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2018年07月31日16:40

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『感謝の形』

 「海が好き!2018」https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=69626218への参加作二作目、「感謝」をテーマにした作品です。
 カノンの前に「お前への感謝を表すことにした。何でも願いを言うが良い」とポセイドンが現れた。「では休みが欲しいです」と答えたカノンにポセイドンがしたことは…。
 「カノンには感謝してるし、カノンから感謝されたい」ポセイドン様ですが、神様の考えることだけに、どうも人間の思惑とはずれてしまうようですwそして感謝されたはずのカノンがなぜか災厄に見舞われてますw
 一作目はこちら。『あなたとダンスを』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9870505


『感謝の形』

 双子座の黄金聖闘士にして海将軍筆頭・海龍、今はアテナの壺に封印された海皇ポセイドンに代わり海界を治める最高統治者でもあるカノンは、つくづく思い知らされていた。
 神々に願い事などするものではない、神々からの贈り物など災厄にしかならない、と。
「…ぶえーっくょん!」
 熱でぼんやりする頭でそんなことを考えていたカノンは、寝台の中で盛大にくしゃみをした。
「カノン、寒いんですか?毛布を増やしましょうか?」
 傍で看病するソレントが尋ねる。
「…いや、いい…」
 鼻水をすすりあげながら、カノンは断った。

 事の起こりは三日ほど前になる。

「シードラゴン!何か私に願いはないか!?」
 突然、海界のカノンの執務室の扉が開かれ、書類に目を通していたカノンに、そう声が掛けられた。声の主は、地上にいるはずのジュリアン・ソロ…ではなく、目を覚まして依り代の肉体に降臨した海皇ポセイドンであった。
「…ポセイドン様…」
 露骨にカノンは嫌そうな顔をした。このご主人様(仮)から声がかかると、たいてい、ろくでもない事件に巻き込まれるからだ。
 だがポセイドンはそんなカノンの反応など気にもかけず、ずかずかと彼に近づいて迫った。
「何でも良い!何か私に願い事をするがよい、シードラゴン!私がお前の願いを叶えてやろう!」
「……」
 ごほん、と、カノンは咳払いをした。
「ありがたい仰せですが、なぜまた急にそんなことをおっしゃられるのですか?」
「うむ…」
 と、ポセイドンは腕を組み、重々しく語った。
「これまでのお前とのあれこれを色々と思い出してみたのだが…、やはり、私はお前を放置しすぎであったと思ってな。それでお前は寂しくて、自分を構ってくれたアテナに寝返ったのであろう?」
「……」
 全然違います、と、カノンは心の中だけで突っ込んだ。
 カノンがアテナに従ったのは、スニオン岬で彼女の愛の小宇宙によって幾度となく救われ、それにより無償の愛の何たるかを知らされたからである。
 と、本人は思っているが、「ずっと放置されていた子供が、初めて愛されて、構ってもらえたので、その相手に懐いた」一面があるのも、また事実であった。当人にその意識はまったくないが。
「それで思ったのだ。私ももっとお前を構ってやらねばならぬと。それに私に代わって海界の統治という労苦を担っているお前には感謝もしておる。ここで一つ、その感謝を形で示さねばならぬとな」
 そしてポセイドンは胸を張った。
「というわけだ、シードラゴン!私に何か願いがあれば、何でも言ってみるが良い!」
 カノンは沈黙し、ややたって答えた。
「それでは、一千年ほど黙って寝ていてもらえませんか?」
「シ〜ドラゴ〜ン!それでは私が面白くないではないか!」
 切実だが冷たいカノンの願いに、ポセイドンは腕を振り上げて抗議した。結局はカノンの願いより、自分の都合を優先させる海皇様であった。
「ああ〜、そうですね、それでは…」
 頭をかきながら、カノンは考えた。とにかく何か言わないと、ポセイドンは帰ってくれそうにない。面倒くさいこのご主人様が帰らないと、仕事にならない。
「それでは仕事を休みたいですね。一週間ほど」
 さして深い考えもなく、多忙な日々を重ねていたカノンはそう答えた。一週間ほど休暇を取って、のんびりしたいと思ったのだ。
「よかろう」
 ポセイドンはカノンの願いを叶えた。

