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R博士の格闘技研究室コミュのヒクソンは強かったのか?

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以前の日記より

ヒクソン・グレイシーって実際、柔術や総合格闘技でどれくらい強かったんでしょう?

コメント(22)

400勝無敗・・・本当だろうか? 

負けてない とは最強と戦っていないからだ・・・

しかし、それも強さだ・・宮本武蔵 極真大山 グレイシー

謎は深まるばかりでR
486戦485勝1敗1分け
というのが、海外のとあるヒクソン研究家が導き出したヒクソンの全戦績。ん?1敗?

そう。これが有名なヒクソンの1敗だ。アメリカで行われたサンボの大会の確か1回戦。ロン・トリップという選手に内股で負けている。

これについてはヒクソン自身「ルールがしっかり説明されていなかったから無効」だと、と半ば認めているが、その試合結果については、グレイシー側が大会側に取り消しを求めているので、「負け」じゃないらしい。

逆に言えば、1回の負けが取り沙汰されるということは、それ以外は負けていないことは、事実に限りなく近いとも思われる。

ロン・トリップという選手に関しては、「サンボ世界ヘビー級王者」という肩書きなのだが、サンボ世界大会を謳う大会や団体が数多くあるため、実際のところ、最も権威のあるとされる国際サンボ連盟(FIAS)の世界選手権での優勝者かどうかは疑問(というかたぶん違う)。また別の記載では、サンボのパンナム王者で、世界選手権は2位、柔道では全米王者とされているが、これもまた未確認である。
ただ、本人のインタビューでは、柔道は「オリンピックコーチ」に師事した」ことは語られていたが。

ちなみに、「サンボ世界王者」の肩書きを持つ、ヒョードルやタクタロフらも、FIASの世界王者にはなっていない。さらにヒョードルはロシア選手権に関しても、「3位に2回くらいなった」と自身で語ってしまったことがあるw。
ロン・トリップ追加情報。

柔道時代の戦績を調べようとしたら、彼はどうも、全米柔道協会の会長のようです。
柔道家としては全米レベルでは有名であったようです。
全米選手権の結果を調べてみると、
86年と87年と90年に95kg級で3位、93年には無差別級で準優勝という結果が残っています。
ただし、意外に思うかも知れませんが、世界レベルで見るとアメリカの柔道レベルはそれ程高いものではありません。
りゅうすけさん凄い。プロ級の情報量と分析力。関心します。

提案ですが

私は個人的に世界最強の格闘技はボクシングと思っています。
どうでしょう、例えばハーンズのパンチをよける事が出来る格闘家が世界に何人存在するか?天才が一番多く集まっている格闘技はボクシングです。一試合で30億円のファイトマネーが与えられる。世界最強の男には世界最高の富と名誉が与えられる。歴史が違うんです。

