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2017年05月20日06:31

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『女神と海皇の諍い』

 2017年の双子誕作品です。「GEMINI FESTIVAL 2017」http://green-sanctuary.raindrop.jp/geminifes2017.html参加作。主催のほたる様、今年も開催してくださり、ありがとうございます!
 聖戦後復活設定。「シードラゴンの誕生祝いに何をすれば喜ぶか」と沙織に相談しに来たポセイドン。だが二神の間で「どちらが主神としてカノンを祝うか」という争いになり…という話。
 小品なので続編としてもう一作書きました。『湯煙の中で』http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1960502972&owner_id=4632969
 昨年の双子誕はこちら。『海皇の悪戯』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6802338


『女神と海皇の諍い』

 それは季節が晩春から初夏に移り変わろうとしていたころ。城戸沙織は自邸でグラード財団関係の書類に一通り目を通した後、紅茶を入れさせてティータイムを楽しんでいた。
 その時、
「た、大変です、お嬢様!」
 廊下を駆ける足音がして、執事の辰巳が勢いよく部屋の扉を開けた。
「どうしたのです、辰巳、そんなに慌てて」
「そ、それがお嬢様に会いたいという来客がありまして、その来客というのが…」
 間をおかず、入り口をふさいでいる辰巳の体が邪魔そうに押しのけられた。
「どけ」
 そして室内に現れた人物の姿に沙織は目を見開いた。
「あなたは、ジュリアン・ソロ!…いえ、ポセイドン!」
 そこに立っていたのは、依代であるジュリアン・ソロの体に降臨したポセイドンだった。普段はギリシャのソロ邸にいるはずの彼が、何の前触れもなく日本の城戸邸に姿を見せたのである。
「突然、何の用ですか。アポイントメントくらいお取りになったら?」
「まだるっこしい。だいたいアポイントメントを取ろうにも、『ジュリアン・ソロから面会の希望がある』と申し込んだら、お前は何かと理由をつけて断ってしまうではないか」
「……」
 まったくもってその通りなので沙織も反論のしようがない。ポセイドンに会うのも気が重くなることであるが、未だに沙織への求愛をあきらめていないジュリアン・ソロに会うのも、沙織にとっては鬱陶しいことなのであった。
「それにしても取り次ぐ時間くらいは待っていただきたいわ。何の用か知りませんが、わざわざ飛行機で十時間以上も掛けてギリシャから日本まで来なくても…」
「……?『ヒコーキ』など使っていないぞ。ちょっと異空間を捻じ曲げてギリシャのソロ邸から日本のここまで跳躍しただけだ」
「立派な不法入国ではないですか!海皇ともあろうものが何をやってるんですか!」
「人間どもの国境管理など、私の知ったことではない」
 迷惑そうな沙織の顔など気にもせず、ポセイドンは来客用のソファにどかっと座り込んだ。沙織はため息をつき、辰巳に彼用の紅茶を持ってくるよう指示した。
「…それで、日本までわざわざ来られて、何の御用ですの?」
「アテナ、お前は知っているか?シードラゴンの誕生日が5月30日であることを」
「ああ、そういえば、そうでしたね」
