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文芸冬夏コミュの連載 「西湘・月潟霊異記」 伽枕流

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序

湘南新聞 昭和五十九年八月四日 朝刊
 『小田原急行月潟線 伊勢川鉄橋で電車転覆』
 昨夜二十四時四十分頃、折からの集中豪雨による増水で伊勢川第三号可動堰が決壊。その下流約300?に位置する小田原急行電鉄月潟線の伊勢川橋梁(450?)が流失した。そこに相模大野二十四時十二分発月潟中央行き普通電車(四両編成)がさしかかり、前方鉄橋の流失に気付いた運転士(二十九歳)が非常制動を掛けたが間に合わず、先頭から三両目までが5?下の川に脱線・転落した。
電車には乗客四十三名、運転士含む乗員二名が乗っていたが、乗員客三十一名が重軽傷を負い、四名が死亡した。既に救助作業は終了し、負傷者は網島飛天会総合病院に搬送されている。同線は今朝から天理〜菊口間と網島〜相模大野間で折返し運転をしており、昨日冠水した月潟中央〜天理間とともに全線復旧のめどは立っておらず、暫く並行する路線バスにて振替輸送を実施する。(報道・鈴岳)


神奈川中央日報 昭和五十九年八月五日 朝刊
『伊勢川鉄橋流失現場近くで女性の遺体発見』
 今日未明、月潟市浦子区鷹見島大野字七の五付近の伊勢川河川敷で、身元不明の十代前半から二十代前半の女性の遺体が発見された。遺体は河原の葦林にうつ伏せで流れ着いているところを、仕掛け網の被害を確認しようとした地元河川漁協所属の漁師の男性(六十七歳)によって発見された、検死によれば特に外傷は無く死因は溺死と思われる。なお、関係者の証言から三日発生した月潟線の脱線事故の被害者ではない模様。現在、神奈川県警が事件・事故の両方の可能性から捜査をしている。(報道・飯川)


神奈川中央日報 昭和五十九年八月十日 夕刊
 『伊勢川身元不明遺体は市内の女子高校生か』
 今月五日、月潟市浦子区鷹見島大野字七の五付近の伊勢川河川敷で発見された十代後半の女性遺体は、事件を担当している浦子警察署によると身に着けていた衣服から、捜索願の出ていた市内の公立高校に通う女生徒である公算が高いという。この女生徒は五日午後からの足取りが不明になっており、捜索が続けられている。県警は今日にもその女生徒の関係者から事情を聴く方針。(報道・栢山)








 ―――― 不穏な前哨 ――――

街の明かりが遠くで滲む、開けた田畑の先に見える街の明かり・・・・・。
「・・・・・・・・。」虚ろな眼に街の明かりが点々と映る。
 ――誰?――
身体の中から誰かが見ている。
 ――あなたは誰?――
薄暗いマンションの一室、常夜燈と月明かりがうっすらと室内に差し込む・・・・・。
身体の中の誰かが話しかける。
 ――何をしてほしいの?――
部屋の中央、電灯の下、明らかに他の場所と違う『暗闇』が固まって浮かんでいる。その部屋の住人は壁際のベッド上にぼんやり腰掛けてそれを見つめている、瞳の失せた眼差しで。
 ――そう、わかった。――
身体の中の誰かがその人物の顔で笑顔を浮かべる。
『暗闇』はスッと消え去る――、その人物の目が薄っすらと眼光を放つ、そして壁にもたれかかったまま寝息を立てだした・・・・。

 ―――― 平凡なる日常 ――――
湿った暑さが身に染みる、蝉の声と自動車がアスファルトをこする音の静かな交錯、制服姿の一団が古びた学舎に吸い込まれていくのに多くの時間は掛からなかった、背後の川から時折、澄んだ風がそよぐ――――――
 神奈川県中部いわゆる西湘(せいしょう)地方・・・・・その中心にある月潟(つきがた)湾を囲み、大磯町に隣接する中核都市、月潟市に位置した県立港北(みなときた)高等学校は三十三年の歴史を持つ中堅校である――――――

