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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第25回 かとう作「とこやはどこや」

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 床屋の娘のみよちゃんに恋をした。なんてったってみよちゃんは可愛い。そして色が白い。いつも柔軟剤のいい匂いがする。ちょっと地味な感じもするが、そこがまたいいのだ。
 だから僕は二週間おきに床屋に行って、みよちゃんに髪を刈ってもらう。床屋という場所は大抵予約を受け付けていないので、僕はみよちゃんが他の客の髪を刈っている時も、辛抱深く待つ。ここ何年かの僕は、みよちゃん以外に頭を触らせないと決めているのだ。
 何年も床屋に足繁く通っているが、最近僕が行くと、みよちゃんをいつまでも独占しているいけすかない男がいる。今日も床屋を窓から覗いてみた段階で、あの鼻持ちならないロン毛が見えたから、僕は一気に気分が悪くなった。しかしここまで来てしまったのだから仕方がない。僕は床屋のドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
 受付にいた、蝶ネクタイにベスト姿の店主が僕に挨拶をする。彼はみよちゃんのお父さんだ。みよちゃんのために通い詰めたおかげで、今では僕の顔を見ただけで、みよちゃんにこそっと耳打ちしに行く。みよちゃんは僕の顔を見て、軽く微笑みながら会釈をする。
 そう、この少し影のあるような、はにかんだような笑顔だ! 控えめなところがみよちゃんの何よりも素敵なところだ。
 しかし、そのみよちゃんの前に座っている男が、僕のほうを向いて鼻で笑ったような顔をする、これでまた僕の気分は地に落ちる。なんであいつはいつも僕の前にみよちゃんに髪を切ってもらっているんだ。まったく気に入らない。
 気に入らないと言ったら何よりも、こいつの髪型である。茶色のロン毛なのだ。いや、本当はロン毛と言うど長くないのかもしれないが、とにかく男がするような髪型じゃない。前髪が長くて女のようなパーマをかけていて、なんというか金持ちの犬みたいな軟弱な髪型だ。あんなの床屋でできるわけがない。つまり奴は、美容室でわざわざパーマやらカラーやらしてから、みよちゃん目当てでここに来るのだ。みよちゃんだって、どこをどう切ればいいのか困っているじゃないか。
 僕だってみよちゃん目当てなのは確かだが、みよちゃんの腕を信頼して来ているのだ。それに比べて奴は床屋にとっては全くの邪道である。僕は憤然として待合いの椅子に座った。
「少々お待ちください」
 と店主は、冷たいおしぼりを出してくれた。花の匂いが染み込ませてある、いい匂いのやつだ。僕はおしぼりを顔に当てる。まだ4月に入ったばかりだが、最近天気がいい日は初夏のように暑くなる。喜び勇んできたからかなおさら、首筋にも軽く汗を書いていた。僕はその首もとにおしぼりを当てる。火照った肌が冷えて大変気持ちがいい。床屋はまるで天国のようなところだと僕は常々思う。
 奴のカットが終わるまで、僕はスポーツ新聞でも読んで気を紛らわせることにした。しかし、新聞に頭をつっこむようにして奴を見ないようにしても、意識はどうしてもそちらにいってしまう。どうしてあいつはあいつの愛犬そっくりの、軟派な頭をしているのに、床屋になんて来るんだ。一生美容室から出てこないでくれ。
 あいつと僕は立場も髪型も真逆かも知れない。ロン毛の彼に対して、僕は襟足から後頭部にかけてはきっちりと刈り上げ。もみあげもサイドもちゃんと短く整えてもらう。トップの毛だけは長すぎず短すぎず、社会人らしい清潔感を出すようにしている(とは言っても僕はまだ院生だけど)。これをなけなしのバイト代で、月に二度床屋に通い、維持しているわけだ。床屋通いはもう僕のポリシーと言える。
