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エディット・ピアフの人生コミュの59、愛は何の役に立つ??

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今回は、オランピア62年公演でのレパートリーを紹介します。


●1962 ROULEZ TAMBOURS
「響けたいこ」
(ピアフ作詞、フランシス・レイ作曲)

 現存するライヴ録音の中では、この曲がオープニングとなっています。
軽やかな行進曲ふうで、まさにスネアドラムの音が力強く響きます。曲のコード進行やアレンジのメロディラインが、さすがはフランシス・レイと言えそうな作り方で、それまでとは違う新しい60年代の音楽とも言えそうです。歌手・作曲者ともに、かなりの実験的な作品であったことでしょう。
 この歌で特記すべきは、「ヒロシマ」という日本の地名が取り上げられていることです。ピアフの数あまたのレパートリーの中で、日本が歌われたのは、この曲のみです。
 広島に原爆が投下されてから、18年。「ヒロシマわが愛」という日仏合作の映画が封切られたのは1959年のことでした。この歌には真珠湾の名前も出てきます。日本が戦争で犯した罪と戦争で受けた傷。結局、戦争とは人を傷つけ泣かせるだけ、というのがピアフの考えだったのではないでしょうか?
 歌手・ピアフとしての強い信念そして反戦が歌われていると解釈できそうです。

「さあ鳴れ、響けたいこ、日々天に召される人たちのため、街の隅で泣く人たちのため、広島のため、真珠湾のため、たいこはナポレオンにより戦いのために全世界で鳴り響いた。私はたくさんの悲惨な光景を見た。母や父が泣くのも見た。泣くのではなく歌ってほしい、私を愛する人たちに。さあ鳴れ響けたいこ。日々天から生まれる人たちのため、街の隅で笑う人たちのため、広島のため、私の愛のために。戦争を終わらせるために、私は歌う、たいこを叩く。さあ鳴れ、響けたいこ。」



●1962 LE DIABLE DE LA BASTILLE
「バスティーユの悪魔」
(ピエール・ドラノエ作詞、シャルル・デュモン作曲)

 前回公演以来の付き合いであるデュモンの曲も、とりあげています。軽快な3拍子のリズムに乗って、パリ祭の破れた恋が歌われます。

「信じられないけど本当なの、嘘みたいだけど、本当なのよ。バスティーユ広場に悪魔が踊っていたの、パリ祭で。悪魔は知ってたの、あの子の運命が自分の手にあるって。だって彼は美青年だったし歌声もよかったから、彼女には悪魔だとはわからなかったの、仕方ないわね、18歳だったのだもの。恋に落ちるのも当然よ。でも彼はふざけて笑い飛ばして、結局彼女は捨てられたのよ。本当に軽く見られたものだわ、そうよ悪魔を愛した彼女というのは私のことだったのよ。」



●1962 MUSIQUE A TOUT VA
「この歌にのせて」
(ルネ・ルゾー作詞、フランシス・レイ作曲)

 9拍子という変わったリズムの、これもいわば実験的作品の一つかもしれません。音楽の流れていく先に、というやや抽象的な歌詞ですが、曲調は交響曲風です。ここにも、過去から未来を見つめるピアフの思いが歌に乗って流れていく、前向きな気持ちが歌われます。

「この歌の後ろをさまざまな過去が流れていく。忘れられないキス、いにしえの愛の夢。ご覧なさい、それらが次々鎖でつながれたように舞台に昇っていくのを。この歌のゆく先には不意に生まれ変わった過去があり、老いた兵士のように、好きだと踊りながら若い季節の恋が進む。だから顔を上げよう。放り投げたとしても、永久になくなるのではない。そうしてまた新しいカーニバルが生まれ喜びが燃えていく。私にはそれがわかる、見えている、この歌の行く先には。」



●1962 LE PETIT BROUILLARD
「こまかな霧」
(ジャック・プラント作詞、フランシス・レイ作曲)

 港の女が、ある日ふと出会った男のその後を思い返すといった、ピアフにとっては定番とも言える題材ですが、曲はスウィングビートに乗せて、一見軽快に歌うところが60年代と言えるかもしれません。
 タイトル名は、ピアフ自身は上記のようにアナウンスしていましたが、発表後しばらく、レコードには「UN SALE PETIT BROUILLARD(いやなこまかい霧)」とクレジットされていました。

「いつでもいやなこまかい霧、いつもの倦怠感…。あの夜彼の友達が来たのよ、
彼の偽装したパスポートとブエノスアイレスへのビザを持ってきたの。私には詳しいことはわからなかったけど、あの朝一番の船に乗るってことが彼の最後のチャンスだったらしい。出航直前に汽笛が響くなか、彼は私に微笑んでくれた。そうしてタラップが上がって、もう大丈夫と思ったその時、何人かの男達がきて彼を船から下ろしてしまったの。連行の時、私のことは見なかったわ。私を共犯にさせまいと思ったのかしら、私はずっと彼のことを考えている、船が遠ざかるのを見ながら、いつもいやなこまかい霧…。」


● 1962 LE DROIT D'AIMER
「愛する権利」
(ロベール・ニエル作詞、フランシス・レイ作曲)

 テオとの結婚を公表して以来、ピアフの身には少なからず悪い噂も立ちました。20歳も年上の彼女が若い男をたぶらかした、とかテオは財産目当てで結婚したといった中傷です。
 しかし、ピアフは反対に世間に向かって、人には誰にでも愛する権利があるとこの歌ではっきり主張しました。一見、法律用語のような歌詞ですが、その背景には今まで様々な苦しみを味わいながら決して愛に絶望せず、常に前向きに生きようとしてきたピアフならではの歌です。
 この歌もアレンジが2バージョンあり、9.25のエッフェル塔公演と2日後のオランピア公演では少し違います。レコーディングも両方のバージョンがあります。

