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2018年07月16日03:44

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『あなたとダンスを』

 「海が好き!2018」https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=69626218参加作です。
 ソレントやジュリアンも出てきますが、メインはオリジナルキャラのジュリアンの母親とカノンの話です。
 ジュリアンの母親については前から色々と設定を作っていたのですが、これまでは名前しか作品中に出せなかったので、今回、カノンと絡ませてしっかりと描いてみました。大人しそうに見えて、なかなかの肝っ玉母ちゃんです。
 母親の周りに下心ある男たちが群がって困ってるジュリアンですが、彼自身の周りにも下心のある女たちが群がって困ってると思いますw
 ジュリアンが叔父に命を狙われてカノンに助けられる話は『倫敦三重奏』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3351082を参照。
 あとは『鮫人の涙 土中の碧』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3390376『ボスポラスの夕べ』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3390443『森の奥で死者たちは泣く』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4114832『二つの宝玉』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5328347『海皇の悪戯』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6802338『海皇様の海龍愛玩大作戦』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7503210『女神と海皇の諍い』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8189423『アレトゥーサの銀貨』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8433426を参照。
 『お兄ちゃんと一緒』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9629271ではサガに口を拭いてもらったり、「あ〜ん」してもらったり、精神年齢を疑う行動をとってるカノンですが、双子の兄ちゃんが絡まなければ普通に格好いい大人の男なのでしたw
 表紙は湯弐様http://www.pixiv.net/member.php?id=3989101のものを使用。