 それに比べてあいつはなんだ。美容室で何万もかかるような技術らしいのに(あいつは自慢げに語るが、出来上がりはただの金持ちの犬だ)、みよちゃんに会うためだけに、月に何回もここに来ているらしい。しかもムカつくのが、あいつはどうやら大手美容室だか美容メーカーだかの、社長の息子だというのだ。美容室の手先のくせに、女目当てで、金にものを言わせて床屋に通っているのだ。もう床屋の敵と言っていいのでは!?
 そして奴はいつも去り際にわざとらしく僕を見て、店主に、
「融資のお話、考えていただけましたか? なに、僕に任せてくれれば、悪いようにはしませんよ」
 と大きな囁き声を出すのだ。どうやらこの床屋には借金があるらしい。それを肩代わりする代わりに、みよちゃんをお嫁にくれということなのだろう。汚い、金持ちは汚い。
「ええ」
 店主は曖昧に微笑む。彼自身が融資についてどう考えているのかわからないが、とりあえず僕はたぶん、みよちゃんの婿候補としては劣勢に立たされているようだ。確かにあいつは鼻持ちならない奴だが、ただの大学院生である僕は、大企業の社長息子になんてかなわない。しかも美容業界にいる彼に比べて、僕は土木工学専門だ。美容のことも理容のこともちっともわからない。それでも、あいつに比べれば床屋の魂を肌で知っているはずだ。
 ふつふつと闘志を燃え上がらせていたら、店主が店の奥から受付に戻ってくるところだった。胸に茶色い巻き毛のころころした犬を抱いて。
「ごめんね、ショコラ。待たせたね」
 奴が犬を受け取る、僕は我慢できず立ち上がる。
「おい、おまえ!」
「ああ、よしくん、いたの」
 奴はわざとらしく「気がつかなかった」と言って、僕を見据える。馴れ馴れしく呼んでくるところが腹立たしい。
「”いたの”じゃない。おまえ、床屋に犬を連れてくるなんて、非常識じゃないか」
「ええー、でもマスターがいいって言うし、ねぇ」
 店主はまた曖昧に微笑む。金持ち相手だから逆らえないのだろうか? と、思ったら、
「いや、お母ちゃんがわんこが好きでね、まぁお店の裏で預かるぶんにはいいかなと」
 店主、いやみよちゃんのお父さんも、ちょっとルーズなところがあるから困ったものだ。僕は世界で一番好きな人のお父さん相手だからって、ひるんだりしない。
「でも、犬に何かあった時とかどうするんですか?」
「ああ、それはちゃんと念書書いてるからね」
 とロン毛男は、胸元から紙を取り出した。犬に何かあっても責任を追及せず、というやつだ。金持ちは抜かりがないのが嫌だ。僕は何も言えなくなる。
 男は手でさらっと前髪をかきあげた。その瞬間あたりにシャンプーの匂いが漂う。そんな前髪があるなら床屋には来ないでほしい。それで僕はつい言ってしまう。
「ちくしょう、なんていけすかないんだ、このロン毛! おい、こら、ロン毛!」
「よしくん、ちょっとちょっと、ロン毛って」
 みよちゃんのお父さんが僕をなだめる。
「お父さんも! やっぱり金ですか? 世の中金なんですか? だからロン毛に屈するんですか!?」
「いや、別にロン毛には屈してないよ……」
「じゃあなんで! こんな美容室に魂売ったようなやつを!」
「よしくん、ちょっと、落ち着いて」
「まったく、困ったボウイだね」
 ロン毛野郎がそのように言うのでもうすぐで手が出そうになったが、そこへみよちゃんがつかつかとやってきて、
「二人とも、私のために争うのはやめて」
 とつぶやいた。
 そうそう、僕は真顔でこんなびっくり発言をしてしまうみよちゃんこそ、心底愛しているのだ。この三角関係の運命やいかに!(続く)


