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文芸冬夏コミュの『クローサー』

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友達とか企画の方には好評だったけど、結局お蔵入りしている作品。冒頭だけ掲載してみます。続きが読みたい方はコメントを、是非、お願いします。
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「いやー、最高。君たちはベストバンドだ。CDもブレイク間違いなしだね。次のパフォーマンスも頑張ってくれよ」
 ドラムのケンタ、ベースのフク、ギターの佐美、バンド『アイム・ノット・ユー』のメンバー三人は、ライヴを終えた後、楽屋に入って来たライヴハウス『シュライン』のオーナー兼レーベル会社社長の永畑に声をかけられていた。『シュライン』は西新宿の輸入版や海賊版のCDとレコードを売る店が(全盛期から比べればかなりの数の店舗が潰れてしまった、昔は表通りに伝説のライヴハウスがあった、と永畑はいつも言う)今も点在している区画の裏通りに昨年オープンし、人気がある店だった。三人とも力なく頭を下げ、言葉少なに礼を言う。永畑が退出し、続けてマネージャーの飯村が入ってきたが、飯村が言葉を発する前に佐美が椅子を投げつけ、フクが襟首をつまんで外へ追い出し、ケンタが「入ってくるな!」と怒鳴りつけた。
 三人は、数十分、無言で、ミネラルウォーターを何本も飲み、ひっきりなしにタバコに火をつけ、ケンタの彼女、ヨシコの差し入れのスイーツをひとかじり口にしては鏡に投げ捨てていたが、ポツりとケンタが溜め息まじりの独り言を漏らす。
「もう、うんざりだ……。ベストバンド? 冗談じゃない。こんなの、本気でCDをリリースするのか? どうかしてるぜ、レーベルも俺たちも」
 口に出したのは、黙っていればコレクションモデルのような出立ちのケンタだったが、三人、全員が同じ気持ちだった。ボーカルのイツキはセットリストのアンコール二曲をボイコットしてステージを去り、楽屋にもいない。ただ、ケンタ、フク、佐美、三人の憂悶とした、やりきれない思いはイツキのせいではない。三人以上にイツキは何かを感じている。三人はイツキの奇行がわからないでもなかった。ライヴから逃げたくなる気持ちは、バンドが『シュライン』のドル箱になり、メジャーデビュー計画に乗せられてしまった直後から、三人とも強く共有している。楽しいはずの演奏もパフォーマンスもMCも、今ではルーチンワークにしか感じられない。ただ、イツキはもっと苦しんでいる。三人の認識は、その程度だった。
「たしかに客は入っとる。金払ってまでライヴをやりたがるバンドがぎょうさんおる中、オレらはギャラをもらっとるしな。俺らの曲が着ウタにされて、ぎょうさんダウンロードされとるのも知っとるわ。CDを出せば売れるかもしれん。でもな、客は俺らの演奏をホンマに聞いとんのか? ただ、ハメ外して、酒飲んで、ドラッグまでキメて、騒げればそれでええんとちゃうのか? ヤツらは」
 フクは楽天的で豪気な男だが、それでも気が滅入っていた。ロックンローラーという自負があるらしく、黒革のライダースジャケットを着込み、彼のオールバックのヘアスタイルは、ライヴパフォーマンスやステージの蒸し暑さで大量に吹き出す汗の影響を微塵も受けていない様子だ。これは昔から変わらない、フクの姿。
「イツキの曲も歌詞も素敵。でも、あたしたちは世界で一番ライヴがヘタクソなバンドなんじゃないかしら……。イツキも、上手く歌えてないのに、それでもウケてるから余計に考え込んじゃうんだわ、きっと。雰囲気がある、とか、下手上手、って言われて嬉しいボーカリストなんていないわよ。ましてや、イツキの歌詞は本気で思っていることなんだもの。Hateって」
 佐美は、イツキが自意識過剰なまでに世の中全ての物事を苦しみと捉えてしまい、音楽だけが救いだったのだろうと考えていた。
 イツキは何も言わないので本心は知れないが、三人のメンバーは仲が悪く、お互いを良く思っていない。フクの無神経な身勝手さ(それは彼の頑ななベース演奏に顕著に出ている)と、ステレオタイプな服装や髪型のセンス、マッチョな振る舞い、グルーピーの女の子を侍らして飲み歩く悪趣味を佐美は常に忌み嫌って、言葉に出して批難している。ケンタは、やせ形の長身で眉目秀麗、普段は人当たりの良い男だが、優柔不断で遅刻も常習犯。度が過ぎている。ワザとなのか忘れてしまったのか問いただすのもバカバカしく、あきれる程だ。リハーサルの開始予定時間に自宅を出るというルーズさは佐美には理解できないし、異常に練習を嫌い、ドラムを叩いて五年とはとても思えないテクニックの持ち主で、本番でミスを連発しても悪びれたそぶりをお首にも出さないところが更に佐美のカンに触る。こんな男にくっついているヨシコもヨシコで、性悪女。彼女と佐美は初対面の時から犬猿の仲だ。佐美はケンタにもフクにも何度も物を投げつけ、ギターで殴って何本もギターを壊した。ケンタもフクもヒステリックで暴力的な佐美を嫌っている。黙っていれればカワイイのに、という台詞は、ケンタもフクも、佐美がナイフまで持ち出した練習の後日から口にしなくなった。
(あたしのギターも、ろくなもんじゃないけど……)
 佐美は自分の、音楽に対する不勉強さとギター演奏技術の拙さ、それがギタリストとしての根本的な実力不足の原因になっていることを考え、余計に落ち込む。それに佐美はギターに限らず致命的な弱点があった。楽器を手にしてしまうと声が出ないのだ。ギターのフレットも見ずにリフを奏でて歌うアーティストは宇宙人なのではないか、とさえ思う。イツキはもちろん、地球人で、日本人で、仲間だ。逃げ出してしまっても、彼の性格なら仕方がないのかもしれないし、もしかしたら、あたしのせいかもしれない。自分のことを棚に上げて、曲によってはコーラスまでこなしているケンタとフクに当たり散らす気も、今はない。
「ライヴはいつもダメだけど、リハとかジャムは、良い時があるのよね。みんな、それを感じてる。だから今までやって来れたんだわ……」と佐美は記憶を掘り起こす

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