ボクシングの研究を是非してみたい・・
まずはヒクソンが勝った相手の実力を考察。

ズールー
記録で残っている限り戦ったのは80年。ヒクソン戦までのVT戦績は140戦無敗だったらしい。体重は100キロを超える大型選手。ヒクソンのVTデビュー戦とされる。他の資料では84年か89年にも戦ったとされる。どちらもバックからのチョークでヒクソンが勝利。
ヒクソン戦後、90年代に数試合しているけど、年齢的に問題があるとはいえ、オタービオ、ブラガ、エンセン井上らに全敗。もちろん、彼らはそれなりに知られた格闘家であるが、彼らの実績も比較対象として挙げてみることにする。
ペドロ・オタービオは総合で19勝しているが、グッドリッジ、ケアー、バヘット、ババル(ソブラル)、アスエリオ・シウバあたりには負けてしまった。
エベンゼール・フォンテス・ブラガも総合13勝となかなかだが、ランデルマン、スバーン、桜庭、小路あたりには負けてしまった。グッドリッジとは引き分け、ジェレミー・ホーンには勝っている。ちなみに、のちにヒクソンと戦う船木誠勝をボコボコにしている(判定なしのルール上引き分けだが)。
エンセン井上もランディ・クートゥアに勝ったのは賞賛に値するが、PRIDEではケアー、ボブチャンチン、ヒーリング、ノゲイラといったトップ選手には歯が立たなかった。
西良典 1955年生まれ
94年にヴァーリトゥード・ジャパン・トーナメントの1回戦で対戦。チョークでヒクソンの勝利。パンチを出させる暇も与えずテイクダウン→マウントパンチ→バックマウント→チョークという、初期ヴァーリトゥードの定石で敗れた。1R2分58秒。
和術慧舟會の代表として、宇野馨、小路晃、高瀬大樹といった日本を代表する総合格闘家を育てた功績は、言うまでもないが、現役としての実績はどうだろう。
拓殖大学時代には、エリオ・グレイシーを破った伝説の柔道家、木村政彦に師事。※エリオの息子ヒクソンが日本で最初に対戦するのが、木村政彦の弟子とは因縁深い。。。
その後、空手に転向し、当時、極真会館に次ぐ人気空手団体で、顔面攻撃アリ&投げ技アリという極真以上に過激なルールがウリだった大道塾時代では、北斗旗(大道塾における全日本選手権 のちにセーム・シュルトもこの王者になる)で、83年の重量級&無差別、84年の無差別、85年と86年の重量級を制し、「北斗の覇王」の異名を取り、「伝説の右ストレート」長田堅一らとしのぎを削った。90年にはキックにも挑戦(実は再挑戦)。いきなり「キック界の帝王」ロブ・カーマンと対戦するも1RでKO負けした。
1992年からは、ヤオガチ混在時代のリングスに参戦(当時37歳)。ウィリー・ピータース(引き分け)、ヘルマン・レンティング(判定負け)、ピーター・ダイクマン(一本勝ち)、角田信朗(判定勝ち)、山本宣久(判定負け)、木村浩一郎(引き分け)、長井満也(判定負け)という成績だった。西の試合は全てガチ=真剣勝負だったと言われている。
ヒクソン戦後も、「日本柔術復活」を掲げ指導者として活躍する一方で、キックやアマチュア修斗に挑戦し、つい最近まで「現役格闘家」として試合もしていた。

もしかしたら、ヒクソンが総合格闘技で対戦した選手の中で、最も「実績」のあった選手かも知れない。空手家としての実績は申し分ない。ただし、39歳という年齢やヴァーリトゥード初参戦ということを考えると、危険な相手とは言い難い。

ただし、ヒクソンが「負けなかった」偉大な選手だとすれば、西は「負けを恐れなかった」偉大な選手であると言える。
ダヴィッド・レヴィキ
同2回戦で対戦。120キロのレヴィキからテイクダウンを奪いパンチの連打でストップ。1R1分20秒。

UFC参戦経験があるが無名選手にKO負け。1回戦は修斗の草柳和宏に50キロ近い体重差を生かして勝利(そりゃ勝つわ)。その後、オランダでリングスに参戦していたレンティングに判定負け。巨体だけが特筆できる選手といえる。
バド・スミス
同決勝で対戦。マウントパンチでタップアウト。1R39秒。
全然無名のキック・ボクサー。その後も格闘技界で名前は聞かない。
山本宣久
前年に引き続き開催されたヴァーリトゥード・ジャパン・トーナメント95の初戦で対戦。ルール上禁止されていなかった「ロープを掴む」という奇策でテイクダウンを逃れながら、3ラウンドまでヒクソンを手こずらせた。スタンディング状態でのフロントチョーク等で攻める場面も。結局3R3分49秒、バックからのスリーパーで締め落とされた。

対戦当時、リングスでは前田一番弟子的なポジションだったが、当時のリングスはまだプロレス時代。ガチの試合はほとんど経験がない(ハズ)。その後ガチ時代に突入すると、相手も強かったが、連戦連敗状態になる。リングス崩壊後PRIDEに参戦するも同じくトップ〜中堅の総合選手には歯が立たない状況。