『あなたとダンスを』

 ジュリアン・ソロの母、マリー・ジュリアンヌ・ソロ未亡人は眩しい夏の日差しの中、庭で鮮やかに咲き誇る色とりどりのペチュニアの鉢植えに水やりをしていた。赤や白、紫の花びらが水滴を弾き、きらきらと美しく反射する。
「奥様」
 執事がやって来て、頭を下げる。
「カノン様がおいでになりました」
「まあ、カノンさんが」
 ソロ未亡人は顔を上げて嬉しそうに笑った。
「すぐにこちらにお通ししてちょうだいな」
「はい」
 執事が礼をして下がる。やがて彼に案内され、カノンがソロ家の庭園にやってきた。
「ソロ夫人。ご無沙汰しておりました。ご健勝そうでなによりです」
 優雅に一礼したカノンはソロ未亡人の手を取り、労働の痕跡など微塵もない美しい白い手に唇を寄せた。貴婦人に対する礼を取ったのである。
「訪ねてきてくれて嬉しいわ、カノンさん。ジュリアンも喜びます」
 ソロ未亡人は手にしていたじょうろを脇に置いた。
「ジュリアンは今は会社のオフィスに出掛けているの。でもそろそろ戻ってくると思うわ。今夜は我が家でパーティーを開くので、その支度に帰ってくるころよ。ソレントも夕方には来てくれる予定なの。パーティーでフルートを演奏してくれるようにお願いしているのよ」
「そうですか」
「ソレントの演奏は、セレブの間で大変な人気なのよ。もちろん演奏自体も素晴らしいけれど、あの容姿でしょう?音色も姿も美しい、まるで伝説の魔女セイレーンの歌声を聞いているように魂が引き込まれると、ものすごい評判なの」
「ははは…」
 カノンは力なく笑った。ソレントが「海魔女セイレーンの海将軍」であることなど、当然、世間の人々は微塵も知らないが、それなのに不思議と彼らは真実を突き止めてしまったらしい。
 じょうろを片付けたソロ未亡人は立てかけていた日傘を手に取り、上品で華奢な桜色の傘を広げた。
「少し散歩につき合ってくださるかしら、カノンさん」
「喜んで」
 日傘を肩にかけて夏の直射日光を遮り、ソロ未亡人は庭園の中を歩き始めた。カノンが彼女の横につき従う。
「でもあなたやソレントがジュリアンと仲良くしてくださって、とても嬉しいわ」
 歩きながらソロ未亡人がカノンに語りかける。
「昔から思っていたのよ。ジュリアンに男兄弟や、同じ年頃の友達がいたら良かったのにって。あの子は…ほら、少し特別な育ちでしょう?」
 ソロ未亡人の明るい青い瞳に、わずかに憂いの影が落ちた。
「死んだ夫は、あの子にソロ家の後継者としての英才教育を施したの。だから学校にもほとんど通わせず、専属の家庭教師を何人もつけて、自分の仕事に同行させて…。夫も焦っていたのね。自分がこんなに年を取ってから息子が生まれて、自分が元気なうちにジュリアンを一人前にしてやらねば、自分が教えられることはあの子に全部教えてやらねばって…。でもそのせいで、ジュリアンは同じ年頃の子供と遊んだり、喧嘩をしたりという経験がなかったの。本当の友達と言える相手がいなかったのよ。ジュリアンはとても聡明な子供だけれど…でもそういう経験って、人の成長には必要なものでしょう?」
「そうですね」
「だから、あなたたちがジュリアンのお友達になってくれて、私はとても嬉しいのよ」
「光栄です」
 カノンに微笑みかけたソロ未亡人に、カノンも微笑みを返す。だがその後、彼は唇の端を皮肉そうに歪めた。
「しかし私で良いのですか?氏素性も、下心も分からぬ怪しい相手がジュリアンの傍にいて。危険だと思われませんか?私はジュリアンを利用しようとしているのかもしれませんよ」
 カノンはジュリアンにも、その母親にも、自分の正体を告げていない。カノンが聖闘士であることも、海闘士であることも、過去に何があったかも、二人は知らない。それどころか、かつてジュリアンの命が狙われた事件では、カノンは裏社会とつながりがあることを示しもしたのだ。
「そうねぇ…」
 ソロ未亡人は小首を傾け、カノンを見上げた。
「確かに、あなたは正体不明よね。腹の底が見えなくて、ジュリアンに近づいた目的も今一つ分からなくて…。その点はソレントも同じよね。ジュリアンが慈善で世界を回ろうとした時に声を掛けてきたなんて、偶然が出来すぎてるもの」
 でも、と、彼女は続けた。
「なぜかしら。不思議と、あなたとソレントは信頼できると思えるの。女の勘…いいえ、母親の勘かしら」
「……」
「ジュリアンに何かあると、あなたとソレントはすぐに飛んで来てくれて、あの子を助けてくれる。何の要求もしないで…。私にはそれだけでも十分だわ」
 そして彼女はカノンを改めて真剣な目で見た。
「ねえ、カノンさん。あなたは、ジュリアンを裏切らないわよね?」
「…はい、ソロ夫人」
 穏やかにカノンが目を伏せる。
「私に出来る限りのことは、させていただきます」
「良かったわ」
 ジュリアンの母親はにっこりと微笑んだ。
「それからもう一人…、日本の城戸沙織嬢もね。彼女もジュリアンと仲良くしてくれると良いのだけれど…」
 散歩を再開させながら、ソロ未亡人は話を続けた。
「城戸沙織嬢ですか?」