 カノンの誕生日ということは、サガの誕生日でもあるわね、と、改めて沙織は双子座の黄金聖闘士たちのことを思い出した。
「私はシードラゴンの誕生日を祝ってやりたい。しかし、悔しいことに私はシードラゴンに懐かれておらん。何をしてやればあれが喜ぶのか、見当がつかんのだ」
 兄のサガとともに双子座の黄金聖闘士を務めるカノンは、同時に海将軍筆頭・海龍も兼任して、現在は海界の統治に当たっている。神話の時代から自分の意のままにならぬこの不羈の海龍が、海皇はことのほかお気に入りなのであった。
「しかし、まことにもって悔しいことに、アテナ、お前はシードラゴンに懐かれておる。ならば奴が何を好むのか、知っておるのではないかと思ってな」
「…そんなことを聞きに、日本まで来られたので?」
「その通りだが」
「……」
 沙織は呆れた。配下の人間一人の誕生祝いの内容を相談するために、わざわざギリシャから日本まで空間を跳躍し、沙織の都合も考慮せずに押しかけて来たというのだ。どうも優先順位を色々と間違えているのではないかと思ったが、ポセイドンにとっては「寵愛するシードラゴンの気をいかに惹くか」はそれだけの重大事なのかもしれない。メールや電話で尋ねればいいではないかと思いもするのだが、海皇にとってはそんな現代の機器を使うより、自分がちょっと足を伸ばしたほうが手っ取り早いのかもしれなかった。
「というわけだ。何をすればシードラゴンが喜ぶのか、私に教えるが良い!」
 なぜ教えを乞う側の方がこうも上から目線なのだと沙織は思ったが、この傲慢さがポセイドンの神話の時代からの性格なので、今さら言ってもこの気性は訂正不能であろう。
 はあっと沙織はため息をつきながらも海神に答えた。
「あの双子の喜ぶことなど、簡単ですよ。休暇でも与えて、兄弟水入らずで二人きりで過ごせるようにしてやればよろしい」
「シードラゴンが好むのは、双子の兄ということか」
「…まあ、そういうことです」
 ふむ、と考えた海皇はこう言った。
「そうか。ではあの双子座の兄を捕まえて、裸にして、リボンで緊縛して、シードラゴンに『好きにするがよい』と贈ってやれば、喜ぶのだな」
「どうしてそう下品な発想になるのですか!?大切な兄にそんな真似をされたら、カノンはあなたをゴミクズでも見るような目で見ますわよ!」
「ゴミクズでも見るような目で私を見るシードラゴン…」
 ポセイドンが視線を遠くした。「汚いゴミクズでも見るような蔑んだ目で自分を見つめているカノン」の姿を脳裏に思い描いているらしい。
「さすがにあなたでもカノンにそんな目で見られたら胸が痛みますか」
「痛むというか、こう、キュンと来る。ああ、これが恋というものか…」
 悩まし気な吐息をついたポセイドンを、沙織は「ゴミクズでも見るような」冷たい目で眺めやった。
「伯父上ってまごうことなき変態ですわね」
「お前にそのような目で見られても楽しくないぞ」
「そもそも、私からも言わせていただきますが、なぜカノンの誕生日をあなたが祝うのが前提になっているのです?」
「…?」
 沙織は声を高らかに主張した。
「カノンは私の聖闘士です!誕生日を祝うというのなら、私が祝ってやります!」
 くわっとポセイドンが反論する。
「何を言う!シードラゴンは私の海闘士だ!」
「私の黄金聖闘士です!」
「海将軍だ!」
「……」
「……」
 互いにカノンの主神の立場を主張した二人は、無言のままにらみ合った。不穏な空気と小宇宙が漂い、部屋の窓ガラスがわずかに振動する。
「…よかろう。ではこうしようではないか」
 いつまでもカノンの所有権を巡って言い争っても水掛け論にしかならないので、ポセイドンはある解決策を女神に示したのだった。

