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2023年02月23日14:44

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【ブックレビュー】未来倫理

未来倫理
戸谷洋志著
集英社新書


 昨年、「まだ存在していない人達に対して、現在の人達が責任を負う義務はない」という趣旨の主張に触れました。うーん、それはそうかもしれないけど、ちょっと無責任じゃないのかなと反論を考えてみました。最初に浮かんだのは、有名な「生命は遺伝子の乗り物」的な理論で、自分の遺伝子(の一部)が未来永劫存在するのが生命の存在意義であるから、子孫の存在(可能な環境)に対して責任を負うという物です。直系の遺伝子だけでなく血縁の遺伝子も含めてという広い意味の説ですと、自分の遺伝子を残す可能性が低い人やすでに不可能になった人の利他的行動も説明できます。それから、自分が社会的存在であるなら、自分の死後も自分が所属した共同体が存続する限り、共同体の一部として存在できる(法事をやってもらえるとか墓という物理的範囲を占有できるとか)ので、未来の人達が存在できるようにしておこう、という気が起きるかなと思います。その他に何か理論なり学説なりがないかなあと思っていましたら、タイムリーな事に本書の発刊を知りましたので読んでみました。著者は、「現代ドイツ思想を中心にしながら、テクノロジーと社会の関係を研究」という方で、ハンス・ヨナスに関する著作が多いようです。



 第一章では、倫理・倫理学の基本を紹介しつつ、本書でどんな考察をするのかを挙げています。第一章を読めば、続きを読みたくなるはずです。


 第二章は、技術と人の関係です。原爆や原発事故の当事者である日本人には特にリアルに感じられると思います(啓蒙の弁証法や温室効果ガスや人新世についてはちょっと疑問もありますが)。


 今回の私にとっては、第三章の「未来倫理にはどんな理論があるのか?」が最も読みたかったパートでした。契約説、功利主義、責任原理、討議倫理、共同体主義、ケアの倫理、の六つの理論を分かりやすく説明してくれています。どの理論も説得力がある一方で弱点も抱えていますので、「これが正解」とはいきませんが、十分に思索の助けになります。私には、責任原理が最も好ましく思えました。政策的には共同体主義が一番有力な印象です。討議倫理は、昨今の一部国家の横暴や不健全なディベート文化の蔓延を鑑みるとちょっと弱いかもですね。
 ケアの倫理はもっと注目されて欲しいと思います。

・・・・・
(前略)当然のことながら、人間は子どもとして誕生し、多くの場合、老人として死去する。その人生の始まりと終わりにおいて、誰であっても他者から世話されるのであり、他者に依存しなければ生きていけない。そのように他者に依存することを過小評価することは、正義の倫理にありがちな考え方である。これに対してケアの倫理は、他者への依存は決して蔑視されるものではなく、むしろ人間の条件を構成するものなのである、と考える。
・・・・・(P118)

 日本にもともと存在していた世代間の分断が、新型コロナウイルスのパンデミックと社会の混乱によって広がってしまったように感じます。未来の人々はもちろん大切ですが、まずは現在の私達の間の分断を解決するのが先ではないかなとも思います。


 第四章では、代表的な課題である、気候変動・放射線廃棄物・ゲノム編集を例に、具体的な解決方法を探っています。耐震だけでなく、放射性廃棄物や廃炉技術の問題も解決していないのに原発を再稼動したり新設しなければならない状態をどうしたら良いのでしょうか。


 第五章は、未来倫理が宿命的に抱える、未来を予見できるかどうかという点についての考察です。正確に予見できないけれども、諸問題を解決しなければならないという苦しいポイントですね。本書で挙げている三つの手法とも万全ではありませんが、手探りでもやっていかなければなりません。



 新型コロナウイルス、戦争、インフレ、と、未来の心配をする余裕がないように思われる現状ではありますが、「現在においては対処することができるが、未来になると対処できなくなる問題も考えることができる」(P131)というのが未来倫理の議論です。これが「まだ存在していない人達に対して、現在の人達が責任を負う義務はない」への反論になるかと思います。未来の人々のために現在の人々が餓死したり凍死したりするのは本末転倒ですが、手遅れにならないラインで次世代・次々世代へと地球を渡してゆくのために未来倫理の考察を続けなければならないでしょう。

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