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宮脇 檀コミュの談話室

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雑談、というか宮脇さんに関する取りとめもない事を
気軽に話せる事を目的としたスレッドです。

話は変わりますが、宮脇事務所に関わっておられた方も
本コミュニティに参加して下さっていたりして、
大変光栄と同時に、管理者としてはお恥ずかしい気持ちもあります。

それではどうぞ、ごゆっくり。

コメント(14)

僕は現在38歳。
学生時代、宮脇さんの「住宅設計ノウハウ」を立ち読みして
(「住宅設計テキスト」の豪華版で当時1万円、
買えなかった・・・)
なんて明解でスマートな設計&文章なんだ!って
感動したのが、もう20年近く前なんですねぇ。
黒川紀章氏や磯崎新氏などの難しい文章が嫌いだった僕は
一発で宮脇さんの虜になりました。

もっともっと宮脇さんのもとで
勉強したかったです。
おっしーさん>
確かに、宮脇さんの文章は分かりやすくて、
空間論的にも建築論的にも説得力がありますね。
内開きの玄関の話とか。

う〜〜〜ん彼の元で建築を学びたかったですね。。。
家族でも親戚でも、会ってお話をしたわけでもない、
そんな宮脇先生が亡くなられたという報を聞いたとき、
ぽろぽろと涙がこぼれました。身内の死ではないのに
泣いたりすることがあるとは夢にも思いませんでした。
こんなに強烈にお会いしたいと思った方はいないです。

いま、我が家には「宮脇スポット」が1台あります。
ご存知かと思いますが、宮脇先生の設計された住宅なら
たいてい写真にも登場しますね。

宮脇先生にどうしても我が家をお願いしたかったのに、
あまりに早く、急に亡くなられてしまってそれが
かなわなかったので、せめて、宮脇先生が設計された
あのスポットを我が家にと思って、広島から秋葉原の
ヤマギワへ行ったのですが、悲しいことに、ヤマギワの
社員さんでさえ、宮脇スポットの存在を知る人はいません
でした。
気を取り直して、山崎・榎本事務所へ連絡して、ようやく
譲っていただいたのがこれです。

私の宝物のひとつになりました。
naoさん>こんばんは。
僕もですね、そんな感覚あります。
知ったのはお亡くなりになった後でしたが、
心の中では勝手に師匠ですから。
広島県内には、宮脇先生の手がけられた建築が、私の
知っている限りでは2件ほどあります。

4月30日、そのうちのひとつ、森井邸の前を通りかかり
ました。

およそ7年ぶりに通りかかったのですが、とても手入れが
行き届いていて、まるで新築のような印象を受けました。
外壁の塗装直しをされたのかもわかりませんが、オーナーの
この建物に対する愛情が感じられ、前を通りかかるときに
いつも室内を拝見したい衝動に駆られます。

個人的な知り合いではないのでそれはかなわないでしょう
から、今度渡辺篤史さんに頼んで探訪してもらうことに
しようかとたくらんでいます。

あ、渡辺さんも知り合いぢゃないから、頼めないや・・・。
(笑)

もうひとつは広島の造幣局の近くにある「旧ずぼら寿司」
ちょっと前に、職場の同僚と飲みに行きました。
ここは、森井邸のような個人宅と違って、店舗なのでかなり
改装を重ねられ、ほとんど、完成時の面影は失われていると
聞いています。

2階の座敷で飲んでいると、そばの階段を上がってくる
ラッパズボンの兄貴衆が大きな声で話しているのが聞こえて
きました。(ここからは広島弁まるだしで書きます)

「おおおぉっ! この階段、見てみぃや。蹴上げと踏み面の
 バランスがぶちきわいで」

(通訳)おおっ!この階段、見てごらん。蹴上げと踏み面の
    バランスがとてもいいね。

「おおっ! ほんまぢゃあー。ばりえー仕事しちょるけー」

(通訳)おおっ!本当だ。とてもいい仕事をされているね。

このあと、飲んでいた仲間から彼らはなぜあんなに階段で
感激しているのかと聞かれたのでこの建物について説明を
することになってしまいました。

「旧ずぼら寿司」の階段が竣工当時のままなのかはいまの
私にはわかりませんが、もし、そのままのものであるなら
宮脇先生も喜んでいらっしゃると思うのですが・・・。

私もなぜか、とてもうれしくなっていました。
naoさま

森井邸はボクも半年ほど前に見に行きました
20年以上前に建てられたのが信じられないほど
きれいにお住まいだとお思いました

旧「ずぼら寿司」は最近そういうものがあったということを
知り、まだ残っているのか気になっていたのですが
改装されているとはいえ、まだあるんですね
造幣局の近くということは、コイン通り沿いですかね
探してみます
・皆さん、こんにちは。ぐりいんさん、ご苦労さまです。

何度もこのトピックを見ていた・・つもり、で・・内容がほとんど頭に入っていませんでした。

・naoさん、失礼しました。今読み返してみると、ここに宮脇スポットの事を書かれていましたね。もう随分前の事になりますが、その節はお買いあげありがとうございました。(笑)

いま、「森井邸」、「ずぼら寿司」の現状など、興味深く読ませていただきました。
昨日、MixiのNさんとのやりとりで、たまたま「森井邸」が話題となりましたので、内観の写真を私の日記の頁に置いたところでした。こんな事があるのですね?、偶然にも、naoさんの「森井邸」の記事と重なる事になりました。
さて、「ずぼら寿司」の図面は私も手伝ったおぼえがあるのですが、竣工当時のまま、階段は残っているのでしょうか?。休み明けに写真・図面などの資料を確認してから、発信したいと思います。宜しくおつきあいください。

