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2015年09月19日00:51

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『常識についての一考察』第2話

『常識についての一考察』第2話

 「双子座のサガ様が女になった」という噂はあっという間に聖域中に広がった。同時に「神の怒りだ」「反逆者への天罰だ」「偽教皇に殺された者たちの呪いだ」という噂もささやかれたが、サガがなぜ女の姿になってしまったかの真相は結局分からずじまいだった。
 原因が分かったのは、サガの養父だったオケアノス神の長男で、幼い時分の双子たちの兄代わりだったアケローオス河神が四日後に聖域を訪ねてきたからである。
「…いや、本当に女になったんだな」
 教皇の間の執務室で女になったサガと対面したアケローオスは、しみじみとサガの姿を眺めて感心したような口調で言った。
 男に戻るまでは仕事を休んではどうだ、とアイオロスに勧められたサガだが、
「私の都合で執務を滞らせるわけにはいかない。健康診断の結果も異常はなかったから問題ない」
 と、女性になった二日後には職務に復帰していた。人々の好奇の視線が痛かったが、だからといって家に閉じこもって怠けるわけにはいかないと、生真面目なサガは考えたのだ。
「もうサガが女になったことをご存じなんですか。耳ざといですね、アケローオス様」
 と言ったアイオロスに、アケローオスが答えた。
「河の精の噂がおれの耳に入った。河の精は風の精から伝えられ、風の精は森の精から話され、森の精はニンフの怒りの声を聞いた」
「…神々の連絡網ってすごいですね…」
 それならば何から何までお見通しのはずだ、と感心したアイオロスだが、河神の話にふと眉を寄せた。
「ニンフの怒りの声…?アケローオス様、もしかしてサガが女になった原因をご存じなんですか?」
「何だ。お前たちはまだ知らなかったのか」
 そうしてアケローオスは執務室に飾られていた花瓶に手を向けた。花瓶の中から水が飛び出し、空中で水球となる。その水の表面に映像が投影された。それは岩石によって屋根の部分が押しつぶされた、小さな祠の映像だった。
「この祠に住むニンフが怒ってサガに呪いをかけたんだ。サガのせいで祠が壊されてしまったとな」
「私が?」
 サガは考え、やがて女性になった日の前日、鍛錬の最中に聖域のはずれの岩盤を砕いたことを思い出した。
「もしかしてあの時、衝撃でがけ崩れでも起きて…、そのせいで?」
 原因に思い至ったサガは焦ったようにせわしなく胸の前で手を組み替えた。
「ど、どうしましょう。私、どうしたらいいのでしょう。ニンフの怒りをなだめるために、神殿を建てるとか、生贄を捧げるとか、盛大な祭りを催すとか、そういうことをしないといけないのでしょうか?」
 水を花瓶に戻したアケローオスが言う。
「そういうことをしてもいいが、とりあえずは祠を元に戻してやれ。聖域の守護結界の一角を長年担ってきたニンフなのに、家が壊されたままでは気の毒だ」
「た、ただちに復旧の手配をします!」
「まあ、それはそれとして…サガ、そこに立ってくれ」
「……?」
 サガは首をかしげたが、アケローオスの言う通り、長椅子の傍らに立った。するとアケローオスは、立ったサガの前で片膝を床につき、ひざまずいた。神が人にひざまずくというありえぬ光景に、サガもアイオロスもぎょっとした。だがアケローオスはそんなことはお構いなしにサガの右手を取り、こう言った。
「サガ、おれと結婚してくれ。おれの妃になってほしい」
「…は?」
 アケローオスの申し出にサガは呆然とし、アイオロスも執務机の前で固まった。アケローオスはひざまずいたままサガを見上げ、熱っぽく求愛を続けた。
「お前が女であればと、おれは昔から思っていた。女であれば妃に迎えることができるのにと…。今、こうしてお前が女の身になったのは、おれにとっては天恵だ。サガ、このアケローオスの、河の王の妃になってくれ」
「……」
 手に取ったサガの手をぎゅっと握り、アケローオスが言う。
「それにもしおれが身を固めれば、親父も喜ぶ。お前も親父を喜ばせてやりたいだろう?」
「そ、それは…!」 
 ぐらっとサガの心が揺れた。オケアノス神が喜ぶさまを想像し、それもいい、と一瞬思ってしまう。そんな風に思うサガは、やはり筋金入りのファザコンであった。サガの心の動きを、横で見ていたアイオロスは敏感に感じ取った。
「待て待て待てー、サガッ!」