 チャイムの無機質な音が風の中に響く、廊下に教師たちの声が響く。寝不足の者が多いのか生徒達の声には今一つ勢いが無い。
「じゃあ始めるぞー、授業日直!成田、成田紫音!」勢いよく白頭のベテラン教員が教壇から声を上げた。
「Stand up!」長髪の女性徒のよく通った一声と共に一同はだるそうに起立する、
「Good morning everyone!」九州男子丸出しの割にこの教員のイントネーションは驚くほど整っている。
「Good morning sir」不揃いな返答を吐いた一同は崩れる様に着席していった。 
この調子のまま『夏場の朝一で英?』とゆうあんまりな組み合わせの授業が始まった、時折上空を通る厚木のF15‐SやC130輸送機の轟音以外は蝉の声だけが染み入るように周りに響いた。
チョークの音が高々と鳴る、手入れ不足の黒板の上に何本もの英文が並ぶ、周囲に様々な線が引き回されたその端をたたきながら久留米教諭は教室内を見回した。
「一年の時に習ったSOを使った構文だ。うーん、そうだな、今日は十二日だから・・・・・じゃあ十二と見せかけて二十四番の白泉、Read and translation ハイ、Goー!」お決まり文句が一人の男子にふりかかった。
生徒一同は「なんじゃそら」といった感じでぽかんとした顔を呈している。
「はぁい・・・・・I was retired so early so I didn’t go to the war of Okinawa・・・・・私は早く退役したので・・・・・」朗々と事務的に読み上げる声が響く。
そんな中、奥の方で男子何人かがひそひそと話し込んでいるようだ。
「おいおい、マジかよー、噂だろ?単なる。」小柄な男子が訝しんで返す。
「네(うん)・・・・・本当だって、나(ぼく)もカズも確かに見たよー」妙なイントネーションの日本語で中肉の男子が眉をひそめて答える。
「おいカワゾノ、お前もバスケ部だろ?」小柄な男子、鈴木(すずき)蔵人(くらうど)は前方にいる長身の男子の背を突きながら尋ねる、
「はぁ、そやけどジョンサン、こないだの十日やろ。」首を背後に向け頭を掻きながら、長身の関西人川園(かわぞの)優(ゆう)太郎(たろう)は間のびした顔。
不満げな中肉の男子、在日朝鮮人三世の韓(ハン)成山(ジョンサン)に聞き返す、
韓(ハン)はノートにペンを走らせながら「네.」と『Yes』を意味する単語を発する、それを半分聞き流しながら川園は答えた。
「そやったらわし風邪で休んどったしなぁ、クロード気付いてなかったんか・・・・・そやけどな、確かに何かおんであすこには・・・・・。」突然に真剣な顔になりながらつぶやく。
「何ってなんだよ。」鈴木がぼそっと尋ねると、
「うん・・・・・解らん!わしにも。」あっけらかんと答えてその場を濁す。
鈴木も韓(ハン)も呆れ顔で英文の詰まった教科書とごちゃごちゃしたノートに視線を戻した。
「あぁ、体育館のオバケでしょ?」突然茶髪にケバさが丸出しのメイクの女子が割り込んできた。
「なんで、おのれが話しに入ってきはんねん?」今度は川園が「またか」いう表情でシャーペンを振り向けた、
「いいじゃないの、だって私も見たもん、白っぽい影がふわーって。」いきようようと都美夜子(みやこみやこ)は語る。そんな時、
「ミヤコ、あんまり話し大きくしない方がいいわよ、あそこ危ないから。」都とは絵に描いたように正反対な真面目丸出しの女子が忠告に入る、金(キム)=マリア=玉華(オクファ)は眼鏡を直しながら言った。
――オクがあんな事、言うなら本当ってこと?――都は飄々としているが内心少し驚いていた。
「ミヤコ・・・・・。」金は呆れ顔で振り返り、首をかしげてノートにペンを走らせた。
珍しい忠告を気にしてか一同は顔をこわばらせ沈黙する、いきなり静かになって焦ったのか都は、
「大丈夫だって、大丈夫だって。」空回りのコメントを吐いた。
しかし、それには別の理由があるらしい。
「おっ、おい大丈夫やないって、おのれ・・・・・。」川園は忠告する、確かに周囲の空気が変わっていた。
「はぁ?」都は口を大きく歪ませていたが、背後の強力な気配に気づき顔を青くする。
「おぃ、都、鈴木、ハン、それに川園!私語はつつしめ!」手を腰にあてた教員特有の怒りのポーズで久留米が背後にそびえたっていた。
皆、一応に「はぁーい」だの「すんまへん」だの「미안합니다(すいません)」だの弁明の一言を発してその場を濁した、教室は爆笑の渦となった。
程なくしてチャイムが鳴る、ペンとノートの音を伴奏に溜め息の大合唱が起こる、
「成田ー、号令。」久留米が言う、
「Stand up!」号令が発せられた。
「Its all over today Good-by everyone」一声を返す、
「Good-by sir」生徒たちはふぞろいな台詞を吐き、それぞれ休み時間に入っていった。

コメント(7)

―――― 小さな事件 ――――
さて、この何の変哲も無い学校にも幾つもの不思議が存在する、それはかなり以前から裏を流れる伊勢川と共に滔々と語り継がれていた――――― 

