タミヤ製の九七式戦車改を使ったドーザー付き、ドーザーは完全自主製作(フルスクラッチ)の迷彩塗装開始。基本塗装に筆塗で緑を塗った。 翌日茶色を塗った。緑は良いが茶色の配置が旧日本陸軍ではなくドイツのような自衛隊のような感じになった。迷彩の感
今年再開した遠軽駅のそば屋が年内で止めるようだ。理由は職員の退職。ネットで本人が経緯をアップしているが引き受けてからかなりブラックな状態にあったようだ。残念だ。
グロテスク注意 いつものカニのツメのある海岸に行った。波が凄くいつもより砂浜が波に洗われていた。いつもより異常なほど鳥がたくさんいた。砂浜を歩いて防波堤まで行き戻った。 その間、見慣れないピンクの物体がたくさんあった。触るのが怖かったがえ
午前中はあまり日も差さず氷点下だったが昼から日が差しプラスになり道の雪も解けだしたが日陰は樹氷状態だった。 海は波が高く岸の殆どが波に洗われていた。貝殻がたくさん打ち上げられていた。海岸の公園の遊歩道を風圧で除雪している人がいた。
今朝の様子、雪が張り付いている。水分の多い硬い雪だ。気温は氷点下で溶けない。午後はプラスの予想。明日は最高気温10度近い予想で雨なので溶けそうだな。
十勝は年明け後に雪が積もったのでタイヤ交換は11月後半だった。紋別はそれより早く11月初めと思ったが予約が取れたのが12日だった。 今日、雪の予想だったがそれほど降るとは思わずタイヤだけではなくワイパーや雪を掃うモップも準備していなかった
イエローキャットの12糎自走砲(長)の方は完成した。 車体前部の合が少々悪く隙間があったのをプラ板で埋めた。後は車体上の板だがこれは下の車体を塗装してから取り付けた方がよさそうだ。板と板の間を埋める作業で終了し塗装する。 大きな砲だが簡単
シタデル製の試製一式砲戦車ホイ砲塔+タミヤ製九七式戦車車体完成。砲の取り付け部分の内部がスカスカに見えたのでパテを下に盛り削って調整した。 実車はこの車体砲塔は試作で砲塔はよりすっきりし、車体もエンジンをパワーアップしリベット留めから溶接
滝上町の雄柏小学校は大正9年から昭和12年までオシラネップ原野15線にあった。高台に建物が残る神社の少し下手のこの場所に25年ほど前まで神社と会館があった。現在はその残骸と思われる物と伐採された木が置かれている。ここが学校跡のようだ。
鴻之舞金山の鴻紋軌道高架橋が撤去されると聞いて行くことにした。手前の住友金属採石場の断崖から大雨の影響で滝ができていた。 鴻紋軌道の高架、すでに道の上は撤去されていた。鉄道が通っていた鉄橋ではなく水道橋だったのですぐに撤去されたようだ。こ
雄武町のけっこう有名な廃商店跡、53年前初めて雄武に引っ越した日に買い物に行ったはずだ。7年後、小学校卒業で謝恩会に行く途中、中で葬儀をしていて御棺があった。 そば屋「まる忠」の五目そば大盛。タレがピリッとしていて美味い。 ピヤシリ岳付近
紋別市の「近代そば発祥の店」と看板のあるそば屋「勝木庵」(かつぼくあん)に行った。店内はけっこう手の込んだ作りだ。 そばは手打ちで麺の太さはばらばらだ。私はもう少し腰が欲しかったかな。タレは良い。近代そばだが水を使わずそばがきを使うめん打
昨日の大荒れの天気後の紋別市内の小中学校のグラウンド。まだ雨水が溜まっていた。この小中学校は統合し義務教育一貫校公立学園に再編される予定だ。渚滑小学校渚滑中学校潮見小学校潮見中学校紋別小学校紋別中学校南が丘小学校
昨日ほどではないが風が強く断続的に雨も強かった。街中は落ち葉だらけだ。海は波がかなり強い。 巡視船は海に背を向けてまだ港から離れている。
今年の8月の健診結果「心室性期外収縮異常Q波」という異常があり経過観察だった。これは前回出た翌年の1月に心停止した。 12月に循環器科受診予定だがここ数週間、仕事の時に動悸がひどく列圧が28日の神経内科受診時の測定で90〜170だった。心停止以降1
遠軽町生田原の石川地区の石川小学校跡と屏風岩。屏風岩は高さ70メートル、幅200メートル。農家は1軒のみかもしれない。
帯広から初めて紋別に転勤してくるときに映画のパンフレット十数枚を処分した。それから13年、またパンフレットが結構溜まって17冊ある。
昼出かけようと思ったら給湯器付近で水の落ちる音がした。見ると床に水が溜まっていた。どうやら給湯器の内部から漏れているようなので外側の覆いを外すと漏れている場所が分かった。 業者に連絡し来てもらうと位置が分かった。20年物で老朽化、内部が錆
今日は朝から荒れた天気で昼から雨が強かった。午後からは特に風が凄く夕方は風速10メートルを越えている。雨も半日で70ミリ近く降っている。気圧が980まで下がっているので突風が凄い。これからもっと強くなりそうだ。 電気を付けないと部屋は暗か
イエローキャット製のレジン製12糎自走砲(長)は砲部分のみ。タミヤの九七式戦車の車体を使う。12糎(センチ)砲は軍艦に搭載されていた砲で、その後沿岸砲や高射砲も作られ多数生産された。本土決戦に向け九七式戦車の車体に搭載されたが見ての通りか
久しぶりに渚滑線滝下駅に行った。昔は道の反対側に十数軒の集落があったが全部撤去され倉庫が一棟あるだけだ。駅に続く道の横の家も取り壊され道も草木が茂り分かりにくい。 跡地に行くと歩き回った痕があったが鹿の通り道だった。 ホームは一部崩れてい
今日は午前11時から神経内科受診。1時間早く受付、混んでもその時間内で速くなる、かな?結果、病院全体で受信者が多い。受診は12時で会計終了は1時50分、薬局行ったらすごく混んでいて1時間以上待つとのことなので処方箋を置き買い物し帰宅したら
夕方、紋別港に見慣れない船が来た。拡大すると水産庁は分かるが船名が白〇丸は分かった。調べると漁業取締船白鷲丸だった。新潟に配備されている船だが、こちらで取締りかな。しかし接岸せず近くに止まったままだった。