・sattyさん、校正では大変お世話になりました。
竣工当初「ずぼら寿司」の看板は、大きく一文字で「ず」・・・でした。今はどのようになっているでしょうか?また、お話を聞かせて下さい。

・皆さん、ありがとうございました。

'070503 榎本 彰
榎本先生

メッセージの送信やこの欄のコメントなど
お忙しい中たいへんありがとうございます。

森井邸について話題になっているとのことですが
森井邸は宮脇先生が手がけられた住宅のなかでも
「○○ボックス」などの一連の作品群とは別に
扱われてきている印象でしたので、ここにきての
話題というのがどんなものか興味津々です。
差し支えがなければお聞かせいただけないでしょうか。

また、私が「旧ずぼら寿司」と書きましたのは
「ずぼら寿司 五日市店」のことですが、資料を
確認していただけるとのこと。お忙しい中
たいへん恐縮しています。ありがとうございます。


sattyさま

はじめまして。

「旧ずぼら寿司」はお察しのとおり、コイン通り沿い
イズミ五日市店横の「嬉し楽し家」です。

いまは竣工時の「ず」という大きな看板も階段吹き抜けの
大きなちょうちんもありません。

私の勤務先はこの近くですからよろしければお声かけ
いただけるとうれしいです。
>えのさま
お役に立てて嬉しいです
旧「ずぼら寿司」のレポートもまたしたいと思います

>naoさま
はじめまして

情報ありがとうございます
近いうちに行ってみようと思います
お時間あればご一緒できたら楽しいですね
そのときはよろしくお願いいたします
・sattyさん
また、どうぞよろしくお願いします。

・naoさん
お話の中のひとつ。記事前半の、「○○ボックス」など、表現の事ですが、使い方に明快な基準があったか?というと・・・?。
見たとおりの、都市型・整形のものを「○○ボックス」と呼んでいますが、つくり進んで行くうちに箱形・家型の、単なるボックス型にこだわるのではなく、バリエーションを多様に展開させましたので「○○邸」と呼ぶ住宅も多くあります。最後の頃の作品にもボックスと呼ぶにふさわしい家もありました。・・・整然としたものではありません。

宮脇が述べていますが、
(以下「混構造住宅 宮脇檀建築研究室作品集」混構造論補/'84年/建築資料研究社より抜粋)
(前略)「プライマリーだ、ボックスだ、混構造だとタイトル付けられた一連の建物は、この20年の建築するという作業の中で、折節に気付いたこと、考えたことを型の上に現してみただけのものなのだが、これらの全てを通して、当然、僕の一貫した建築への姿勢がある。
もちろん、それは数頁に要約できるほど単純なものでもなく、あらゆる分野にわたって一種支離滅裂に近い状態で存在していて、一つの機会がある度に単発的に飛び出し、その出した部分の分布の軌跡が何とか一貫した流れをつくり出しているのに過ぎないのも、当然のことである。それらは、個々に分布しながら交互に関係を持ちつつ、セミラチス風に組あがっている。それが決して立派な幹があって、そこから整然と枝が出ているツリー状のものでないことは、確とした哲学の成果としての産物でないことを恥ずかしながら物語っているのだが、本人その質にあらずということであれば仕方ない。混構造の理屈もまた、そんなものの一つであると理解していただければ良い」(後略)
(以上「混構造住宅宮脇檀建築研究室作品集」混構造論補/建築資料研究社より抜粋)
ということです。
先日、このコミュニティの方とのやりとりで気づきましたが、建築誌への発表も、様々ありました。
「松川ボックス」を例にとると、竣工は'71年11月、それに先立ちJA JULY 1971で、計画案の模型写真とプランが紹介されたのが初発表と思われます。つまりはじめは「MATSUKAWA BOX」。 そして、ディテ−ル37'73では「まつかわぼっくす」、新しい住宅'72他では「大久保の家」、昭和54年度('79)日本建築学会 作品賞では「松川ボックス」、再びディテ−ル65'80では「松川邸」などとなります。

私の印象ですが、ひらがな表示はより抽象的、「ぼっくす」が際だちます。「掲載先によって使い分けた」とも言い切れない例がありますが、およそそのように使ったのでは・・と考えられます。いかがでしょうか?

'070506 榎本 彰
私のことを先生というのは当たりません、これはやめて下さい。
えのさん、

僕らから見れば、
もう充分に「先生」の域に達していますよ(笑)
こら、コラッ!
おっしー、かき回すんじゃないの〜。
「宮脇さんに関係の無い書き込みは・ご遠慮下さい。削除します!」
(笑)
管理人さん、御免なさい。
榎本先生・・・

ではなく、これからは大変恐縮ですが、みなさんに倣って
「えのさん」と表記させていただくことにします。
(笑)

「ボックス」の件、ひとつの建物に対する呼び名が
一定でないことについて、そういえばそうだったと
思い出しました。今回も解説をありがとうございます。

宮脇先生のいらっしゃらない今、授業料を払っても
聞くことのできない、貴重な内容です。
8月1日発行の、新建築別冊「住宅特集」No.256 2007 08号の特集は、「70年代名作住宅再発見ーワンダリング・セブンティーズ」。

1970年代の日本の小住宅や建築活動に関して、建築史家・中谷礼仁氏が再評価しているもので、「松川ボックス」(1979年・日本建築学会賞・作品賞)での取材を通して宮脇作品が語られています。

書店でご覧下さい。

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