最近になって校舎の奥、受験シーズン以外は閑散としている自習室の古い本棚の下から、十八期前の二年生によってまとめられた『港(みなと)北怪奇伝(きたかいきでん)』なるノートが発見された。

薄明るい放課後の自習室、女子三人組が机を囲んでいる、一人が不意に一冊の変色したキャンパスノートを取り出した、
「これ! 呪われたノートって!」セミロングに古風な紅のカチューシャの一人が言う。
「やっぱ、いかにもって感じだよねぇー。」ばさついた茶髪の一人、都美夜子は緊張感が全くないような台詞を吐く。
「そぉかぁー?」台湾華僑の林香美(リンホンメイ)は頬杖をつき、片手で翡翠の髪留めが光るお下げ髪をいじる。
「で、でさぁーこれなんて読むのー?」都が間の抜けた質問をあげると他の二人は呆れ顔。
「Gang(港) bei(北) guai(怪) ji(奇)・・・・・。」林(リン)が言いかけると間髪いれず赤カチューシャの林香美(はやしこうみ)が俊足の突っ込む。
「中国かっ!」いつもの算段でミニコントを済ます、突っ込みは流行のものである。
「普通語やけど・・・・広東のほうがよかったん?」
「・・・・・」
「でさぁー、例のお化けの事も載ってるんでしょ?」都が身を乗り出し本題を切り出す、ノートを手にした林(ハヤシ)がパラパラと捲り出す。
「えぇとぉー第三章体育館の怪についてだったかなぁ?」そんな中、林(リン)が恐らく最も基本的なことを林(ハヤシ)に尋ねた。
「でも、さぁその「呪われている」ってどないなるの?」
「このノートに書いてある七つの不思議を全部見ると、死んじゃうとかなんとか・・・・・」
「なんか・・・・なんのひねりも無いなぁ・・・・・」
「あぁ、でもこのノートが無くなった十年前って伊勢川の大洪水があった年でしょ、確か何人か死者が出たとか・・・・・。」
「えーそんな興味そそっといてぇー。」そう言う都に、
「まぁ、あくまで噂やし、試してみてもええんちゃう?」
「うぅん・・・・」
「考えてみたらおもろいがな、こない方が雰囲気出るし。」林(リン)がなだめるようで囃し立てるように言った。

「あぁ、これこれ、第三章体育館の怪。」本題のページを見つけ林(ハヤシ)が机上に広げる、すると都は血相を変え、
「・・・・・これよ!前に見た白い影!」
生温い風がカーテンと戯れる。
「これは・・・・・、1982年に目撃された煙の様な霊体、通称「森さん」・・・・・放課後に現れる事が多く午後五時半以降の目撃例が多い、「森さん」と呼ぶと現れ。シューズの音とボールの跳ねる音がする、・・・・・ふぅん。」林(ハヤシ)は読み終えると頬杖をつき溜め息をつく。
「林二人いるところで森って・・・・・」どうでもいいようなことをつぶやく都。
その隙に林(リン)はすっと立ち上がり、長いお下げを解いて前に下ろし、都の後ろに立ち手のひらを前に垂らす、ベタな幽霊の真似である。
「いやっ!やめてよーマジで気味悪ー!」相当敏感になっていた都は、耳を両手で覆って机に突っ伏した。
「「ミヤコって案外、女の子っぽい所あるんだー。」」林(リン)と林(ハヤシ)は顔を見合わせて笑った。
「ちょっとぉ失礼ね、じゃあ私の事、女じゃないと思ってたわけー?」
「「何を今さら・・・・・。」」二人共、きょとんとした顔で合わせたように再び同時に言った、
―カァー―烏がタイミング良く短く鳴く、都はガクッと下を向いてうなだれる。
「でもさぁ、本当に出るのかな?」林(ハヤシ)が話を復旧させると林(リン)は、
「そろそろ噂の五時半やんなー。」都の顔を覗き込む。
「何々? 見に行こうて事ぉ?いいわよ、私が「びびり」じゃない事、見せたげるわよ!」言いながら勢いよく机を叩き立ち上がる。
「そうこななぁー。」林(リン)はニヤニヤしながら囃し立てる、林(ハヤシ)もそれに乗ったのか、
「じゃ、行ってみよっかー。」音頭をとった。
そのとき突然扉が勢い良く開き、何かが飛び込んできた!
「「「きゃ――― !」」」三人組の鋭い悲鳴が響く。
棘を立てたような金髪を振りかざした男子がひょこっと顔をだす、
「そんなに驚くか普通ー?」ととぼけ顔。
さらに後ろからは韓成山(ハンジョンサン)。
「面白い話してるじゃない、それでしょ噂のノトって?」
「そうよ・・・・・」林(ハヤシ)が顔を顰めて答える、
「いや・・・・そんな怖い顔しなくても・・・・・」
「ふぅんこれがねぇー。」いつのまにか最初に飛び込んできた鈴木倉人(すずき くらうど)がノートを手にしていた。
「ああ例の「お化けノート」やつだろ?」金髪男、桜木一義(さくらぎかずよし)は三人を一瞥する。
「お前ら生きてるじゃねぇーか、噂はほらって事か・・・・・それとも誰かさんが鈍感って事かぁー?」横目で都を追う。
「なによぉそれぇー、カズ!」都が食って掛った。
すると林(ハヤシ)がその話を割るように、
「書いてある、霊を本当に見ないと何も無いんだって。」
「面白えじゃねぇーか、なぁジョンサン、体育館まだ開いてたよなぁ?」桜木が韓(ハン)に聞く、
「지금(今) ?네(うん)・・・・애(はっ)、애곡(はくしょん)!」くしゃみで鼻下を擦る、タイミングが悪い。
「見に行くってか?」と鈴木、
「いいじゃねえか、なぁ、どっかのビビリさん?」と桜木、
「なによお?」
「認めんのかー?」
「違うわよ!」勢いよく机に片手をたたきつけた。
「まぁまぁ、じゃあ行ってみようか?」韓(ハン)が消火水をさす。
「のぞむ所だ!」逆に油を注いでしまったようだ。
林(ハヤシ)が鈴木からノートを取り戻す、他の何人かもそろそろと電灯を消して部屋を後にした―――――
誰もいなくなった部屋に、湿った風の音だけが響く―――――