「太陽は昇るのでも沈むのでも良い。影はうつろい、人生は過ぎ行く。誰であろうと何であっても、愛する私を止められない。私は愛する権利を持つ。恋をする世代と同じように、私も愛する権利が欲しかった。我が身を失い、すべてをなくすリスクを抱えながら、この愛の権利をやっと手に入れたのだ。そのための代償も払った。誰がなんと言おうとも私が生きている限りは、私への冠がいばらだとしても十字架であっても、この愛する権利を妨げることはできない。二人が愛しあうのを妨げることはできない。」


●1961 LE BILLARD ELECTRIQUE
「ビヤール・エレクトリック」
(ルイ・ポトラ作詞、シャルル・デュモン作曲)

 直訳すると「電動ビリヤード」ですが、この頃から出始めたゲームマシンのことでしょう。フランスではカフェなどにピンボールのようなマシンがこのころからよく設置されるようになり社会現象ともなりました。来ない彼女を待ちながら機械に熱中する若者の苛立ちや嘆きが、躍動感のある音楽と重なり、終末にシャウトで終わるピアフの歌唱はロックスターの要素が十分です。
 当時流行り出したロックンロール(フランスでは「イエイエ」と呼びました)についてピアフは疑問視していたというエピソードがありますが、もし彼女が早世せず、更に生き続けて歌い続けていたなら、その音楽性はさらに広がったのかもしれません。
 同時に、社会からはずれた若者が起こす反社会的な行動についてピアフは、この歌や1955年の「オートバイの男」を例にとって、理解を示す発言をしています。

「『時計を見たって、どうしようもねえな』バーのマスターは言う。来ない彼女を待つ間にゲームでもするさ。20個の球を入れたらヒステリックに弾けてあっちこっちにぶつかっていく、ディン!ディン!ピンナップの写真がぐっと来るぜ。よしやった!、10万点20万点!ああダメか、くそっ。もう8時。来ないなあ彼女。
『ドアを見ててもだめさ。いらいらするなよ。お客さんいい男だよ。女は他に何人もいるよ。』また20個球を入れた。あの女め。ディン!ディン!やった、500点だ!こんなの簡単さ。ディン!うーん、ちょっと苦しい。『おい、あそこ見ろよ、あいついかれてるよ。』ああ終わりだ、9時だ。望みなし。。。彼は青い顔で店を出る。『あいつどっか行ってまたやるよ』マスターは言う。別のところか、はたまた川に身を投げるか・・・。ディン!ディン! 20万!40万!50万! ディン!ディン!」


●1962 TOI,TU L'ENTENDS PAS
「あなたには聞こえない」
(ピエール・ドラノエ作詞、シャルル・デュモン作曲)

 スネアドラムの音が力強く響く行進曲ふうの歌ですが、実際のメロディーラインは平板であまり上がり下がりがありません。しかし転調を繰り返しながら曲は次第にファンファーレのように盛り上がりを見せます。
 歌詞の内容も、愛した相手に愛を求める歌となっています。

「あなたには聞こえない。あなたには聞こえない。このお祭りのろうそくが、壮大なオーケストラの音楽が、群衆の革命歌と踊りが。あなたには聞こえない。私の体の奥底にあるこの大騒ぎが。全くつまらない。あなたには聞こえない。音楽もサーカスもオペラも。あなたには聞こえない。この心臓の鼓動が。4人分くらいあるこの激しいこのどきどきが。全くつまらない。あなたが私を愛したら私のロンドが聞こえるようになることでしょう。」



●1962 A QUOI CA SERT L'AMOUR
「恋は何のために」
(ミッシェル・エメール作詞・作曲)

 公私ともに長年の付き合いでありよき理解者であるソングライターのミッシェル・エメールが書き下ろした歌。
 この歌が、テオとエディットの結婚ソングとなり、同時にテオの本格的なデビュー作ともなりました。ピアフはこの歌を当時の人気テレビ番組「トピックス(時の話題)」で初めて歌ったと語っています。
 軽快で親しみやすいフレーズが掛け合いながら転調を繰り返していきます。
歌詞の内容も、恋に未熟な若者と熟練した女性が問答しながら、最終的には愛を讃えるウイットに富んだ仕上がりです。しかし、ピアフのファンにとっては、彼女がやっとつかんだ最後の幸せという姿にみえてなりません。
一方で、ピアフはこの歌をソロでも録音しました。テオの芽が出なかったときのためのことも考えていたことでしょう。テオのデビューは、本当に時間がなく、
大きな賭けでもありました。

「---愛はいったい何の役に立つの?いつも言われてることさ。バカみたいだ。
-----愛は説明できないの。不意にやってきて、つかまえられるのよ。 
-----愛とは悩ませ、泣かせるものだ。いったい愛してなんになるの?
-----愛は喜びを与えるものよ。涙が出るほどすばらしいものなの。
-----だけど愛は裏切りでもある。二つあるうちのどちらかは不幸なのさ。
-----たとえ失恋しても愛には蜜の味が残るの。愛とは永遠のものなのよ。
-----そりゃあ、きれいごとさ。すべて終わってしまったら悲しみしか残らない。
-----そのときは心が引き裂かれた思いでも、あとから喜びの思い出になるわ。
-----そうか、つまり愛のない人生は、喜びも悲しみも何もわからないんだね。
-----そうよ、私をよく見て。私はいつも信じてるの。愛はそのために役に立つの。 あなたは私の最初で最後の恋人。私はいつまでもあなたを愛する。そういうこと。だから愛が役に立つのよ。」
 

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