わたしはある女性とつきあっていた。
もうずいぶん前のことだ。
少し小柄で、ハスキーな声の持ち主で、優しい性格の人だった。
二人の間には少しずつ亀裂が入りつつあった。
このままでは別れることになると、お互い焦っていた。
そんなとき、彼女から手紙が届いた。
当時は携帯もメールも普及していない。
郵便が結構重要な伝達手段だった。
封筒に書かれた文字を見た。
なにか思い詰めたような筆致で書かれていた。
わたしは開封せずに引き出しへしまった。
開けるのが怖かったのだ。
手紙を読むことで二人の関係が否応なくどちらかへ進んでいく。
臆病だったのかもしれない。
それ以来彼女からは連絡もなく、会うこともなかった。
もう20年近く前のことだ。
今ではお互いに住所も変わり、どこでなにをしているのか分からない。
手紙はまだ未開封だ。
実家にあるわたしの荷物の中に入っている。
ときどき思い出すことがある。
あの手紙、なにが書いてあるんだろう。
すぐに読んでいたらどうなっていただろう。
でもなあ、あのとき拒否したものをいまさら読むのも気が引ける。
わたしはいまだ臆病なままだ。
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