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プランタジネット朝コミュのイングランド王 リチャード1世

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もはや伝説の域に達しそうな偉大な騎士にして、王。

人々は彼を 獅子心王 と、呼んだ。

母アリエノール最愛の息子。
彼も上背があり美しく、平均よりずっと背が高かった。
アンジュー家の特徴である灰色の目と輝くばかりの髪とともに周知の怒りっぽさも受け継いでいた。

好奇心とあらゆることに対する知識欲で溢れ、才能豊かな詩人。

感情のおもむくままに、どのような無軌道ぶりもためらうことはなかっが、罪を犯したのと同じ激しさで後悔することができた。

その武勇はキリスト教徒、イスラム教徒問わず鳴り響き、必要とあれば並ぶ者なき一兵卒となり、無敵の騎手であり、何日も歩いて行進した。
アッカ包囲の際には、自ら背中に包囲器具用の木材を背負った。

数々の物語で謳われた、王の中の王。
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4733816

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

○名:リチャード一世 / Richard I
○生没年:1157年9月8日〜1199年4月6日
○在位:1189年7月6日-1199年4月6日
○異名:獅子心王 / Lion hearted
○別号:ノルマンディー公、アキテーヌ公、メーヌ伯、アンジュー伯、ポワトゥー伯
○王朝:アンジュー朝 / プランタジネット朝
○父親:ヘンリー2世
○母親:アリエノール・ダキテーヌ
○妃:ベレンガリア・オブ・ナヴァール

コメント(14)

アリエノールは若ヘンリーよりも次男リチャード、彼女がアキテーヌ公にしてやったこのリチャードの方を気に入っていたようだ。

長兄ほどの魅力はないものの彼もまた人を惹き付けないわけではなかった。
彼も上背があり美しく、もう二人の弟ジェフリー、ジョンとは違って平均よりずっと背が高かった。

リチャードは大変才能豊かで、大詩人で、その作品は(二つしか残されていないが)非常に素晴らしく、とくに捕虜であった時期に書いたものは感動的である。
アンジュー家の特徴である灰色の目と輝くばかりの髪とともに周知の怒りっぽさも受け継いでいた。

けれども彼の詩の才能と、陽気で移り気な性格はアキテーヌの血筋を思い起こさせる。


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード
リチャードは心が広くその力量は寛大で、しかし怒れば恐ろしく、すぐかっとなると同様すぐ人を許し、そして策略を疑わない。

リチャードの戴冠には一つ不利な条件がある。
イングランドではほとんど名を知られていないことだ。
オックスフォード生まれだがイングランド滞在は非常に短く、英語が分からない。
彼の好み、習慣、子供時代や青春の環境、すべては一般に言われている「ポワチエ人リチャード」というあだ名にぴったりだ。

ロンドン市民や、父が服従させるのに手こずった大諸侯たちに、どのようにしたら受け入れられるのだろうか?


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード
十字軍遠征への財源獲得には実に豊富な想像力を示すリチャードは、ためらうことなく領主の威厳と取り引きを行った。
王は城、町、領地までも売りに出した。
王ははばかることなくこう言い放った。

「買手さえあれば、ロンドンをも売りに出すつもりだ」


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード
> クミセスさま

自分はアマゾンで注文いたしました。
一度ご覧になってはいかがでしょうか。

ご自宅まで届けていただけますよ。
人を困らせかねないあらゆる感情に身をゆだね、その素晴らしい長所も激しい気質から来る荒々しさにもみ消されそうな危険をはらんだこの度しがたいリチャードを、まっとうな道から踏み出ないように導き得る妻が必要であった。

歴史家が「獅子心王」と呼ぶリチャードは、獅子のたてがみのような髪からしても、その勇猛ぶりからしても、また伝説となっている彼の寛容さからしても、このあだ名に適していた。

繊細な詩人、洗練された音楽家である彼が教会の中で、席を立って自ら修道士の聖歌隊を率いて歌にリズムをつける姿がときには見うけられた。


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード獅子心王
何らかの都合で訪問した先々で、彼は好奇心とあらゆることに対する知識欲を表した。
海との出会いを持ってからは…
というのも今までは海峡の横断に限定されていて、今度が生まれて初めての経験であった。
突然に帆と舵の操作に情熱を傾けた。
イタリア人の水夫たちに教えてもらい、本能的な船乗りの天分をあらわにした。

イタリアの地に足を踏み入れてからは、考古学者的好奇心に動かされたようで、ただちにナポリ近郊のローマ移籍を訪れ始めた。

また彼はヴェスヴィオス火山に登りたがった。

その上彼は、必要とあれば並ぶ者なき一兵卒となり、無敵の騎手であり、何日も歩いて行進できた。
アッカ包囲の際には、自ら背中に包囲器具用の木材を背負った。


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード獅子心王
この情熱的な男は感情のおもむくままに、どのような無軌道ぶりもためらうことはなかっが、罪を犯したのと同じ激しさで後悔することができた。


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード獅子心王
その勇猛ぶりはキリスト教徒側にも、イスラム側にも響き渡った。
サラセン人の母親は子供を静かにさせるのに、リチャード王の名をかたって恐がらせ、おどしたと言われる。


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード獅子心王
(十字軍遠征帰途、神聖ローマ帝国皇帝に捕らわれた)捕虜のリチャードはドイツ君主たちの間て非常な人気を博していた。

その立派で堂々たる風貌に加えて、どんなに陰気くさい要塞にあっても意気消沈することのない上機嫌ぶりは人々の感嘆を呼ばずにはいなかった。

いつ果てるとも知れぬ捕らわれ人の日々を、彼は吟遊詩人ギヨームの真の後継者として作詩作曲をつづけ、牢番たちとさえ食卓でワインを分かち合うといった根っからの寛大さを発揮していたのである。


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード獅子心王
> クミセスさま

ぜひ。
レジーヌ女史の作品、お読みになられたら、ご感想でもお聞かせ願えたらと思います。
(神聖ローマ帝国皇帝からの解放後、リチャードの)3月23日のロンドン入りは華々しい勝利であった。

どこの町でも市長を先頭に皆がリチャードに会いにやってくる。
熱狂した群衆の喝采を受けてリチャードはアリエノールをともないストランド大通りからセントポール大寺院まで進む。

すべての人々にとって彼は聖戦の闘士、主から聖別を受けた者、英雄、崇拝の的であった。
彼の人気は歴史を通じて続くこととなる。


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード獅子心王
(矢を肩に受けても)リチャードは傷の深さを意に介しようとはしなかった。

その場で休んでいることができず、王はいつもの調子を始めたのである。
つまり香辛料の入った食事とうまいワインに舌づつみを打つ人生の享楽者、夜は夜でポワトゥーの美女たちとの陽気な楽しみ…

傷口は悪化し、熱は上がり、数日間でもう王を救うすべての希望は失われた。


【王妃アリエノール・ダキテーヌ】レジーヌ・ペルヌー著の中の、リチャード獅子心王

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