「ええ。男友達だけではなく、女友達もあの子には必要でしょう?」
「…今のところ、沙織嬢にはジュリアンはふられっぱなしのようですが…」
 カノンが苦笑する。だがソロ未亡人の表情は明るかった。
「それは良いのよ。あの子も、自分の思い通りにならないことも世の中にはあるんだって、学ぶべきだわ」
「ははは…」
 なかなかに手厳しい母親の教育方針に、カノンが苦笑する。
「あなたにだから言うけど、ジュリアンは、過去にお付き合いした女性が複数いるのよ。でもそれは、亡くなった夫が、女性の扱いを学ばせたい、寝室での手ほどきをして欲しい、と、お膳立てした女性たちで…そういうのは健全な恋愛とは言えないわ。そうでしょう?」
「まあ、確かに…」
「だから、あの子には、女性は権力や財力で自由にしていい存在ではない、あくまで対等な、尊重するべき自分と同じ人間なんだって、学んでほしいのよ。城戸沙織嬢なら、きっとそのことをジュリアンに教えてくれる。恋人でなくても、きっと良いお友達になってくれるわ。そう思うのだけれど…」
 ソロ未亡人がカノンを見上げた。
「ねえ、カノンさん、私…心配性かしら?」
「いえ。ジュリアンに健やかに育ってほしいという願いは私も同じです」
 カノンが微笑むと、ソロ未亡人は安心したようにうなずいた。
「良かった。これからもジュリアンのことをよろしくね、カノンさん」
「はい」
 かつてジュリアンがソロ家の財産全てを水害救済に使いたいと言い出した時、「何を馬鹿なことを」と反対する親戚たちの中にあって、真っ先にジュリアンを支持したのは、この母親だった。彼女は常に息子の味方となり、ジュリアンのやりたいことを率先して手助けした。若くして未亡人となり、亡夫から莫大な遺産を譲られた身でありながら、会社の経営に口を挟むことも、派手な浪費も、やろうと思えば可能な男遊びもせず、ただただジュリアンの心身両面での健やかな成長を願いながら、ソロ家の本宅でひっそりと暮らしている。
 かといって「控えめで善良で穏やかな上流階級の婦人」というのは、彼女の本質の全てではない。かつて家督狙いでジュリアンが実の叔父に命を狙われた時、ソロ未亡人は裏社会に手を回して、この叔父を暗殺するように依頼を出したのだ。尋常でない決断力と行動力である。その事件がきっかけでカノンはジュリアンと再会し、こうして時おりソロ邸にご機嫌伺いする仲になったのだが、この件もあってカノンはジュリアンの母親のことを「端倪すべからざる女性」と見ており、アテナ沙織を別格とすれば、女嫌いと言っていいカノンがほとんど唯一敬意を払う女性が、このマリー・ジュリアンヌ・ソロ未亡人なのであった。
 二人が談笑しながら庭の散策を終え、館の中に入ろうとすると、帰宅したジュリアンが駆け寄ってきた。
「カノン、母様!」
「お帰りなさい、ジュリアン」
「カノン、来てくれたんですね。嬉しいなぁ」
 ジュリアンがカノンの姿に甘えるような笑顔を向ける。
「今夜はパーティーがあるそうだな。仕事絡みか?お前も大変だな」
「財界の有力者たちを招いて、ソロ家の水害救済基金への支援をお願いするんです。ソレントも協力してくれると…」
 その時、ジュリアンは突然「そうだ!」と声を上げた。
「カノン、あなたもパーティーに出てくれませんか?」
「おれが?」
 意外な提案にカノンは驚き、それから面倒くさそうな顔になった。
「おれがソロ家のパーティーに出ても仕方ないだろう」
「いえ、その…母のエスコートをお願いしたいんです」
「…どういうことだ?」
 カノンが顔をしかめる。ソロ未亡人のエスコートなら、息子のジュリアンがすれば十分なはずだ。
「ええ〜とですね…。その…最近、母の周りに独身の男たちが群がるようになりまして…」
「ははぁ…」
 事情を察したカノンがソロ未亡人の顔を見ると、彼女も困ったようにため息をついた。
 ソロ未亡人は、美しい金褐色の髪と明るい青い瞳を持ち、息子に良く似た優美な面差しの美貌の女性だった。大きな息子が一人いるが、まだ三十代後半と十分に若く、さらに亡夫から相続した遺産に加え、実家は銀行業を営むフランス貴族という出自の良さで、そちらから譲られた財産もある。
 もし彼女を射止めてその二番目の夫になることができれば、ちょっと年増だが美人の妻に、お金は使いたい放題、遊びたい放題、上手く行けばジュリアンの義父としてソロ財閥の経営権も握れるかも…と野心というには下卑た下心のありすぎる男たちの標的にされても仕方なかった。
「だからカノンにエスコートしてもらいたいんです。あなたみたいな迫力のある美男子が付き添っていれば、母に接近できる男なんていませんから」
「…事情は分かったが…、しかし私でいいのですか?」
 カノンがソロ未亡人の顔を見る。彼女は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。今夜だけでいいから、お願いできるかしら、カノンさん」
「あなたがそうおっしゃるなら…」
 こうしてカノンはソロ家の慈善パーティーに出席することになったのだった。