体育館のトタン屋根の下を蒸し暑い風がふわりと吹き抜ける、屋根の間からのぞく狭い空は鉛の色が広がっている。
一同の前にはポプラの木のようにひょろ長い、二メートル近くあろうかという眼鏡の男性。
「じゃあ、探し物見つかったら体育科に返しとけよぉ、内藤先生か西沢先生に言っておくからなぁ。」少々裏帰り気味に答えると琉球人(うちなんちゅー)の数学科教員、与那国は校舎の方へ去っていく。
それを背にして一同はそそくさと体育館履きに履き替えた。
「何でヨナティーがおるん?」林(リン)が誰となく聞く。
「さぁね、まぁそれはいいとして本当に出るのかなぁ?」
「何だよ、やっぱりびびってきたってか、おっ?」
「あっ?」
「何だ、何だ?夫婦喧嘩?」鈴木が後ろ手を組みヘラヘラしながら言う、
「違ーう!」二人の叫びが館内を揺らさんばかりに大きく響いた。
「まぁまぁ、静かにしたら?幽霊見るんでしょ?そんな大声出したら逃げちゃうよ。」韓(ハン)が横から冷静に水を指す。
「いつものこった。」と鈴木。
前を歩く林(リン)が林(ハヤシ)に本題を切り出す
「でさぁコウミ、その「森さん」て五時半頃に出るんやろ?あらま・・・・・五時半、過ぎてはるで・・・・・」
「うん、そうねぇーまっいいやないの。」林(ハヤシ)は気楽に言う。
「電気消してくる。」都は以外に積極的に行動する、舞台袖の照明装置のほうへ走っていった「舐められたくない」という意図からだろうか?
足音がキュッキュッと湿った空気の中に高く響き渡った、程なく天井の水銀灯が光を失い、非常灯のみが薄緑のボーとした光を残していた。
「おぉ、雰囲気出てきたじゃん、本当に何か出そうだな。」鈴木が言うが他の一同は沈黙していた、軽い緊張の空気が周囲を覆っていたのであった。
「なぁ、クロード、倉庫開いてねぇーか?」倉庫扉の近くにいた鈴木に桜木が尋ねる、
「あぁ、開いてねぇーけど何んだよ?」へッ?という顔で尋ね返す。
「誰か驚かそうとしてんのかもしれねえーしよ、あぁ、それと今日どこが使ってたっけか?」答え半分で今度は韓(ハン)の方に尋ねる、
「確か、卓球部とバレー部がやってたよ、あと歌部かなぁ?」と韓(ハン)。
「さてと、手っ取り早くさっさとやっちまいましょうか。」と林(リン)、
「そうね、早く見ちゃいましょーよぉ、どっかの坊やがビビッておもらしでもしちゃう前に!」都はニヤニヤしながら無責任に言い放って、桜木に目を向けた、
「あ?」
「あーら、認めんのぉ?」
「だと、こら!」仕舞には都に詰め寄る。
「またかいな、ええ加減にしぃ!」林(リン)が呆れて停戦勧告を出す、二人は不服そうに一応の暫時休戦となった。
「さて・・・・・ミニジュネーブ条約がまとまったところで・・・・・・」鈴木がまた皮肉めいて一言啓上しようとしたそのとき・・・・・
「あ、静かにして、何か聞える!」
「えっ!?」一同が声を発した刹那重苦しい静寂が流れる。
耳をそばだてる・・・・・かすかに響いてくる音、ステレオの音量をいじったように突然耳に届く。

