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2020年10月16日08:17

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短期連載ブログ小説 淋しい生き物たち−ねぇおじーちゃん 第5話

 お風呂から上がり、いつものようにぼくがクーちゃんの全身に保湿剤を塗り、ドライヤーで髪を乾かし、ツインテールに髪をくくった。クーちゃんはふだんは髪をひとつにくくるか、お母さんやおばあちゃんにもう少し凝った髪型にしてもらうかするのだが、いつだったかたまたまぼくが気まぐれにツインテールにしてみたとき、それが気に入ったらしいんだけど、可愛いからと次にお母さんがツインテールにしようとしたら、
「それをしてもらうのはおじーちゃんだけよ」と拒否されたそうだ。クーちゃんはぼくと一緒のときだけツインテールになる。
 クーちゃんが子ども用の愛らしい浴衣姿になり、支度を整えてからぼくたちは料理の待っている別室に向かった。座卓にはお子様メニューと大人用メニューが並んでいる。仲居さんが「ごゆっくり」と部屋を出てから、ぼくはぼくの前に並んだ刺身の盛り合わせの中からイクラをそっくりクーちゃんにプレゼントした。3歳のころから大好物なのだ。
「ありがとう! これぜんぶたべていいの?」
 小さな体にあんまりよくはないからと、いつもはそんなにたくさんは食べさせてもらえないのだ。
「旅行だから特別だよ。オレンジジュースもね。お母さんには内緒」
           フォト
 クーちゃんはいつも結局自分からばらしてしまうんだけど、内緒が大好きだ。ぼくはビールをグラスに注ぎながらそう答えた。クーちゃんは嬉しそうに、大事そうにひと粒ずつイクラを口に運んだ。半分ほど平らげて、残りは最後にとっておくらしかった。好きな物を最後にとっておく人と先に食べてしまう人と、世の中には二種類のタイプがあるようだけど、クーちゃんもぼくも前者なのだ。
「さて、イクラだけじゃなくて他のものもしっかり食べるんだよ」
「はーい」
 クーちゃんはあんまり大人の言うことに従順なタイプではないんだけど、機嫌のいいときだけは素直だ。ハンバーグやスパゲッティーをほおばり、ストローでジュースを飲んでから言った。
「ねぇねぇ、それでおじーちゃんのホントの初恋は?」 
「あは、憶えてたか。それじゃ、話そうかな。ぼくのホントの初恋はね、中学1年生のときだったな。同じクラスに圭子さんっていう女の子がいてね」

(挿絵 匿名画伯)

【作中に登場する人物、施設等にモデルはありますが、実在のものとは一切関係がありません】

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