ただ、ヒカルド・モラエス、ブラッド・コーラー、ジェレミー・ホーン、セーム・シュルト、ヴァレンタイン・オーフレイム、アスエリオ・シウバ、ボブ・サップ、ガイ・メッツァー、ヒース・ヒーリング、マーク・ケア、ミルコ・クロコップと、総合の歴史を彩ったそうそうたる格闘家達と戦った(戦う羽目になった?)、偉大なる「敗北王」だ。
木村浩一郎
同準決勝で対戦。ヒクソンを最も高く持ち上げたが、ヒクソンが上手く着地。そのままバックを取られ、バックマウントの状態からパンチ→チョークでタップ。1R2分7秒。

サブミッション・アーツ・レスリングという組技系総合格闘技の看板選手で、リングスにも参戦していた。学生時代には柔道二段とレスリング国体3位(未確認)の経歴を持つ。格闘技オリンピックでは前田日明とエキシビションマッチをしたことがあるが、これは「前田日明の唯一のガチ試合」との声も多い。
この大会では敗者復活戦を勝ち上がりヒクソンと対戦。1回戦は第1回K-1グランプリで佐竹にローキックで敗れたことだけで知られる無名キックボクサーのトド・ハリウッド・ヘイズにあろう事かフロント・チョークで敗れている。そういえばNFLの選手でもあるという話だったが、事実かどうかは調べないw 敗復活戦でさらに無名のキックボクサーに勝ち、ヒクソン戦へと進んだ。ヒクソン戦後はプロレスラーに転向したため、総合格闘技の記録はこれだけ。

「ヒクソンを最も高く持ち上げた(であろう)」男。
中井裕樹
1回戦のゴルドー戦によるダメージで満身創痍でのヒクソンとの対戦。寝技で粘るも最後は定石通りマウントからパンチ→バックマウント→チョークでタップ。1R6分22秒。

北海道大学時代には、引き込みアリの寝技中心の柔道、七帝柔道=高専柔道を学ぶ。軽量級ながら、シューティングでは朝日昇と並んで、寝技の技術に優れていた選手。1回戦では、空手やキックの実力者で、UFCに準優勝(ホイス・グレイシーに敗退)するなどヴァーリトゥードも経験済みの「喧嘩王」ジェラルド・ゴルドーと対戦。体格差(身長で約30センチ、体重で約30キロ)と、執拗で巧みな反則に苦しめられるも、ヒールホールドで奇跡の一本勝ち。続く2回戦は無名とはいえ40キロ以上も重いプロレスラーから腕ひしぎ逆十字で勝利。世間の予想を裏切りヒクソン戦へ駒を進めた。
この大会後、後に知らされたことだが、ゴルドー戦で失明をしたため、総合格闘技を引退し、柔術家に転身。日本初の黒帯を取得し、99年には柔術で最も権威のある大会の一つ「ブラジレイロ」ペナ級黒帯の部で3位入賞まで果たした。パレストラ代表として指導者としても多くの格闘家を育てている。

とはいえ、ヒクソンと対戦時には、満身創痍だし、下の階級の選手。この時点では「強豪」とは呼べないだろう。
りゅうすけさん凄い情報量です。

ヒクソンはどうやらリンク外での折衝が上手かったような印象に変わって来ました。

しかし、ボクシングでもそうですが一流の選手は試合までの仕掛け方が上手い。

ある意味凄い選手ですね。伝説がこのように創られる事もあるのですね!

りゅうすけさん 偉い!

やはり自分で探さないと真実は見つからない・・という事ですか
他に見に来た人のために続き書きます。

船木誠勝
11分46秒 定石通り、マウント→バックマウント→チョークスリーパーで敗れる。意地でタップしなかったが。

パンクラスのエースとして総合格闘技の戦績は38勝11敗1分けと、ヒクソンの相手の中ではずば抜けているかも知れない。ただし、パンクラスではグラウンド状態での顔面パンチは認められていなかったので、ヴァーリトゥードとは言えないが、シュルト、シャムロック兄弟、近藤、メッツァー、ルッテンといった、後に総合格闘技で活躍する選手達と互角以上に渡り合っているのだから、それはそれで評価できるのでは。
ヴァーリトゥードルールでは1年後に桜庭に意外とあっさり負けてしまうエベンゼール・フォンテス・ブラガにボコボコにされてはいるが。
では、柔術の世界だとどれくらい強かったのか?