――キュッキュッキュルッーダンダンダンー――

――ほんまに、書いてある通り――いたって冷静な林(リン)
――誰よおーこんな事してるのお――都は既にかなりおびえている。
――뭐(何だ)?애곡(うわっ) ―― !오한이(寒気) 나 (が)왔다(してきた)!――
――何?何やの?寒っ!――言い知れぬ悪寒、都が何かを目にした。
「あぁ、な・・・・・何ぃあれぇー。」都の顔にはドォッと冷や汗が噴出する。
「무(な)、무엇이다(何だ)・・・・저것(あれ) ―― !」他の一同も前方に注視する、
「ほ、ほんまに出てきおった・・・・・。」驚きを通り越してつっこんでみる林(リン)。
彼らの目線の先には確かに白い煙の柱が立っている―そしてそれはジャージ姿の男子生徒に変わる。
「まっ・・・・・まじかよお!?」
「お前、誰だよ!」桜木が冷静に尋ねるが、少年は青白い顔でドリブルを続ける。

何故か身体ははっきり見えているのに、顔は霧の向うにいるようにぼやけてはっきりしない。

「ナンマイダーナンマイダー」都が目をつぶり必死に呟きながら手を合せ震えている。
「な、なんだよそれ!?」と桜木、
「お、拝んでんのよぉー!」と答える、どこの夫婦漫才か。

少年はただただドリブル続けながら暗がりへスゥーと進み、よくできたCGのごとく陰に溶けて消え去っていった。

「うわあ―――――― !?」突如、鈴木が素っ頓狂な叫びを上げて走り出す。続いて皆一斉に叫び走り出した。幽霊が怖いというより、そっちに驚かされたというのが実際だ。
「ちょ、ちょっとまってえぇ――――――」林(リン)のそんな叫びも他の一同の耳に入る間は無く全力で出口へ向かって駆けて行った、その時いきなりガラッと扉が開く。
「痛!」一番手の桜木が何かにぶち当たり派手に倒れる。
「うわあ―――――― !?」再度絶叫、反響音が構内にゴォーと響き渡る。
「おい、どぉしたのねえ?」ひょっこりと与那国が顔を出した。

「幽霊?見まちがいよぉ・・・・・おぃおぃ、まさか例の噂かねぇ?それで見に来たってのかぁ――?」頭を掻き苦笑する与那国、生温い風が顔を舐めるように吹き抜ける。
「ほ、ほ、本当にみ、み、た、見たのぉー」都は必死である、はたから見れば冷や汗で溶けたファンデーションとチークでぐちゃぐちゃの顔の方がよっぽど化け物だったのだが。
「ほんまにを・・・・・我看鬼魂(Wo Kan Gui Hun)・・・・・」林(リン)はいつもの饒舌な関西弁も崩れ、めったに出ない北京語でうなる様に言うと床に崩れた。
「정(ほ)、정말로이안에있다(本当にこの中にいる)・・・・・。」韓(ハン)に至っては母国語丸出しでうなる。
「見違いだと思うけど・・・・」真先に逃げたからか、かっこつけなのか見当はつかないが鈴木は飄々としている、だがその顔は明らかに色を失っていた。
「お前一番ビビッてたじゃねえーか!」桜木がほえる、
「るっせーな、なら俺が電気つけてくるよ!」照明を上げようと足早に館内へ走った。
間も無く天井の水銀灯が薄ぼんやりと灯り始めた、さっそく与那国が中を覗く、
「どれどれえー?何も無いねぇー。」振り返えって答える。
「えぇ?」
「本当に何処も開いてねぇのかよ、ジョンサン!どーだー!?」桜木の叫びが虚しく反響音をまとって響く、
「열려있지않다(開いてないよ)!本当に開いてないよ――아무도없어(誰もいないよ)!」
「え?」
「誰もいない・・・・・。」
「ほらぁ何も無いねぇー、もう遅いんだから早く下校しろよぉ。」与那国は呆れ半分心配半分。
「で、でもぉ!」
「ミヤコもう帰ろうよ、本当に時間遅いし・・・・・。」都の肩を叩きなだめる林(ハヤシ)。
「うっ・・・・・うん。」
「いつまで居ても仕方ねぇか・・・・・。」桜木は一言そう吐き捨てると昇降口へ足を向けた。

