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ラテン(イベロ)アメリカ文学コミュの「マッコンドとクラック」(安藤哲行)

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 いまさらながらの「マッコンドとクラック」である。

 例の「百年の孤独」をはじめ、ラテンアメリカ文学のかつてのブームは、「魔術的リアリズム」ということばでくくられることが多かった。

 詳しく眺めてみれば六十年代を中心にしたラテンアメリカ文学ブームのうちでも、魔術的リアリズムを標榜したものは、かならずしも多くない。

 あえて言わせていただければ、魔術的なリアリズムというよりも、ことばの魔術に酔わせるという面が強かったような気がする。

 したがってこのラテンアメリカ文学ブームが、おとなしくなったと思えたとき、なおも外部世界(先進国世界)からラテンアメリカ文学を求めるとき、魔術的リアリズムに彩られていないものは、まともには相手にされなかった。

 いっぽうでラテンアメリカも都市化、高度大衆社会化していくことが多くなり、いわゆるポストブームの世代が綴り出すと、ストーリーテーラーとしての素質、技術は高度化していった。

 ここに、海外が抱くラテンアメリカ文学のイメージと、表現をラテンアメリカの地で得ていく(あたらしい)世代とのあいだに、葛藤が生じることになる。

 安藤さんのこの評論では、チリで1993年に出た若い世代のアンソロジー、それがスペインからのあらたなアンソロジーとして「マッコンド」という名、つまりガボへのパロディーとして出版されるにいたる顛末を描く。

 おなじくメキシコでも1996年に「クラック宣言」として若い作家有志が立ち上がる事態もリポートしている。

 以下、詳細は安藤さんのテキストを一読すればわかること。


 最近、わたしはスペイン語のテキストを正確に読もうとこころざし、まずペルーのアルフレド・ブライス=エチェニケの第一短篇集「Huerto cerrado(垣根囲いの果樹園)」(1968)を読んでいて、この安藤評論の意図を如実に感じた。

 リマの普通の少年の日々こまごまを描いたようなこの作品集は、魔術的リアリズムとは無縁である(集中の一篇の邦訳あり)。
 おなじく邦訳のある「幾度もペドロ」(1977)では、ラテンアメリカのウッディ・アレンとの声も出るなか、いままでのラテンアメリカ文学のイメージに捉われているひとには読みにくかったのではないかと思う(じっさい、わたしもそう感じた)。

 しかしブームの最中でも、まったくことなった傾向の作品が綴られていたのである。

 あるいはこの問題は世代論として捉えることもできるかもしれない。

 メキシコではカルロス・フエンテス、コロンビアではガルシア=マルケス、ペルーではバルガス・リョサといった具合に、当人たちはそれなりに若い頃に現れてきたものの、いまの各国の出版界では売れないこともあり、若い作家が現れにくくなっている。
 しかし実態は、いまこそラテンアメリカには若い有能な作家が増えているらしく、たとえばそのひとりが、ロベルト・ボラーニョであったりした。

 という具合である。。。


『ユリイカ』2008年3月号
「マッコンドとクラック 新しいラテンアメリカ文学をめざして」

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