残念ながら、これもしっかりした記録がない。
ヒクソンが活躍していた時代には、現在柔術の3大大会と言われる、ムンジアル(世界選手権の意)、ブラジレイロ(ブラジル選手権)、コパドムンド(ワールドカップ)のうち、ごく最近出来たコパドムンドはおろか、ムンジアルも開催されていない(ムンジアルは96年から)。ブラジレイロにしても僕が調べた限りでは94年以降しか、しっかりした記録がないのだ。恐らく主催者が変わったのかも知れない。それらに次ぐ大会、パンナムにしてもその頃の記録はない(というか開催されていたかどうかも不明だし、たぶんまだ開催されていない)。

ん。。。これは困った。

ここで2人の柔術家が登場する。ヒーガン・マチャドとファビオ・グージェウ。

ヒーガン・マチャドとは、知る人ぞ知るマチャド柔術※のマチャド兄弟最強とされる柔術家。
※グレイシーの親戚筋にあたり、特にアメリカではグレイシーと並ぶ柔術ファミリーとして有名。

彼はしっかりした記録に残るだけでも、97年のブラジレイロでペサディシモ(スーパーヘビー※91キロ超)級と無差別級の2階級制覇をしている。さらには同年のパンナム選手権でも同じ2階級を制覇している(無差別級は96年に続き連覇)。さらに付け加えるとどちらの大会でも無差別級では柔術界の強豪として知られるマガリカエスに勝っての優勝である。つまり、この頃の柔術界の重量級で最強レベルの選手と言える。ここまでは記録に残っている戦績だが、彼は柔術の試合ではたったの1敗しかしていないという(これはさすがに検証できなかった)。

もう一人のファビオ・グージェウに言及しよう。
彼はもっと現実的に測定しやすい選手だ。90年代後半のペサド(ヘビー※91キロ以下)級を代表する選手で、ムンジアルの同級を97年と00年01年と3回制覇している。97年には無差別級も制している。

一瞬話がそれてしまうが、PRIDEでも活躍する柔術家のヒカルド・アローナをご存じだろう。彼は寝技世界一を決めるアブダビコンバットで、00年98キロ級、01年98&無差別の2階級制覇王者だが、実は柔術では黒帯タイトルをとっていない。

話を戻すと、アローナが最もタイトルに近づいた00年のムンジアル決勝でそれを阻んだのがこのグージェウなのである。

と、前置きが長くなった。「だから、この2人がどうしたの?」ってなるよね?w 実はこの2人、ヒクソン・グレイシーに負けたことでよく知られている選手なんです。しかも両者とも数分以内に一本負け。つまり、ヒーガン・マチャドの「1敗のみ」が事実とするなら、それはヒクソンによるもの。
ちなみにヒーガンだけでなく、グージェウも、僕が探した限り、準優勝の記録すらありません(もちろん、調べた記録には4位以内の入賞者しか書かれていない場合も多く、もしかしたら準決勝以前敗退なのかも知れませんが)。

ヒーガン・マチャドに関しては、本人のコメントを見つけることが出来なかったが、ヒクソン曰く「マチャド兄弟で最強? それはヒーガンだよ。対戦? 1991年にリオでエキシビションマッチで対戦した時は、2分残してチョークで勝った」

グージェウに関しては、「僕は柔術で2度世界王者になったけど、柔術じゃヒクソンに誰も勝てないよ。最近一緒に練習してるけどいつもタップさせられる。レベルが違う」と本人が語っている。