「あの腐れ馬鹿海皇がーっ!!!!」
 カノンは布団の中でポセイドンを罵り、そして再びくしゃみをした。
 ポセイドンがカノンの願いを叶えた結果、海皇は医療神アポロンにでも頼んだのか、カノンはその夜より発熱して風邪に似た症状を訴え始めた。そして「病欠」という形で、強制的に「仕事を休む」はめになったわけである。
「確かに仕事は休みになったけど!病気で苦しくてベッドから動けないんじゃ、『休み』になった意味がねーだろぉぉぉ!何を考えてんだよ、あの神様はぁぁぁーっ!?」
 本末転倒過ぎる事態に、カノンはいくら文句を言っても言い尽きなかった。
「はいはい、大声を出すとまた熱が上がりますよ」
 ポセイドンへの悪口雑言を盛大にわめき続けるカノンをいなし、ソレントは冷水でしぼったタオルを彼の額に置いた。
「…だいたい、ソレント、なぜお前がおれの看病をしてるんだ?」
「なぜって、そりゃあ…」
 その時、カノンの寝室の扉が開き、うきうきとした声が流れた。
「シードラゴン、薬湯を持ってきたぞ♪」
 白磁の碗に入った薬湯を手にカノンの寝室に入って来たのは、海皇ポセイドンその人であった。
「ポセイドン様があなたの看病をされてるから、そのお手伝いですよ」
「……」
 ソレントの答えに、はあ…とカノンは大きなため息をついた。
 カノンが寝込んで以来、ポセイドンは毎日彼を訪ねて、かいがいしく病人の世話を焼こうとしているのである。カノンにとっては、ただでさえ発熱でしんどいところに、主君(仮)に余計な気を使わねばならず、迷惑なことこの上ない状況であった。
「そら、シードラゴン、薬を飲むがよい」
 カノンの寝台の脇に置いてある椅子に腰かけたポセイドンが、薬さじに薬湯を入れてカノンの口元に差し出した。
「…ポセイドン様、自分で飲めますから…」
「遠慮するでない。ほら、『あ〜ん』せよ」
「……」
 それ以上は文句を言わず、カノンは口を開けた。やりたいようにやらせないと、満足しないのだ、このわがままな海皇様は。
 そんなわけで、食事も目下のところ、ポセイドンに「あ〜ん」されて食べるはめになっているカノンであった。
 ずず〜とカノンがさじで薬湯をすすっていると、ポセイドンはあることに気がついたようだ。
「シードラゴン、寝汗が気持ち悪くないか?」
「はあ…確かに汗が…」
「おお、そうか!そうであろう!では私がお前の体を拭いてやろう!」
 喜々として瞳を輝かせたポセイドンに対し、カノンは「ぶーっ!」と口から薬湯を噴き出した。
「いいいいいーっ!いえっ!結構です!そこまでポセイドン様にお手数をおかけするわけにはまいりません!」
「遠慮するでない。それ、夜着を脱ぐがよい」
「大丈夫ですから!!!!後でソレントにしてもらいますから!!!」
「後でソレントにやらせずとも、今、私がやってやるというに。それ、脱げ!」
「ひええええーっ!お許しをぉぉぉ!!!」
 カノンは自分の襟元をつかんで、夜着を脱がせようとするポセイドンに必死に抵抗した。「男女問わず美形大好き」で、カノンに対しても常に下心満々のポセイドンに肌を触られるなどしたら、体を拭くと称して何をされるか知れたものではない。発熱のせいか、生理的嫌悪のせいか、ぞわぞわっとカノンの背筋が泡だった。
 救いの手を出したのはソレントだった。
「ポセイドン様、そろそろソロ邸にお戻りになりませんと、ジュリアン様の予定がございます」
「…むっ」
 ポセイドンは不満そうに唸ったが、しぶしぶカノンから離れた。ジュリアンの不在が外部に知れて騒ぎになっては、ポセイドンとしても困る。今のように気軽にカノンを訪ねることが出来なくなってしまう。
「はあ…できたらずっとお前についていてやりたいのだが…。ジュリアンの都合を考えるとそうもいかぬ。何と苦しい我が立場よ」
 今、ジュリアンに仕事の予定があることを心の底からカノンは喜んだ。これでジュリアンがバカンス中でもあった日には、ソロ邸に「ソレントと二人でちょっと出かけてきます。しばらく探さないでね♪」と置き手紙でもされて、地上で行方をくらまして海界にやってきたポセイドンに一日中張り付かれてしまう。
「シードラゴン、何か欲しい物はないか?」
 帰り際、ポセイドンがカノンに尋ねた。
「私はお前に感謝しておるし、感謝されたいのだ。何でも言ってみるがよい。お前の頼みの品なら何でも取り寄せるぞ?」
「…物は結構ですから、ポセイドン様…」
「ふむ?」
