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文芸冬夏コミュの短編『切断師(死)』著:幽? ※この作品には残酷な描写がされています。閲覧は自身の自己責任でお願いします。

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 ※この作品は残酷な描写がされています。閲覧は自己責任でお願いします。


 産まれたのは汚い街の路地だった。湿った場所だった。汚物の臭いが漂い、吐瀉物に汚れた地面に新聞紙にくるまれて置かれていた。親は誰か分からなかった。知る必要も無かった。分かっていたのは、そのまま放置され続けていれば確実に死んでいたと言うことだ。泣く力は残っていなかった。何も食べていなかった。やがて雨が降り始め、体温を徐々に奪っていった。 
 本当ならそこで死ぬはずだったが、私は死ななかった。
 男に拾われた。名前は知らない。名乗らなかったし、知る必要も無かった。暖かい腕の中でぼんやりと男の顔を見上げていたのを覚えている。しかし表情は口元の笑みのみだった。それが優しさの笑みなのか、蔑みの冷笑なのかは分からなかったが、そんな事はどうでも良かった。ただ、暖かい場所に居るという感謝に胸がいっぱいだった。
 男は私を育ててくれた。
 小さな部屋だった。
 四角い無機質な箱の中にいるような感じで、在るのは食べ物を調理するためのコンロと冷蔵庫。そしてトイレ。風呂は無かった。必要なかった。代わりに水面所があり、そこで冷たい水で顔を洗うことを覚えた。
 私が一人歩き出来るようになると男は来なくなった。
 代わりに別の男が来るようになった。
 髭の生えた背の高い男だった。片手にブランデーのビンを持ち、いつもお酒を飲む人間だった。彼は私に酒を勧めた。飲んだ後、身体が宙に浮くような感覚を覚えた。後でトイレで吐いた。
 男は包丁の使い方を私に教えるためにここに来た、と言った。私は頷いて彼に言うとおりに包丁の使い方を習った。これで料理をするとき、肉をそのままの大きさで焼かずに済むようになった。
 髭の男は次に、刃先の長い包丁の使い方を教えてくれた。それは肉を切るのに非常に便利で、牛の骨付き肉がざくりと小気味の良い音をたてて切る事が出来た。
 男は私に色々な事を教えてくれた。
 のこぎりの使い方を教えてもらった。ナイフの使い方を教えてみらった。チェンソーという機械の使い方も教えてもらった。メスの使い方も教えてもらった。
 一通り使えるように何度も練習をした。
 自分の手に張り付くほど上達した頃、髭の男は肉の切り方をまた教え始めた。しかしそれは、肉をどう細かく切り、元々の大きさを想像させない形にするかという技術だった。
 髭の男の技術は最高だった。
 ある時、一頭の牛の死体が部屋に運び込まれてきた。どこから入ってくるかは私はいつも知らなかった。知る必要も無かった。
 髭の男は、ナイフ類を使い瞬く間に牛を細切れに解体し骨をそぎ落として、粉末のように変えてしまった。
 おまえもすぐに出来るようになる。髭の男はそう言ってにやりと笑った。彼は私に言葉というものも教えてくれた。料理の仕方も教えてくれた。肉は塩をかけると美味しくなる事を知った。
 何度も練習し、いつしか牛一頭は軽く解体出来るようになった。
 髭の男は笑って私を褒めてくれた。嬉しかった。
 やがて私を拾ってくれた男が戻ってきて、髭の男を連れて行った。男は私に仕事を与えると言った。不服は無かった。むしろ感謝した。恩を返すためならいくらでも働く気だった。
 仕事は簡単だった。
 部屋にある小さな四角い入り口から入れられる人間の死体を解体すれば良い。
 私が部屋から出る事は許されなかった。出る気も無かった。私の世界はこの部屋だけだったし、この部屋以外に世界があることも知らなかった。
 やがて男は来なくなり、定期的に死体が送られてくるようになった。
 私に時間の概念は無かった。
 眠たくなったら明かりを消し、眠る。目が覚めたら明かりをつける。それを私は一日とした。
 死体は三日に一度のペースで私の元に届けられた。
 死体の種類は様々だった。
 大抵は男ばかりだったが、ごく希に男とは違う体つきをした人間の死体も運ばれてきた。胸の辺りがやけに膨らんでいて、尿が出るための管もない。割れ目のようになっている。そしてそんな死体は決まって髪が長く、腰回りがやや丸びを帯びていた。
 とてもちいさい人間の死体も運ばれていた。
 しかし、私にとってはどれも同じモノでしかなかった。
 まず皮を削ぎ、丁寧に折りたたみそれを刻みビニール袋に入れる。皮下脂肪を切り取り集めてストーブで燃やす。筋肉を削ぎ、内臓を取り出す。筋に従って肉を丁寧に削ぎ、骨だけが最後に残る。それをカナズチで砕いてやはり黒い袋に入れる。
 粉々になった死体は四角い穴から外に出しておけばよかった。
 食料は死体とともに定期的に入れられた。人間の死体は食べる気がしなかった。臭いからだ。一度食べてみようと試みてフライパンで焼いてみたが、どこかあの路地の臭いが鼻腔に蘇り、すぐにトイレに棄てた。
 眠くなると電気を消し、毛布ぬくるまり部屋の隅で身を縮めて寝た。寒くは無かった。しかし暖かくも無かった。男の腕の中が懐かしかった。人の温もりが愛しかった。
 ある時、一人の男の死体が送られてきた。
 それは髭の男だった。私に刃物の使い方を教えてくれた男だ。彼は冷たく裸のまま床に横たわった。私はいつもどおりに髭の男を解体した。袋につめて外に出し、朝飯を食べて眠ることにした。
 人は死ぬものだと知ったのはその頃だった。