やっぱり柔術では相当強かったらしい。
※付記

グレイシー一族はみな口を揃えて「ヒクソンが一番。ヒクソンは特別」と言っている。
弟のホイラーは柔術やアブダビで、同じく弟のホイスはUFCで、親戚のヘンゾはアブダブや総合で、はっきりした記録に残る戦績を残している。その彼らでさえ
ホイラー
「柔術はヒクソンが一番。サーフィンなら僕だけど」「練習でも5分に1度は極められてしまう」
ホイス
「ヒクソンは僕の10倍強い」
ヘンゾ
「僕は彼が試合をするのが楽しみで仕方ないんだ」
ハイアン(ヘンゾの弟)
「グレイシー一族はそれぞれ違ったファイトスタイルを持っている。でも一番はヒクソン」
と、それぞれコメントしている。

グレイシー一族のみのコメントだと信憑性ないかも知れない。彼らはいがみ合うことがあっても、グレイシー一族と一族以外との対戦に関してコメントする時は、絶対に一族を擁護するから。

前述したグージェウ以外の柔術王者のコメントも見つかったので、ここに掲載しておく。
柔術世界王者で、PRIDEで桜庭にも勝ったことがあるニーノ・シェンブリのコメント
「いつも一本勝ちするヒクソンが憧れだった。今でも彼の柔術が一番優れている」
戦の相手も一流の総合格闘家とは言いがたい
・柔術でもはっきりした記録がない
・ただし、グージェウ、マチャドといった強豪を破っている
・実はサンボで1度負けている
・レスリングのブラジル王者だが、国際試合は敬遠している

ところで、レスリングといえば、グレイシー撤退後のUFCをはじめ、その後の総合格闘技界を席巻したのはアメリカのレスリング勢であることは異論はないだろう。
UFCのトーナメントではダン・スバーン、マーク・コールマン、マーク・ケア、ダン・ヘンダーソンらが優勝し、第一回のリングスKOKトーナメントはヘンダーソン、同じくPRIDEトーナメントはコールマンが優勝した。UFCに君臨するランディ・クートゥアは2階級制覇を果たした。彼らは皆レスリングの全米王者である。
彼らの戦法は、タックルや投げでテイクダウンを奪い、相手に良いポジションを与えず殴り続けるといったもの。時にノーギャンブルファイト(負けない試合)と批判されることも多いが、とにかく強いことには間違いない。

ヒクソンとレスリングに関してもう一つ興味深い話がある。これは当事者全員が事実と認めているのでおそらくは事実であろう。

マーク・シュルツというレスラーがいる。84年のロス五輪で金メダル、世界選手権も2度優勝と、82キロ級で3度の世界一に輝いた80年代を代表するレスリング選手だ。もちろん全米選手権では4連覇を果たしている。上記したレスラー達は世界一にはなっていないので、彼ら以上の実績を持ったレスラーだと言うことは間違いない。

体格や全盛期(であろう)の時期も、ヒクソンと極めて近いことがお分かりだろう。

レスリングを引退していたシュルツに、友人から電話がかかってきた。「この町に伝説的な柔術の王者が来ているから対戦しないか?」と。
ここに伝説的柔術王とレスリング金メダリストの道場マッチ(打撃なし)が実現した。

結果は、、、、
「40分戦い2,3回ヒクソンがタップを奪った」と双方が認めている。

そして関節技という未知のテクニックに感銘を受けたシュルツは、柔術などの練習を始め、96年のUFCではゲイリー・グッドリッジをテイクダウンからのマウントパンチでTKOで破っている。

やっぱり「それなりには」強かったんでしょうね。

最後にりょうすけ氏の感想を。
一度、生でヒクソンの試合を見たことがあるけど、生まれて初めて「オーラ」が見えた。いや、まじで。理屈うんぬんじゃなく「誰も勝てない」気がした。
これも素晴らしい話です。勉強になりました。ありがとうございます。
ファイトマネー3億で、相手が貴乃花なら、受けるかも。
ギリギリ古賀。
残りの選手は、負ける危険性があったり、勝ってもおいしくないから、受けないと思います。
かなり勉強になりました!
ユウは今まで『無敗伝説』とかいう言葉を
耳にするだけだったので。
○ゆうさん
全部読んだんですか?w
お疲れ様でしたm(_ _)m

どんなルールであれ、危険な相手との対戦を避けてきたとはいえ、ほとんど負けないってことは凄いことですね♪

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