照明が下りた頃には一同は程なく下校していった、夏の風が薄暗い虚空の木の葉を踊らせ、住宅街の風鈴と戯れる――――

―――― 不吉な兆候 ――――

翌日
「それから一晩が過ぎたのです・・・・と。」雑然とした教室、予習をしている成田、ノート上の英文を訳して一人つぶやく。
「シオンちゃんどーしたの?」と林(ハヤシ)、
「ん?何でも無い、こっちの事。」すまし顔のままノートにペンを走らせた。

周囲はさながらテレビ局か何かの報道センター状態、今朝や昨夜のニュースで持ちきり・・・・誰々が破局しただの、隣の区で殺人があっただの、何々共和国がどうしただの、何々号が沈んだだの、何々線で脱線事故があっただの、何々議員が逮捕されただの、今度は何々グループが買収されそうだの・・・・・

「ほんま、ほんまなんよ。」林(リン)が身振り手振り激しく熱心に昨日の超常現象を語る、前には非常に長い髪を巫女さんのように白い髪留めで束ねた女子の姿。
「ふぅーん、私は別に何も感じないけどねぇ、体育館。」欠伸をかきながら目をこする、手櫛で寝癖の残りを抑える。
「でも、ほんまにうちら見たんよぉー、なぁ、コウミ!」林(リン)は不意に林(ハヤシ)に声をかける、林(ハヤシ)も聞き耳を立てていたのかすぐ振り返って、
「うん、私はっきり見た、ドリブルする男の子。」
「うーん、コウミちゃんも見たんなら話も違ってくる。」すると急に長髪少女の顔色が変わる、地元月潟白山神社の長女弧池慶子(こいけけいこ)である。
「何でなん?コーコ!」林(リン)がせかす、弧池はどこぞやのスピリチュアルカウンセラーのごとくゆっくりと話し出す。
「コウミちゃん去年の遠足の時さぁ、失神したでしょ本人はあんまり覚えてないみたいだけど。」一年生秋恒例の鎌倉遠足のことだ。
「あぁ鎌倉やろ、コウミと二組のアネゴと鈴木さんとえぇーと・・・・・そやっ六組のオタカさんの班やったっけ?獅子が森の刑場で迷子になったの?」林(リン)が回想し始めた、すると横にいた韓(ハン)が話に割り込む。
「ねぇ、あの時でしょ?나(ぼく)とセンムの班が見つけて・・・・・確か、林(ハヤシ)さん・・・・・暴れてたよねぇ?うわ事言いながら。」
「・・・・・私、さっぱり覚えてないの、自分が何やったのか・・・・・それが怖くて。」林(ハヤシ)が不安げな表情を浮かべて言った。
「うん、気ぃ戻った後、ずっとそうぬかしとるもんなぁ。」「あの時は、나(ぼく)とセンムが止めに入ったんだよねぇ?センムー!」そう言うと、当時現場に居合わせていた「専務」こと、白泉元彌(しらいずみもとや)に声を掛ける。
「何ー韓(ハン)君?」
「ほら、一年の遠足で林(ハヤシ)さんの班、見つけた時の話。」
「あぁ、あの時ね、林(ハヤシ)さんがえぇと・・・・・確か「おのれぇーおのれぇー」とかうなって、皆に飛びかかってて、そんで僕等が丁度そこに差し掛かったと・・・・・」
少し林(ハヤシ)の表情の翳りに気を配ってか、彼の語る言葉はたどたどしい。
 しかし、その脳裏にあのときの記憶が蘇る――北鎌倉駅から曇天のもと、蒸し暑い中をとぼとぼと歩く。静かな町並みをはずれ山道を辿る、青々とした木々が薄暗い巌の道をさらに神秘的な場所に仕立て上げる。通称「高田の切り通し」を通って鎌倉宮に抜けるルートを予定していたこの班は「獅子が森の刑場」史跡を昼前に通過して、昼には鶴岡八幡の裏まで到着することとなっていた。道中珍しく霧に遭遇する――