♪エンディングテーマ♪
「とこやはどこや」作詞 柳原幼一郎

僕はとこやでくらしたい とこやで老後を送りたい
あのこに髪の毛刈りとられ 鏡の世界でねむりたい
夕暮れが街に近づけば 赤青白のひねり縞
僕は床屋でくらしてる 鏡の世界でイキをする

とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや

いくじなしだとののしられ めめしい奴だとさげすまれ
僕はとこやにすんでいる とこやで命を燃やしてる
盆栽のようにひっそりと なまずのようにつつましく
僕はとこやでAll Right! All Right! 鏡の世界でイキをする

とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや

僕のとこやがどこにもない
海にもない 山にもない
北半球にもない 南半球にもない
あっちにもない こっちにもない

とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや
とこや とこや とこやはどこや

コメント(12)

「とこやはどこや」たま
https://www.youtube.com/watch?v=vyRzP4EnWck

大好きな歌をモチーフにして作ってみました。題名もそのまま拝借です。
最近停滞気味でしたが、昨日サイモンさんと交わした会話と、みけねこさんの励ましにより、おかげさまで作品ができました。お二方にはありがとうございます。
とは言っても、勢いだけで書いたのでちょっとしょぼいですが、敢えて勢いに乗って出してみようと思います。
ちゃんとしたのはこれから考えます……
「続く」と書いたのはただのノリです。
今閃きました。次号、「床屋の中心で愛を叫ぶ(仮)」。みけねこさんへの返信はあとでゆっくりさせていただきます……
>>[3]
早速のご感想ありがとうございます!特に女性にとっては床屋は未知の領域ですよね。興味深い場所です。
小説ですが、舞台みたいにずっと同じ床屋で繰り広げられることを描いていけたら、楽しいかなと思いました(^ω^)
とこやはどこや、はじめて聴きました。

よしくんの妄想がどんどんエスカレートするとこ、ちゃっかりみよちゃんのお父さんを
“お父さん”、と呼んでたりするとこが面白かったです。
ロン毛っていうのももう死語じゃないですかね。
ですから少し昔の話かも、とか思いました。
で、ロン毛男はなんかちびまるこちゃんに出てくるキャラクターのように感じました。
みよちゃんの最後のセリフが、叫ぶんじゃなくて、つぶやかれるあたり、みよちゃんのキャラクターが
セリフの内容も含めて、一筋縄でいかない気がして面白かったです。

わたしの話のどこら辺が励みになったのかわかりませんが
かとうさんの創作の助けになったようで、とても嬉しいです
なぜかいきなりの床屋リスペクトも嬉しかったです
かとうさん、わたしが理容師だって知ってましたっけ?
>>[6]
よしくんの、突っ走りがちなキャラが伝わり安心しました。ロン毛も死語ですよね。そもそもみよちゃんて名前がまず古いので、いつの時代かはよくわかりませんが、いい感じでレトロにしていきたいです。
ロン毛の花輪くん感や、みよちゃんのキャラが伝わって嬉しいです!素敵な感想ありがとうございました。

この話だと茶化してる感じにとられないか不安でしたが、ほんとに床屋はリスペクトと憧れがあります。入ってみたい。
理容師というか、いつか床屋さんを継がれてるって話は聞きました。是非切っていただきたいです。
>>[7]
早速の感想ありがとうございます!面白かったとのお言葉、嬉しく思います。まめやさんをにやにやさせられて、ガッツポーズです。金持ちの犬、どんな犬種かは不明ですが、そんな雰囲気です。
ロン毛連呼に笑いました(笑)
でも、みよちゃんの為に床屋さんに通い、
融資の話まで…
ロン毛、実はイイ奴なんじゃ…?と
思っています。
私は勝手に、昭和レトロな床屋さんを想像しましたが
かとうさんは、どんな床屋さんを思い浮かべて
いたのでしょう?
「続く」に期待です(°∀°)
>>[10]
ご感想ありがとうございます!笑っていただけたとのこと、嬉しいです(^ω^)
そうそう、レトロな感じの床屋に憧れていて!
多分続かないかとは思いますが笑
みよちゃん、イタイですね(笑)
しかし、ドラえもんのしずかちゃんも、こんな感じだったので、何か懐かしいものを感じました。

あと、念書を書いてくれる金持ちの心遣いに感激しました。実は、すごくいい人のように思いますw

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