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エディット・ピアフの人生コミュの58、愛は何の役に立つ??

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 またもや、秘書のルイ・バリエがオランピア劇場出演の契約を取り付け、再びエディット・ピアフの存在が華々しく取り上げられる模様となってきた1962年の夏、エディットはこの機会にテオとの結婚を世間に公表することを決心しました。
(写真左 オランピアに向けて自宅でレッスン中。左よりテオ、シャルル・デュモン、ジャーナリストのジャン・ノリ、フランシス・レイ、エディット、ピアニストでオランピア62公演の指揮者ノエル・コマレ)



 2010年を過ぎた現代であっても、20歳もの年齢差のカップルともなれば何かと噂の種にはなるものです。
 ましてこの当時に、しかも女性の方が年上というケースは、恋愛大国のフランスにおいても特殊な例であり、今までに数々の浮き名を流した彼女ならば「エディット・ピアフらしい」という評判もありましたが、一方では「そんな年下の若い男と」と眉をひそめる見方も少なくはなかったのでした。
 しかし、エディットは確信していたのでした。必ずや、この結婚はファンの人たちに理解され、受け入れられると。


 オランピア劇場の公演が9月末からと決まり、この公演の最中の10月9日の休演日にエディットとテオの結婚式が行なわれることに決まりました。
 それに向けて、エディットは仲良しのジャーナリストらに結婚を打ち明けると、その新聞は大スクープで取り上げました。
 こうして彼らの結婚が報道されると、世の中には再びピアフ人気が高まるようになっていったのでした。

 地方公演をこなし、少しずつ調子を取り戻していったエディットには、オランピア劇場出演の前に、またひとつ大きな仕事が舞い込みました。

 当時、何千万もの製作費をかけて出来上がったハリウッド映画「史上最大の作戦」のブレミアム上映会がパリで開かれることになり、アメリカをはじめ、世界の各国から俳優や映画関係者、ジャーナリスト達が集まることとなりました。このイベントの一環として、エッフェル塔の上に特設ステージを組み立て、エディットがそこで歌うというもので、つまりパリの夜空にエディット・ピアフの歌声が響きわたるというセンセーショナルな企画でした。この公演には、エディットの友人でもあり、ラ・モーム時代から彼女を見守り続けてきた詩人のジョゼフ・ケッセルが、賛辞を贈りました。
 1962年9月25日、パリの夜空にのぼったエディットは「水に流して」やテオとのデュエット「恋は何のために」などを披露しました。(写真中)



 このエッフェル塔公演の翌々日である1962年9月27日から、ついにオランピア62公演が幕を開けました。
 エディット・ピアフにとって5度めの、そして生涯最後のオランピア出演となりました。
 この時の模様はエディットの体調問題やら結婚やら、さまざまな話題や評判が流れたこともあって、チケットはすでに完売。それでも入りきれない観客たちのために劇場側は、急きょ仮設の座席を作って対応したほどでした。
 初日には、彼女が登場するやいなや、多くの歓声が飛び、足を踏み鳴らし、口笛が鳴り、拍手が止まず、『ブラボー!』と叫ぶ声が劇場内に鳴り渡りました。まさに興奮のるつぼといった様子でしたが、彼女が最初の曲紹介をすると、とたんに大騒ぎだった客席が、信じられないほどの静寂につつまれました。
(写真右)

 
 この公演のプログラムでは、前に述べたとおりエディットは新進作曲家のフランシス・レイの曲を大きく取り上げ、彼の手による曲を多く歌いました。
 しかし、必ずしもこれらの曲はすんなりとは聴衆には受け入れられませんでした。むしろ悪評のほうが多く、それを取り上げたピアフまで野次られるほどでした。
 しかし、後年フランシス・レイは、「男と女」「白い恋人たち」「ある愛の詩」などなど、映画音楽を中心に爆発的なヒットを生み出し、不動の地位を築いています。それを考えると、やはりエディット・ピアフには、音楽的才能を見出すその目、後進を発掘し育てる力には、並々ならぬものがあったと言えるのではないでしょうか。

コメント(2)

ターボさん、いつもご苦労様です。
手持ちのcd9枚組のエディットピアフ大全集を久しぶりに聴いてみました。さすがにフランシス・レイが9曲収録されてました。この事これまで気が付かなかったのがチョット恥ずかしい。ちなみに下に曲名をあげてみます。後年のフランシス・レイの片鱗がみえるような気がしました。
Emporte-Moi 私を連れてって
Musique A Tout Va この歌にのせて
Le Petit Brouillard こまかな霧
Le Droit D'aimer 愛する権利
Roulez Tambours 響けたいこ
Le Rendez-Vous ランデブー
C'etait Pas Moi それは私じゃない
Les Gens 人々
L'homme De Berlin ベルリンの男
今日10月10日はピアフが亡くなった日ですので、(但し命日は1963年10月11日となっている)
ささやかに蓮図を掛けてピアフを偲びました。
>ジバゴさん

いつもコメントありがとうございます。
フランシス・レイの楽曲が、ピアフの大きな要素のひとつになっていることを認めていただけてうれしいです。
それにまた拝見した画像も、心より感動いたしました。
もう彼女が世を去って50年近くたとうとしていますが、こうして人々の心の中に生きる彼女を、改めて見せていただきました。
本当にありがとうございました。

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