「明日にはこの病気を治してください。未処理の案件がどれくらい溜まっているのかと思うと、もう心配で、頭痛が痛い状態で…」
 半泣きになりながらカノンはポセイドンに頼んだ。
「一週間ほど休みたいのではなかったのか?」
「もう十分に休みましたので…お願いします」
 しくしくと寝台で涙を流すカノンに、ポセイドンは、
「承知した」
 と告げて部屋を後にした。
「ではシードラゴン、明日も様子を見に来るからな」
 そう言ってポセイドンが部屋から出ると、カノンは一気に脱力して寝台に長々と寝そべった。
「お疲れ様でした」
 くすくすとソレントが笑う。
「…笑い事ではないぞ、ソレント」
「いいではないですか。ポセイドン様もおっしゃっていたでしょう?ポセイドン様はあなたに感謝されているし、感謝して欲しいんですよ。ちょっとしたあの方のわがままくらい、聞いてあげればいいじゃないですか」
「『ちょっとしたわがまま』で、病気にされてたまるかーっ!」
 カノンが腕を振り上げてわめく。
「私はうらやましいですけどねぇ。ポセイドン様にあんなに思われて」
 昨日、ポセイドンが土産として持ってきた桃の皮をむきながら、ソレントが言う。カノンは彼をぎろっと睨み返した。
「うらやましいなら、いつでも代わってやるぞ、ソレント。そうだ、お前が海将軍筆頭になれ!なって、海界を治めろ!おれはもう『海龍』をやめる!やめて、双子座の聖闘士一本になる!それでずーっとアテナをお傍でお守りするんだ!ポセイドンなんかもう知るかぁぁぁ!ちくしょぉぉぉーっ!」
 最後はほとんど泣きながらカノンが叫んだ。
「無理ですよぁ。私に海界の統治とか、出来るわけないじゃないですか」
 しれっとソレントが答える。
「出来ないってことはないだろ!おれにだってお前と同じ、十六歳の時があったんだ!やれば出来る!誰だって最初は初心者だ!」
「出来ませんって。あなたの代わりは誰にも務まりません」
 嫌々ながらも、それはソレントも認める事実だった。
「だからアテナだって、海界のことはあなたに任せているんじゃないですか」
「うう…」
 アテナの名を出されると、カノンは黙り込むしかないのだった。
 そうなのだ。カノンが現在、海界を治めているのは、別にポセイドンのためでも彼の命令だからでもない。アテナとの戦いの後、カノンもソレントも地上に出奔してしまい、統治者不在に陥った海界の民たちが、すったもんだの混乱のあげく「シードラゴンに戻って来てもらおう」となった。それでもカノンが「諾」と言わなかったので、彼らは「ならば、将ではなく馬を射よ」と、カノンが唯一逆らえないアテナ沙織に直接泣きつき、結局、アテナ沙織から「カノン、あなたは海界に戻って彼らを治めなさい。海界が混乱していては私も不安ですし、海界の民が苦しむのは心が痛みます。でもあなたなら安心して任せられます」という命令を引き出して、現在の状況に落ち着いたのである。
「はい、桃を切りましたけど、食べます?あ、薬も全部飲んでくださいね」
 ソレントに言われ、不承不承、苦い薬湯をすすったカノンが言った。
「なぁ…この病気って、ポセイドンのせいだよな」
「そうですね」
「だったら、薬を飲んでも意味がないんじゃあ…」
「…まあ、気分の問題でしょ」
「……」
 憮然とした表情で薬湯を飲み終わったカノンは、ソレントが切り分けてくれた桃を食べ始めた。
 ソレントが小声で言う。
「…それに私だって、あなたに感謝してるんですから」
「……?何か言ったか、ソレント?」
「いえ、何も」
 ソレントはにこやかに笑って否定した。
 悔しいから絶対にカノンには言ってやらない。
 それでもソレントは感謝しているのだ。
 海闘士の仲間たちに会えたことを。
 アテナ沙織の愛を知れたことを。
 ジュリアンと知り合い、友人となれたことを。
 そしてポセイドンの側近くに仕えられるようになったことを。
 それら全ての発端は、カノンがスニオン岬で海皇の三叉の鉾を抜いたあの瞬間にあるのだ。
「食べ終わりました?じゃあ、着替えをして、体をお拭きしましょうね。お湯の準備をしてきます」
 桃を入れていた皿を盆に載せて下げながらソレントが言う。
「頼む…」
 カノンは力なく寝台に横たわり、熱でうつらうつらとした。ソレントはそんな彼の様子を見て微笑み、寝室を後にするのだった。

<FIN>

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