模型の整理をしていて古い模型を収納した箱を見つけた。この箱はクロムウェルというレジンキット業者でA9というイギリスの巡航戦車、けっこうよい出来だった。A27Mクロムウェル、A34コーメットも作りA13、A13Mk�兇鮃愼�したが製作せず処分した。 収納し
最近雌阿寒岳が噴煙を上げているが、27年前の平成20年の秋、釣りをしていたら雌阿寒岳が噴煙を上げ始めた。けっこう近くに見え怖かった。
和寒町の廃校塩狩小学校の空中写真の様子。画像は昭和43年年、昭和52年、令和6年で各2枚ずつ。昭和43年は廃校1年前、少し離れた道の近くに細長い構造がありプールのようだ。学校の向かいに行った場所は小川の橋の場所でその先に木々の塊がありその近くが神
15年以上前に合同探索をしていた人が訪れた画像を見て一度行ってみたかった和寒町の廃校塩狩小学校に合同で行った。道は舗装され走りやすかったが学校の位置は案内板が草木に隠れ分かりにくかった。 道が付け替えられグラウンドを貫通しているようだ。校舎
12年前に訪問した時の士別市北静川小学校の様子。木がまばらに生える草地に崩れた校門があった。奥に行くと校舎の土台、便槽跡と倒れた煙突があった。 校舎の近くには廃屋が一軒残っていた。
12年ぶり訪問の士別市北静川小学校の様子。敷地の道近くに崩れた校門と奥に校舎の土台があるが草木が茂り見えなかった。後方にあった民家も取り壊されていた。 帰りにパトカーがやってきて何をしているか聞かれ廃校跡に来たというと熊が出るので注意して
名寄市風連の忠烈布地区の学校の少し奥に個人の開拓記念碑があると合同探索メンバーで話題になったが行くのを忘れていた。 そこで10年前の個人開拓記念碑を撮影した画像を公開。
10年ぶり訪問の名寄市風連の忠烈布小中学校の様子。この付近はキャンプ場などが整備されているが熊の出没が多く、学校跡地はいつもは草が刈られているようだが今回は刈られていない上に前々日の大雨で湿地状態だった。跡地の撮影にとどまった。 その後貯
剣淵町の廃校東剣淵小学校の13年前の校門。2個ある校門の片方のプレートがなくなっていたが13年前はまだあり、開校と廃校の年が書かれていたのが確認できた。
13年ぶに訪問した剣淵町の剣淵小学校の様子。グラウンドはドグランになりけっこう利用者が来ている。校舎は残っていないが古い体育館が残っている。廃校から51年経っているがよく残っていた。 国道の近くに校門が残っている。片方のプレートに校名があ
美瑛町に行くのは30年以上ぶりだ。合同廃校探索で忠別小学校跡に行った。この学校は昭和63年3月にダム建設に寄り廃校になっている。ここは天人峡温泉の途中にあり昭和53年に修学旅行で行ったので学校の前を47年前に通っているはずだ。その後30年ほど前に職
浜頓別町の廃校舎内小学校は平成25年前後に撮影したはずだが画像がない。廃校と思わなかったので校舎前に行っただけだったのか分からないが初撮影となった。住宅には人が住んでいる。雨が降り記念碑などは近づいて撮影できなかった。
今日は興部町のどこでもドアから入った。どこでもドアは一方通行なので事前に滝上町の道の駅に車を止めバスで紋別→興部と移動しどこでもドアから入った。 ドアの外に出ると高台、サロマ湖道の駅の上だ。ここにもどこでもドアがあったのか!サロマ湖道の駅
浜頓別町の廃校仁達内小学校、平成26年に訪問しようと道には行ったが乾燥で土埃がひどく車が汚れるので断念し再訪することにした。再訪は11年後になった。当時は残っていた校舎が数年前に倒壊したのか無いようだ。 今回の訪問は雨が降り草木も伸びていて記
今日から開始の留萌、空知、上川の合同探索は明日の美瑛辺りで合流予定だが天候がかなり荒れた天気になりそうだ。北見山地越が心配だ。最近のゲリラ豪雨はあり得ないほど短期間に豪雨になる。
12年ぶりに訪問した浜頓別町の廃校富丘小学校、崩れかけているようだ。以前は奥にゲートボール場があり轍が続き利用されていたようだが今は使われていないようだ。草が茂り記念碑は見えなかったが遊具は残てちるようだ。
枝幸町の千畳岩、看板はよく見るが初めて行った。満潮なのか岩が広がっていなかった。キャンプ場は終了しているがキャンピングカーが駐車場にたくさん止まっていた。
オホーツクミュージアムえさし2回目の入館、団体が来ていて人がたくさんいた。今回はオホーツク海沿岸で珍しい物。 ダウリアチョウザメ、昔はオホーツク海沿岸の川にもチョウザメがいたのでこれもいたかな? リュウグウノツカイもこちらにいたのに驚き。
夕方、職場のホールが赤く明るくなっている。非常灯でもついているのかと思い行くと夕陽で赤く染まっていた。外に出るとその夕焼けが輝いていた。しかしまばゆい光ではなく少しブルーライトをカットしたような輝き。晩夏か初秋の輝きになった。
護衛艦ゆうべつは機雷掃海任務も担当していて大湊水中処分隊の人も来ていて作業について説明していた。 護衛艦の乗員ではないが必要に応じて乗艦し乗員になるそうだ。作業はヘリコプターで吊り下げられ機雷や不発弾の場所に降りたり、ゴムボートで行き爆薬
紋別港に来ていた護衛艦ゆうべつの艦内公開の様子。最新鋭のステルス艦なので許可されたもの以外は撮影禁止だった。前部は垂直発射装置、主砲と環境、マストは良し。館内通路は一切撮影禁止だった。 後部ヘリポートはヘリコプターの着艦固定具は良いが格納
興部町にどこでもドアがあった。運動公園の入り口の横だ。入ってみると外に出た。風景が違うが見たことある場所、滝上町の道の駅だ。そういえばどこでもドアがあると最近聞いたが・・・車を取りに14時間歩いた。
ピットロード製九八式6トン牽引車の部品点数が多いので3回に分割して洗浄した。感想を終えたが転輪1個が行方不明。流しに流すことは無いし飛ぶ部品でもない。どこで無くなったか不明なので出てくるのを待つしかない。
護衛艦ゆうべつ(2代目)が紋別港に来ている。今日と明日艦内を公開する。明日見に行く予定。ステルス艦なのですっきりしているが大きい。武器も収納されているのでほとんど見えないが35年前の基準排水量3500トン艦より大きい3900トンで武装も上