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2015年08月25日07:31

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賢治とオーラソーマ改訂版(元は2007年08月07日)

 天の頂きに、白鳥座のデネブと琴座のベガ、鷲座のアルタイルがかたちづくる夏の大三角形が巡ってくる季節になりました。

 宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』は、主人公のジョバンニが、丘の頂きに立つ天気輪の柱から、まばゆい光と共に一瞬のうちに天空に上げられ、宇宙空間を走る列車にのって、友人のカンパネルラとともに銀河を旅する物語です……。

 現実世界からイマジナリーな世界へとストーリーが大転換を遂げるこのシーンの舞台装置として、丘の上に立つ巨大な磐座のような天気輪の柱、夜空に瞬く琴の星、白鳥を描いた測量旗を閃かせる三角標(ピラミッド?)などが巧みに配されているのは見事だとしかいいようがないのですが、おそらく、地元の山の頂きの磐座の上に寝そべって、夜空の星を仰ぎながら一夜を明かすことなど朝飯前だった賢治にとって、こうした舞台装置は自家薬籠中のものではなかったろうかと想像します。

 さて、最愛の妹“とし子”を失った傷心の賢治は、1923年のある夏の日、彼女の魂との交信を求めて、夜汽車に乗り、北へ北へと旅をします。ちょうど白鳥座が天頂に巡ってくる頃、岩手を旅立ち、サハリンの白鳥湖へと向ったのでした。透明な水素でできたリンゴの中を駈けるように、北へ北へとひた走る夜汽車……まさに、この光景は、そのまま『銀河鉄道の夜』のストーリー展開に深く重なってくるのです。

 そして目的地だった北の果てサハリンの浜辺に辿り着いた賢治は、広大なオホーツクの海を眺めながら、その天然の色彩のなかに、とし子の魂の特性を読みとってゆくのでした……。例えば、賢治は、こんな挽歌を残しています……。



わびしい草穂やひかりのもや
緑青は水平線までうららかに延び
雲の累帯構造のつぎ目から
一きれのぞく天の青
強くもわたくしの胸は刺されてゐる
それらの二つの青いいろは
どちらもとし子のもっていた特性だ
わたくしが樺太のひとのない海岸を
ひとり歩いたり眠ったりしてゐるとき
とし子はあの青いところのはてにゐて
なにをしてゐるのかわからない

(宮澤賢治『オホーツク挽歌』より)



 オホーツクの海の色というのをぼくは実際に見たことはないのですが、緑青というのは、酸化した銅の色ですから、青というよりもずいぶん緑に近い青だったでしょう。その海原の緑と空の青とが絶妙の2相のコントラストをなしている様を見た賢治は「その二つの青いいろは、どちらもとし子のもっていた特性だ」と詠むのです……

 二つの色相を魂の色として読み取るこうした賢治の感性には、まったくの驚きを感じざるを得ません。オーラソーマの色彩言語を学ばれたことがある方なら、上に謳われているとし子の魂の色がB3のハートボトルの色とそっくりであることを知ってきっと驚かれることでしょう。ところが、こうした二つの色相による表現は、ここだけでなく賢治の作品の至るところで見ることができるのです……たとえば……



あまの川のまん中に、
黒い大きな建物が四棟ばかり立って、
その一つの平屋根の上に、目もさめるやうな、
サファイアとトパーズの大きなすきとほった球が
輪になってしづかにくるくるとまわってゐました。
黄いろいのがだんだん向ふへまわって行って、
青い小さいのがこっちへ進んで来、
間もなく二つのはじは、重なり合って、
きれいな緑色の両面凸レンズのかたちをつくり、
それもだんだん、まん中がふくらみ出して、
たうとう青いのは、
すっかりトパーズの正面に来ましたので、
緑の中心と黄いろな明るい環とができました。
それがまただんだん横へ外れて、
前のレンズの形を逆に繰り返し、
たうとうすっとはなれて、
サファイアは向ふへめぐり、
黄いろのはこっちへ進み、
また丁度さっきのやうな風になりました。
銀河の、かたちもなく音もない水にかこまれて、
ほんとうにその黒い測候所が、
眠っているように、しづかによこたはったのです。

(宮澤賢治『銀河鉄道の夜』九、ジョバンニの切符、より)



 ここで描かれているサファイアとトパーズが巡る星は、白鳥座のくちばしにあたるアルビレオと呼ばれる二重星がモデルになっているのですが、このように賢治の作品には、随所で二相に分かれた色彩の二重奏が描かれています……。

 大正から昭和の初期にかけて駆け抜けていった賢治の色彩感性が、オーラソーマが伝えようとしている色彩言語とどこかで深い共鳴を起こしていることはなかなか興味深いことではあります。

 かつて鳥山敏子さんと一緒に活動していたとき、「賢治の作品を身体で読む」というワークをやっていた時期があるのですが、例えば、黄金の銀杏の子どもが風に乗って母なる故巣の梢を離れるにあたり、魔物からお姫様を救い出すという勇敢な旅を夢想する『いてふの実』などを身読してゆくと、イエロー/ゴールドのエリアの課題が見事にあぶりだされてきたりするのです……。

 ともかく宮沢賢治の作品は、星や宝石や花など自然界の様々の色や音で満たされていますから、色を視覚化したり、音を聴覚化したり、あるいは身体化したりして読んでゆくと、伝わってくるものがずいぶん違ってきます……。

 ちなみに板谷栄城氏の『宮澤賢治の見た心象』という本は、そうした賢治の色彩感覚にフォーカスしたすばらしい作品となっていますので、色彩言語に関心のある方にはぜひ一読をお薦めしたいと思います。


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