「うん、それで?」
「そんで、韓(ハン)君とクロードと僕で飛び掛って・・・・・・。」
「そうそう・・・・・」
「最初喧嘩だと思ったわけ・・・・・それにしても林(ハヤシ)さんの力が尋常じゃなくて。」
「そうそう、とっても女の子が出せるような力じゃないよ。クロード吹っ飛んじゃったもん。」
「いくらコウミが剣道部の猛者としてもね・・・・」
林(ハヤシ)は剣道部副将としてそれなりの実力を誇る、ただそれが即腕力につながるかという点はいささか疑問ではある。
「でもそれで「やばい」と思って・・・・・本当に本能的にね。」
「なるほど。」
「それで、一旦引き下がったとこに・・・・・そうそう弧池さんがいきなり現れて印を組んで呪文を唱えて止めたんだっけ・・・・・。」中年のおばちゃんのようにトンッと拳を掌で打つ、彼のしぐさはなんとなく古風である。
「そやそや、オタカさんも、アネゴもめっちゃびびってはった・・・・・まぁ、当然やけどなぁ、コウミは中学の頃からえらいおとなしい方やったし。」と林(リン)、弧池がその核心を語たる。
「あぁ、白泉君が言ってるのは呪文じゃ無くて祝詞でしょ・・・・結局あの時は、裏切られてあそこで処刑された武士達の怨霊が憑いちゃったのよ、簡単に言うとね。」
「簡単に言うと、か・・・・」
「そんで?もしかするとコウミて、憑かれ易いて事?」林(リン)は身を乗り出す。
「私はどうすればいいの?」林(ハヤシ)は不安そうに弧池の顔をうかがうが、弧池はいたって明るくふるまう。
「大丈夫、ただ人より感受性が強いって事、偶々あそこの霊気が強かっただけみたいだったから・・・・・多分近くに鬼門でも開いてたんだと思う。」答えた、しかし物言いはなんとなくしこり残るニュアンスである。
「じゃあ・・・・・私、大丈夫なんだ。」林(ハヤシ)は多少にも安心したのか安堵の表情を浮かべた。
「うん。」
「ちゅう事は、あらホンマもんの幽霊ってことなんやね。」林(リン)が待ってましたとばかりに再び話題を戻す。
「うぅん、・・・・・断定は出来無いけど・・・・・ね。」弧池は改めて真剣な表情で答えた―――――

重々しい扉の開く音が響き周囲の停滞していた空気が慌ただしく流れ出した、入口をくぐり与那国が粉を吹いた数?教本を抱えてやってきたのだ。
「おぉーい、席に着けぇ。それじゃ、授業の方やってきいまーす。」すかさず教壇に立ち決まり文句を吐き、室内を一通り眺めて出席簿を手早くつける。
他クラスからの『雑談難民(話し相手にあぶれた人)』をみとめ。
「皇甫(ファンボ)――――、葛城――――、鮮于美里(ソヌミリ)――――、佐藤英作――――、早く自分の教室に戻れ――――。」早速、帰還願った。
ようやく着席し終えた生徒達だが依然談笑を続く、そんな様子に関係なくチャイムが高らかに鳴り響く。

「えぇーと昨日はここ迄で終わりました――、もう一度復習しておくと、ログエムエヌイコールログエム足すログエヌ、ログエムパーエヌイコールログエム引くログエヌ、ログエムアール乗イコールアールかけるログエムとなる、昨日、教えたこの三つの性質・・・・・ノートに証明があると思います、それを使って練習十五を解いていきまぁーす。」
生徒達は無言でノートにペンを走らせる。
そして同時に与那国は黒板に九十五頁の練習十五の(1)、(2)を書き終えて溜め息をついた、
「かっこ三は、問五で証明した通りに解きます、じゃあ・・・・・。」ずれた眼鏡を直し教卓に手をつき講義の体勢に移り説明を始めた。

授業もいよいよ佳境といった頃、突然扉をノックする音、生徒達が羊の群れのように一斉に扉の方へ顔を向ける。同時に与那国が扉の方へ歩み寄っていった、
「与那国先生!すいませんちょっと。」野太い声と共に、学年主任でもある久留米が顔を出す、二人は暫時話し込み与那国が驚いた表情を呈する。
「すいません、ちょっと急用なので自習していて下さい。」と言い放ち、久留米にともなって教室を小走りに出て行った。

突然の自習、生徒達は言う迄もなくペンとノートを放り出し、友のところへ足を運び談笑にふけったり、メールを打ったりと気ままに過ごす、テスト閑期の頃はいつもこんなもので素直に自習にふける生徒は数えるほどである。
「にしても、まじで出るかよぉーフツー。」教室中央の机に陣取った桜木、変わりないように見えてその顔にはいつもの威勢の良さは無かった。
「本当、本当・・・・・全員が全員、見るなんてねぇー。」散文的に韓(ハン)は答えた、誰に言うでも無く呆然と。
「でも、本物だったんかねぇー。」独り言のように鈴木。
「解らんべ・・・・んでもよぉ、俺はまじもんだと思う・・・・」桜木も静かに、そして思っているより真剣な表情を浮かべる。
「本物か、そうでないか・・・・・まぁ、おもしろいんじゃねーの?」鈴木が突然言い出した。
「おもしろい?そう?」韓(ハン)は怪訝なニュアンスをうっすらとこめる。
「んんっ・・・・・そういえばあのノート、まだ別の話もあるんだったよなぁ。」と桜木。
まぁ、いつまでも大人になりきれぬ男の性分とも言おうか、大なり小なり不思議なものに引きつけられるのであろう。
「ふぅー、そう言ってたねぇ。」韓(ハン)は呆れ半分で溜め息。