◇

 とても長い時間が過ぎた。私は一年という単位を知らなかったので、この部屋にいた日にちでそれを覚えていた。しかし時間など本当はどうでも良いことだった。
 6543日目の事だった。
 私の部屋に人が尋ねてきた。
 生きている人間を見たのは、あの男と髭の男以来初めてだった。私は生きている人間があの二人だけでない事を知った。
 髪のに白髪が交じった男と、顔にやや皺の刻まれた人間だった。皺のほうは、時々見る奇妙な死体と同じ体つきをしていた。
 白髪の男は、皺のほうを女性なのだと私に教えた。それが女という人間である事を私は知った。どうやら人間には二種類の人間が居るらしい。
 しかし驚いたのは、二人の後ろに隠れていた小さな人間だった。
 彼らはそれを子供だと私に教えた。
 流れるような黒髪の小さな女だった。それを少女というらしい。とても白い肌をしていた。まるで死体のようだと思った。瞳が黒く大きく、黒いドレスを着ていた。何だか見ていて奇妙な気持ちになった。
 後でそれが可愛いと自分が感じていたという事を知る。
 少女はとても可愛らしかった。
 二人はこの少女の両親であると言った。
 私は両親とは何であるかと尋ねた。
 この少女を造った存在だと彼らは答えた。
 どうやって造るのかと尋ねた。
 彼らは苦笑して答えてくれなかった。