「というやり取りをこの前、アテナとしたのだ」
「……」
 海界からポセイドンの小宇宙に呼ばれてソロ邸に顔を出したカノンは、ジュリアンに降臨した海皇から聞かされた話に眉をひそめた。
 ポセイドンはともかく、アテナが自分の誕生日を祝うつもりでいてくれることは嬉しくも光栄だと思うが、そんな些細なことのために二神に争ってもらっても、カノンとしては立場がなくなり気まずいだけだ。
 まぁこんな理由で聖戦再開などとならなかっただけ良しとするか、と、カノンはため息をついて自分を納得させた。
 ジュリアンの私室で椅子に腰かけて、眼前にカノンを立たせたポセイドンが話を続ける。
「それでこのたびはどちらがお前を祝うか、くじ引きで決めようということになってな」
 海皇が上向きに掌をかざす。すると、紙で作られた立方体の箱が掌上に現れた。上面には手が突っ込めるだけの円形の穴が開けてある。
「というわけだ。私とアテナと、それぞれからの祝いを書いた紙片がこの中に入っておる。手を入れて、どちらかをお前が引け」
「…ポセイドン様」
 こんなことのためにわざわざおれは海界から呼び出されたのか…とカノンは肩を落とした。カノンもたいがいに傍若無人な方ではあるが、気まぐれで人の都合を考えないこと、海皇はその上を行く。さすがに神だ…と諦観の念に包まれながらも、一応カノンは海皇に尋ねた。
「そもそも私の誕生祝いなのですから、祝われる張本人である私の意見を聞こうとは思われなかったのですか?」
「お前の意見など聞いたら、アテナからの祝いの方を選ぶに決まっておるではないか!その程度のことは私にも分かっておる!」
「……」
 ああ、そこは自覚があるんだ…とカノンは内心で突っ込んだ。カノンにとってアテナは常にポセイドンより優先される。心からの敬愛と忠誠を捧げた女神に対し、海皇のほうはぶっちゃけカノンにとっては「うざい」存在である。
「だがくじ引きならば結果は公正だからな。それ、引くがよい」
 ポセイドンがくじを入れた箱をカノンに突き出す。
「では…」
 カノンは腕を伸ばし、上面の穴から箱に手を突っ込んだ。箱の中には紙片が二つある。内部が見えないまま、ごそごそとそれをかき回したカノンは、やがて片方の紙片をつかんで手を抜いた。
「…こんなのが出ましたが」
 カノンは引いた紙片を開いてみると、そこには「日本、別府温泉旅行」と書いてあった。
「くーっ!!!!」
 カノンから紙片を受け取ったポセイドンは、書かれている文字を見ると悔しそうに紙片を握りつぶし、さらに足を鳴らして地団駄を踏んだ。
「くそっ、アテナの勝ちか!」
 ポセイドンが感情をあらわにして子供のように悔しがること、聖戦に負けた時以上ではないか…と見ているカノンは思ってしまった。
「どういう意味でしょう?」
 ポセイドンの苛立ちが一通り収まったところで、カノンが説明を求める。
「これがアテナからの祝いだ。日本のベップとかいうところには、多数の温泉があって保養地になっているそうだ。そこにお前たち双子を招待する、互いに休暇を取らせて一週間ほどそこで過ごして静養させる、とな」
「それはありがたいことです」
 と、カノンは素直にアテナの好意を受け入れた。
「ところで、ポセイドン様からの祝いはどのようなものだったのですか?」
「私は、ソロ家所有の豪華客船でお前たち双子にカリブ海のクルーズを楽しんでもらおうと思っていた」
 ポセイドンが箱に残ったもう一方の紙片を取り出して、カノンに示す。そこには「カリブ海、豪華客船旅行」と書いてあった。
「ははぁ…」
 アテナからの祝いを引き当ててよかった、とカノンは思った。敬愛する女神の心づくしをむげにせずにすんだし、あの温泉狂の双子の兄はクルーズ旅行より温泉旅行の方を喜ぶに違いないからだ。
「お前をどう楽しませてやろうかと、色々と考えておったというのに…あの小娘に負けるとは!」
 舌打ちし、ポセイドンはくじの入っていた紙製の箱を投げ捨てた。
「とはいえ、くじで決まったことなら仕方ない。シードラゴン、今年はアテナからの祝いを受けるように」
 くじ引きの結果というのは、神々ですら尊重しなくてはならない、神聖にして侵しがたい天運の現れなのだ。なにしろ神話の時代に、ゼウス、ポセイドン、ハーデスの三兄弟も互いの領域をくじ引きで決め、しかもその結果が現在に至るまで互いの侵してはならぬ権利として認められ、続いているほどだ。
「だが!来年こそは私が祝ってやるからな!楽しみにしているがよいぞ、シードラゴンよ!」
「…身に余るご厚恩に感謝いたします」
 憤然としながらも今から来年の計画を練っている海皇に白々しく頭を下げ、カノンはソロ邸を辞したのだった。

 こうしてサガとカノンは、誕生日の前後一週間にそれぞれ休暇を取り、沙織の招待に応じて別府の温泉旅行を楽しんだ。
 日本で双子たちを出迎えた沙織は、海皇とのくじ引き勝負に勝ったせいか、大変にご機嫌麗しく朗らかだったとのことである。

<FIN>

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