「フリストバシリスさん、よく来てくださいました」
「ご招待を感謝しますよ、ソロさん」
「カスタナキスさん、この前は我がソロ家の水害救済基金に多額の寄付をありがとうございました」
「いやいや、ソロさん、あなたのご立派な志に感銘を受け、少しでも手助けをしたいと思ってのことですよ」
 貴顕淑女を集めた煌びやかな立食パーティーの席上で、ジュリアンとその母親は招待客たちの間を歩き回り、ひっきりなしに挨拶をした。
 「ギリシャ最大の製薬会社の会長です」とか「外食チェーンの社長ですよ」とか、ジュリアンがカノンに耳打ちして説明するが、カノンにとっては誰が誰やらである。
 「母の弾よけをお願いします」とジュリアンに依頼されたカノンは、長い銀髪を綺麗に撫でつけて後ろで一本の三つ編みにし、ジュリアンが用意してくれたタキシードに身を包んで、あでやかに盛装したソロ未亡人にぴったりと寄り添った。
 ソロ未亡人への接近をもくろんでいた男たちは、名工が作りあげたダイヤモンド細工の彫像が動き出したかのように若くて美しい青年を片時も傍から放さないマリー・ジュリアンヌの姿に、声を掛ける気力と機会を失った。嫉妬と怨嗟の眼差しが男たちからカノンに向けられるが、カノンが怜悧な水色の瞳で一睨みするか、端正な美貌に勝ち誇ったような冷笑を浮かべて相手に向けると、相手は圧倒されたように目を伏せたり、敗北を感じてそそくさと人の輪の中に姿を消すのだった。
「しかし、ソロ夫人、その隣の男性は誰ですかな?初めてお会いする方ですが…」
 運送会社の社長という男がソロ未亡人に尋ねた。
 ソロ未亡人は嫣然と微笑んで、こう答えた。
「ジュリアンのお友達で、私も親しくつき合っている方ですの。家族同然の仲ですのよ」
 そうしてソロ未亡人はカノンに意味ありげな視線と微笑を向けた。
「ねえ、カノン」
 どうやらソロ未亡人は「若いツバメを連れた富豪の未亡人」というシチュエーションを楽しんでいるらしい。カノンもそのノリに乗じることにした。
「ええ、マリー」
 カノンはソロ未亡人をわざとファーストネームで呼び、彼女と親し気に腕を組んでみせた。うふふ、と笑みをこぼし、ソロ未亡人はカノンにさらにぴったりと身を寄せた。
「…いやいや、これは、無粋な詮索でしたな」
 社長は気まずそうに笑って場を離れた。遠巻きに見る男たちの中にはぎりぎりと歯ぎしりをして悔しがる者もいたが、カノンの知ったことではない。
 やがてホールでは陽気で流麗なヨハン・シュトラウス2世のワルツの演奏が始まった。
「ダンスタイムよ。カノン、一曲、お相手を願えるかしら」
「喜んで」 
 ソロ未亡人の手を取り、カノンはホールの中央に歩み出た。軽やかにワルツのステップを踏み、ソロ未亡人をリードする。海界の統治者として社交術のあれこれをかの地で叩き込まれたことが、この時は幸いした。
 互いを見つめ合って円舞を踊る成熟した美貌の奥方とギリシャ神話のアドニスもかくやという美青年の組み合わせに、人々はため息混じりにその光景を眺めるのだった。