 慌てて立ち上がったアイオロスはサガの傍らに駆け寄り、彼を横から抱きしめた。女の身になって小柄になったサガの体は、アイオロスの腕の中にすっぽりと収まった。
「サガはおれのものです!結婚するならおれとします!」
 サガの代わりに返事をしたアイオロスに、アケローオスは立ち上がって尋ねた。
「お前は教皇だろう?配偶者を持てるのか?」
「そ、それは…!ですがアテナに直訴して、お許しを得ます!」
「……。い、いや、ちょっと待ってくれ、二人とも…」
 アケローオスとアイオロスの二人からの求婚を受けたサガは、自分が置かれた状況に頭痛を覚えた。女になっただけでも困惑しているというのに、その上に結婚とは!
 痛むこめかみを押さえながら、自分を抱きしめるアイオロスの腕をサガはほどいた。
「何を言うかと思ったら…。アイオロス、私は、復活して与えられたこの生を、今度こそアテナの御為に使う、聖闘士としての生涯を全うすると、そう誓ったのだ。たとえ相手がお前とでも結婚はできない。聖闘士は全てをアテナのために捧げた身だ。結婚は許されていない。結婚を許されるのは、聖闘士を止めた後だ。ましてアケローオス様と結婚など…思いもよらぬことだ」
「つまり、おれの求婚は断ると?」
「アケローオス様、申し訳ありませんが、あなたと結婚はできません」
 サガがそう言うと、アケローオスはふ〜むと考えた。そして代替案を出した。
「よし、ではこうしよう。結婚はあきらめる。代わりに、サガ、おれと教皇の子を産んでくれ」
「…は?」
 再びサガは呆然とした。結婚の次は、出産!?
「おれと教皇をそれぞれ父に持つ、双子の異父兄弟をお前に産ませよう。それを次代の双子座にする。その次は、教皇の息子だ。その子は次代の射手座だ」
「……」
 アケローオスから提示された愉快な家族計画に、サガは言葉も返せず立ちすくんだ。横に立つアイオロスも
「サガとおれの子…それが次の射手座…」
 と呟き続けていたが、やがて彼は何かが腑に落ちたようで「うん!」とガッツポーズをとった。
「アケローオス様!それ、すごくいいです!それでいきましょう!」
「おお、そうか!お前も賛同してくれるか、教皇!」
「サガ、おれの子を産んでくれ!おれ、お前とおれの子が欲しい!」
 サガの手を握りしめ、アイオロスがサガに迫った。サガは完全に放心状態に陥った。そして、
「…アナザーディメンション!」
 異次元を開いたサガはその中にと逃避してしまった。
「…ちょっと性急だったかな…」
 教皇の間から消えて現実逃避してしまったサガの有り様に、さすがに反省したようにアケローオスが頭をかく。
「そうですね…」
 と、アイオロスも肩を落とした。
「まあ、サガはおいおい連れ戻しに行くとして…。サガに子を産ませるとなると、問題がもう一つあるんだよなぁ」
「なんです?」
「サガは…お前もそうだが、生殖能力が無かろう?」
 アケローオスにそう指摘され、アイオロスは短く声を上げた。
 アイオロスを含めて今の黄金聖闘士たちの肉体は、アテナとハーデスの講和の結果、ハーデスの力によって与えられたものだ。空腹を覚え、疲労もすれば眠気も来るその肉体は生身のものとあまりに変わりがないが、実は一つ大きな違いがあった。性行為自体はできるが、生殖能力は伴っていないのだ。
 そもそもハーデスが黄金聖闘士たちを復活させることを承諾したのは、冥界の崩壊によって世界の秩序に混乱が起こり、地上に逃亡した亡者や魔物たちを捕獲するために「やむを得ず、仕方なく、緊急避難的に、しぶしぶと」という感じで復活させたのである。死者が蘇るだけでも特例なのに、さらにその上に子孫を残すことなどあってはならぬと、厳格な冥王は生殖能力をあらかじめ彼らから剥奪していたのだ。
「そういえば、そうでした。アケローオス様、おれたちに生殖能力がないことをご存じで…?」
「おれには見れば分かることだ。サガも見た目は女になったが、生殖能力はない」
「では、やはり子は望めませんか…?」
「難しいが、ハーデスに特例を願い出てみよう。冬になってペルセフォネーが冥界に戻れば、ハーデスの機嫌が良くなる。その折を見計らって頼んでみる。ペルセフォネーにも口添えを頼もう。彼女にはおれの娘のセイレーンたちが侍女として仕えているからな。その線で嘆願してみる。彼女の言うことなら、ハーデスも聞き入れてくれる公算が高い」
 その話を聞き、なんかアケローオス様の人脈というか神脈って地味にすごいなぁ…としみじみ思うアイオロスであった。

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