◇

 彼は私に少女を預けた。そして理由を説明した。私に少女を解体してほしいそうだ。私は頷いてそれを了解した。しかし不思議な気分だった。生きている人間をどうやって解体すればいいのか私は知らなかった。
 彼らはある条件をつけた。
 解体は解体でも、切断するのは手足だけだと。
 簡単な事だったが、何故手足だけを切断するかは分からなかった。
 彼らは私に説明した。
 人間の能力を決定づけるのは脳であり、手足などの余分な機関に脳が使われなければ人間はもっと賢くなる事が出来るのだ、と。
 言っている意味のほとんどは理解出来なかったが、要はこの少女に手足は不要なのだと彼らは言いたいらしい。だから私に切断するように頼んだのだ。
 彼らは御礼を言うと、少女を私に預けた。
 彼らが帰り、部屋には私と少女だけが残された。奇妙な感じだった。今まで一人でいた空間に、まったく異色の生き物が居るのだ。
 少女は私を見上げて、どうして髭が生えているの?と尋ねてきた。
 手で触ってみると長い髭が生えていた。私は髭を剃るという行為を知らなかった。少女はにっこりと微笑むと、切って上げるぅー、と手を伸ばした。小さな背丈が背伸びをして、私の顔に手を伸ばす。届くはずも無い。私は屈んで少女のやらせたいようにやらせた。
 顔は傷だらけになったが、髭はすべて削ぎ落とされた。
 少女は格好良くなったよー、と無邪気に笑った。
 可愛らしいと思った。

◇

 少女は肉が嫌いだった。私がブタの肉を切り、フライパンで炒めたものを差し出してもいやー、と首を振る。困ったものだ。彼女は野菜が好きだと言った。野菜はしなびたキャベツしかなかった。塩で炒めて渡すと少女は嬉しそうにそれを食べた。私は肉を食べた。
 一日が過ぎた頃、私は少女の解体にかかった。
 まず少女の来ている黒いドレスが邪魔だったので脱がせる事にした。だが脱がせようとすると少女は顔を赤くしていやー、と逃げる。だが、しばらくしてしぶしぶと自分からドレスを脱ぎ私の元に戻ってきた。
 とても小さな躯だった。
 白く、無垢で、触ったらひんやりとしそうな滑らかな肌だった。
 しかし触れるとそれはとても暖かかった。脳裏に、あの男と同じ温もりが再生され胸に不思議な感情が沸き上がってきた。
 どうしたの?と少女は顔を赤らめたまま尋ねてきた。
 私は首を振り何でもないと答えた。
 もうしばらく少女の身体を観察してみる。
 大人の女とは違い、胸はそれほど大きくは無かった。身体の丸さもそれほどではない。股の間はやはり割れ目だった。
 最初に右腕から切断作業にかかることにした。
 生きている人間は、死体と違って切ると血が大量に出る。腕元を布できつく縛る。少女の顔が歪む。細い腕だったので刃先の長い肉切り包丁を使う事にした。白い肌に押し当てると、ぷくっと赤い血の玉が浮き上がった。
 いたい、と少女が震えた。
 死体は痛がらないのでどうすればいいか迷ったが、やめる理由にはならなかった。一二分ほどで腕は切断できた。血が出たが、熱したフライパンで傷口をしばらく押さえると止まった。じゅ、っと肉の焦げる臭いがたまらなく嫌いだった。少女は終始悲鳴をあげて泣き叫んでいた。煩いので口に布を噛ませておいた。
 次に左手を切断した。
 少女は首をふって泣き叫んだ。あまりにも暴れるので、両足は後日行う事にした。左腕の傷をフライパンで塞ぐと少女は気絶した。
 少女が気絶している間に私は二つの腕を処理した。

◇

 少女は二日ほど目を覚まさなかった。好都合だと思い両足の切断を行った。右足を切断し、フライパンで傷を塞ぐ。だが、左足にさしかかったところで少女は目を覚まし泣き叫んだ。しかしやはりそれはやめる理由にはならなかった。
 左足を切断し終わった時には、少女の身体は汗で濡れていた。痙攣するように震え、やがて気絶した。フライパンで傷口を塞いだ後、少女を布でくるでやった。水が欲しいとうなされていたので水を飲ませた。
 少女は三日間ほど熱を出し、四日目にようやく喋れるほど回復した。
 それでも一週間ほど痛みに泣き叫んで話しはまともに出来なかった。
 二週間ほどたつと、痛みになれたのか、少女は虚ろな目で私を恨めしそうに見つめた。傷というのは回復するという事を知った。
 少女は私の事を嫌い、と言って口を利いてくれなかった。
 なんだか悲しかった。
 少女の傷が完全に完治するまで、十体ほどの死体を解体した。仕事はちゃんとしなければならなかった。解体作業を見て、少女は吐いていた。何故吐くのか分からなかった。そして少女は野菜しか食べなかった。
 