「ああ〜、疲れた」
 パーティーが終わるとすぐさまソロ邸の居間に引き上げたカノンは、ソファに腰を下ろした。整えた髪をぐちゃぐちゃにかき回して乱し、シャツの襟も広げ、タイもほどき、だらしない姿でくつろぐ。
「ご苦労様でした」
 向かいに座るソレントがくすくすとからかうように笑った。
「カノン、ソレント、二人ともお疲れ様でした」
 招待客全てを見送って今夜の役目を終えたジュリアンとその母親が居間に姿を現した。
「パーティーは大成功でしたよ。二人とも、ありがとう」
 ソロ未亡人は召使いに命じて夜食を運ばせていた。
「パーティーではあまり食べられなくて、お腹が空いたでしょう?軽食を用意させたから、二人ともどうぞ」
「ありがとうございます」
 カノンとソレントの間にある机に、サンドイッチやチーズの盛り合わせが置かれる。さらにカノンのために、ソロ未亡人はウイスキーの水割りも用意させていた。
「生前の夫が色々とお酒を集めていたのだけれど、カノンさん、どうぞ飲んでくださいな。ジュリアンはまだ未成年だし、私は飲まないし、あなたが飲んでくれると嬉しいわ。棚に死蔵していても仕方ないですもの」
「では遠慮なく」
 カノンはグラスを取り、年代物のウイスキーを口にした。
「まったく、パーティーになど出るものじゃありませんね。疲れるわ、飯はまともに食えないわで、ろくなことがない」
 芳醇なウイスキーを傾けて楽しみながらカノンが言う。
「でもこんなに楽しいパーティーは久しぶりだったわ。カノンさん、今夜は本当にありがとう」
 くすくすと、楽しそうにソロ未亡人が笑った。遠巻きにして悔しそうに自分たちを見ていた男たちの表情を思い出しているのかもしれない。
「お役に立てて良かったです」
 スマートフォンを操作していたソレントが、画面を見ながら言った。
「…ああ〜。やっぱりさっそくニュースになってる」
「何が?」
 ソレントがカノンにスマートフォンの画面を示す。そこには「ソロ未亡人、とうとう再婚か!?謎の美青年と熱愛発覚!」というゴシップ記事と、ワルツを踊るカノンとソロ未亡人の写真が掲載されていた。
「…早すぎだろ…」
 ぐうう、と、カノンがうなる。
「あらあら」
「ほうほう」
 ジュリアンとソロ未亡人も面白そうに画面をのぞき込んだ。
「…ジュリアン、新聞社に抗議して、訂正させろ」
 だがジュリアンはカノンの不快感をあっさりといなした。
「そこまですることじゃないですよ」
「そうね。私も誤解してもらっておいた方が、都合がいいわ」
 二人にそう言われると、カノンとしても打つ手はなかった。
「ふふ…それにしても母様がカノンと再婚かぁ。いいかも」
 その有り様を想像したジュリアンが楽しそうに頬を緩ませた。
「…ジュリアン、お前、おれを『お父さん』と呼びたいのか?」
「うう〜ん、それは微妙ですけど、でもカノンが私の家族ってのはいいなぁって」
 そしてジュリアンは母親に甘えるように言った。
「ねえ、母様もカノンが相手ならいいですよね?」
「そうねぇ…」
 ソロ未亡人も意味深に笑った。
「でもだめよ。私が愛してるのは、あなたのお父様だけですからね、ジュリアン」
「ふふふ…」
 敬愛する父親への愛情を表してくれた母親に、ジュリアンは感謝のキスをした。
「ご主人を、愛していらしたのですね?」
 カノンの問いに、ソロ未亡人はうなずいた。
「ええ。年は親子ほども離れていたけれど、死んだコンスタンディノスは私のことをとても大切にしてくれたの。毎日、真っ赤な薔薇の花束を贈って、愛の言葉を告げてくれたわ。初めて会って、求婚してくれた時から、すごく情熱的な人だった…」
 夫との思い出を懐かしむようにソロ未亡人が語る。
「私がコンスタンディノスと結婚したのは、あの人が大金持ちのギリシャの海運王だったからじゃないわ。あの人だからよ。彼…あの年まで何度も結婚していたけれど、子供にはとうとう恵まれなかったから、もう自分には子供はできないものだと諦めていたの。だから私が妊娠した時はとても喜んでくれて…。ジュリアンが生まれた時は、喜びのあまり倒れるんじゃないかって、こちらが心配になったくらいだったわ」
 一人息子に妻のミドルネームに由来する名前をつけたのは、亡きコンスタンディノス・ソロの、息子を産んでくれた若い妻への愛情と感謝の表れだった。
 ソロ未亡人は息子の頬を優しく撫でた。
「私には、お父様の思い出とあなたが何よりも大切なの。これからもこの館でお父様を偲んでいたいのよ」
「ええ。母様は、私にとっても一番大切な人です」
 そうして美しい母子は愛情の籠ったキスを互いに贈り合った。
「世界を股にかける天才実業家なんかでなくてもいい。平凡でもいいの。あなたが健康で幸せでいてくれるなら…それだけで私も幸せよ、ジュリアン」
「はい」
「よ〜し、では…」
 と、カノンが言った。
「健康のためだ。お子様は早く寝ろ、ジュリアン」
「ええ〜!」
 ジュリアンが抗議する。
「まだ早いですよ。ゲームでもして遊びましょうよ、カノン」
「だめだめ。夜更かしは万病のもとだ」
「そんな〜」
 ぶうっとふて腐れたジュリアンに、カノンが続ける。
「たくさん寝て、早く大人になれよ、ジュリアン。お前が成人したら、おれの酒の相手をしてもらうからな」
 カノンの親愛を示すその言葉に、ジュリアンの表情がパッと明るくなった。カノンの手をかたく握り、ぶんぶんと上下に振る。
「カノン!私、早く大人になりますから…待っててくださいね!」
「ああ」
「じゃあ、お休みなさい」
 そして母親と、カノンと、ソレントに、それぞれお休みのキスをすると、ジュリアンは自分の寝室に引き上げていったのだった。

 カノンがマリー・ジュリアンヌ・ソロ未亡人とダンスをする画像とニュースは、日本にいたアテナ沙織の目にも間もなく入った。
 ソロ未亡人と同じように、財産狙いの男たちからの求愛に困っている沙織は、
「…いいわねぇ。私も今度、カノンにパーティーでエスコートをお願いしようかしら」
 と、ニュース画像を見ながら呟いたとか、呟かなかったとか。

<FIN>

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