「昨日の話?あーらカズ、目にくまが出来てるわよおー。」都がふらーと手を前に垂らして話に割り込んでくる、完全に古臭いスタイル。
「るっせーな、てめぇこそ顔青いじゃねぇーか。」早速噛み付く。
「ふん、怖くて徹夜?」水を引っかけられた蛙のような顔でケロッとしながらまた油を注ぐ。
「けっ、ビビリ!」お決まりの一言、こういうときのボキャブラリーの低さは案の定。
「あんっ!?」都のスイッチも入ったようである。
「まぁまぁ、どんなやつやってあないな事あったらびびるっちゅうに、なぁ?」都の様子を見て林(リン)が消火水を注す。
「そうそう、あの時は本当に・・・・・。」韓(ハン)も同調する、そんな時その二人組の男女を一瞥する日和見主義者が一人。
「夫婦・・・・・二組かっ・・・・・。」鈴木が肩をすくめて冷やかす、なんとなく発想が古いような気もするが。
「あ!?」都と桜木は鬼面の如き形相で鈴木を睥睨、一方林(リン)と韓(ハン)の方はといえば・・・・
「え・・・・・?」一瞬顔を見合わせると、頬を赤らめてそっぽを向いた。
「えぇ?」一同驚いてそっちに暫し注視、泡を食う亜細亜人の少年少女一組・・・・
そんな風に雑然とした会話をしていると、ひょろっと長身の男子が寄ってきた。
「おぉ、盛り上がってはんなー、昨日まじで見はったんて?幽霊を?」
「おぉ!」挨拶半分の桜木。
「聞いてよおカワゾノちゃーん。」都はその長身の男子川園に食い付いた。
「ミヤコちゃんも見はったんか、そんでどないやったん?」ホストのような語り口の川園、優男風貌の面目躍如、しかし・・・・
「あの・・・・・あれ?思い出せない?思い出せない!」都は口に手をそえ驚いた表情、今時滅多にそんなモーションをとる人間はいないかもしれない。
「え!?お前もそうか?」それを聞いた桜木も驚いている、川園は状況を飲み込めていない。
「どうゆうこっちゃ?」不思議そう。
「おぼえてねぇーんだよ・・・・幽霊のつら。」桜木はそう訴える。
「うそやぁん、二人共いっちゃんねき(一番近く)にいたっちゃうん、あのボールつきの幽霊の。」と林(リン)。
「そうだよ、나(ぼく)もはっきり覚えてる、白っぽくぼーっと、ジャージ着てバスケットボールついてたよお、本当にびびっちゃったよぉー。」韓(ハン)が言い足す。
「そうよ、韓(ハン)君、韓国語になってたもんねぇ・・・・・。」林(ハヤシ)が考え深そうに言った。
暫時の中断、妙な空気が辺りに漂う。
「あっそうそう、話は変えてまうけどアユが妊娠してまったらしいで。」林(リン)がそんななか話題を突然ひっくり返す。
「えっ、マジ!」
「うそうそ!誰の子?」都と弧池があっさり食い付く。
「あぁ、鮎吉やけど?」林(リン)は平然と暴露する。
「えっ?誰それ・・・・・?」周囲が顔を歪めて聞き返す。
「えっ?誰って同じ水槽の・・・・・生物室の雄やけど・・・・・。」
「そっちのアユかい!」一同は突っ込んで苦笑した、件の妙な空気を振り払うように。

教室前方からそんな一同を見つめる視線があった金=マリア=玉華である、彼女は心配そうな表情でふとつぶやく、
「칠흑의기색(黒い気配)・・・・・불길(不吉ね)・・・・・・・・・・何も無きゃいいけど・・・・・。」
温い風が吹き込んだ、程なくチャイムが鳴り学舎は騒がしさを取り戻す。

まだ強い午前中の日の光が射す―――――カタカタと何かの音――――
「――――さん、大丈夫?気分悪いの?」
何処かの教室―――――先生の声―――――苦しい―――――
「――――ちゃん、――――ちゃん、立てる?保健室行く?」
友達の声――――少しずつ聞えなくなっていく―――――
「甕上先生、――――ちゃんを保健室に連れて行きますね。」
「杜山さんよろしく、皆さんは作業を続けてください・・・・・」
青白い顔を浮かべる家庭科主任の甕上先生、いつもの白い肌がさらに色を失ったように不安に染まる。
騒然とする教室の音―――――気が遠くなっていく―――――
「あっ、―――ちゃん!先生!」
「うん、先に行って保健の先生呼んで来て!」
「はいっ」
杜山さんの足音――――遠くなっていく―――――記憶はここで途切れた――――

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