◇

 四週間ほど経った頃になって、少女は再び熱を出した。うなされながら水を求めた。水の与えるとありがとう、と掠れた声で私に御礼を言った。
 熱が冷めるまで少女は、自分の話をした。
 ほとんど独り言のようだった。喋って気を紛らわそうとしていたのかもしれない。私が訊いていようと聞いていまいと関係ない様子だった。
 彼女の両親はガクシャという人間だった。
 人の脳の活性とやらの研究をしていたらしい。
 少女は産まれながらの天才で、彼女は両親の研究のために自分の身を差し出したそうだ。でも本当はそれは嫌で、ほとんど無理矢理だったらしい。しかし彼女は逆らうことを知らなかった。彼女にとってあの二人は少女のすべてだった。
 熱が引き、少女は元気になった。
 そしてこのころから妙に懐かれるようになった。しかし悪い気分ではなかった。
 手足の無い少女はドレスを着せて欲しいと私に頼んだ。私は少女にドレスを着せて上げた。小さい人形のようだった。可愛らしかった。私は彼女を壁に背もたれされて置いた。
 少女は肉を食べるようになった。
 手足が無いので、自分では食べられないので私が少女の口に肉を運んだ。少女はそれを美味しそうに咀嚼した。
 少女は以前に増してよく笑うようになった。
 熱の所為なのかもしれない。
 まるで人が変わってしまったような感じだった。

◇

 五週間が過ぎた頃、少女が私に口づけをしてほしいと言った。私は口づけが何か知らなかった。唇と唇を合わせる事だと少女は私に説明した。私は首を傾げた。その行為に何の意味があるか検討も付かなかったからだ。
 しかし少女の願いなので、言われたとおりに少女の唇に自分の唇を重ねる。とても柔らかく、暖かかった。
 私が求めて止まなかった人の温もり。
 長い間口づけをしたままだった。しかしいずれは離さねばならなかった。
 少女は、ありがとう、と呟くとその日は一日中口を利いてくれなかった。
 翌日、少女の両親が姿を見せた。

◇

 彼らは喜んでいた。少女が賢くなったのだと言っていた。要らない部分を切り捨てた事によって人はもっと賢くなれる。言っている意味はよく分からなかったが、兎に角彼らは嬉しいらしい。
 彼らは私に御礼を述べた。
 そして次の依頼を言った。
 今度は、少女の身体を切断してくれ、と。

◇

 翌日、彼らの両親がやってきた。少女に会わせて欲しいと私に頼んだ。私は少女を連れてきた。彼女は首だけになって目蓋を柔らかく降ろしていた。しかし開く事はなかった。
 彼らは少女に呼びかけたが、少女は起きる気配を見せなかった。
 きっと疲れて寝ているのだ、と彼らはそう結論づけて笑った。
 笑いながら泣いていた。
 私は少女が目覚めない訳を知っていた。少女は死んでいるのだ。首を切断した後、彼女は喋らなくなった。そして冷たくなり、人間の体温が無くなった時悟った。
 少女は死んだのだと。
 彼らはそれを認めたくないのか、寝ているのだと主張していた。もしくは本当に寝ていると思っているのかもしれない。しかしそれはどうでも良いことだった。少女は死んでしまったのだから。
 やがて彼らは少女の首を持って、私に御礼を言って帰って行った。彼らが二度と姿を見せる事はなかった。
 翌日から再び冷たい死体を解体した。
 時々、少女の着ていたドレスに目をやる。
 夜はそれを抱いて人間の温もりを思い出した。


                                      終

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