのであるから、どのように語られたかはわからない。親や乳母が小さい子供に聞かせるとき、涙とともに語られることもあった。少なくとも子供たちは聞かされた話をそのまま信じたのである。
(中略)
 ところで、「信じる」という営みは真偽の尺度でははかれないところがある。ある人が自分の経験を信じるというとき、その人にとってそれは真であるが、他人にとっては真でも偽でもない。「信じる」ということはどうしても捨てられない選択があるというにすぎない。作り話のなかに事実あるいは真理の核心がひそんでいることはギリシア人の確信であった。少なくとも民衆の多くにとっては神話の核心は捨てられない選択であった。それを捨てるということは想像もつかないことだった。
・・・・・(P125)

 科学がいつまでも(おそらく永遠に)宗教を打ち負かせない理由がここにもありそうですね。


 注意したいのは、一神教の持つ、人間の内面への干渉です。

・・・・・
 多神教の神々は崇拝者の心の内までのぞきこむことはない。
(中略)
 ところが、一神教の神は人間の内なる世界にまで入りこむ。まず絶対神への帰依の念だけが要請されるのであり、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」(「マルコによる福音書」一二・30)という第一の掟がある。だが、やがて日常生活における心のあり方にも純粋さが求められ、なによりも「隣人を自分のように愛しなさい」(同31)という第二の掟がくる。
 さらには、かつては「姦淫するな」とだけ命じられていたが、それが「みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、すでに心の中でその女を犯したのである」(「マタイによる福音書」五・28)と警告されるようになる。
・・・・・(P214)


 私達の生活している自由主義社会では、他者に危害を与える自由は厳しく制限されている代わりに、内面の自由は保証されています。キリスト教とイスラム教では心のあり方を規定される点は忘れないようにしたいと思います。もっとも、現在の日本では、他者の内面の自由を奪おうとしていうのは共産主義とフェミニズムですけどね。ただ、著者は本文の最後をこう結んで心性を重視しているようです。

・・・・・
 これらの一神教は、その神が全能であり、普遍であり、絶対であればあるほど、人間の心の内にも禁欲という規範を課すことになる。しかし、そこに生きる人々には禁欲というものはより豊かな内なる世界の充実であり、必ずしも重荷であるとは感じられなくなっていたのかもしれない。
・・・・・(P218)

 アタラクシア的な心理状態でしょうか。穿って見れば、食料や土地のリソース不足が人口抑制のインセンティブになっていたんだろうなとか考えてしましますが、それはともかく、私には一神教は無理みたいです。


 ともあれ、古代の地中海〜西アジアに展開された、多神教から一神教へと至る長くて曲がりくねった物語を、著者の洞察と想像力を羅針盤にして楽しめる一冊です。

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