ムード歌謡をけん引した鶴岡雅義さん死去、93歳 「小樽のひとよ」などヒット曲 東京ロマンチカのリーダー
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「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」を率いた鶴岡雅義、亡くなる、ですか。鶴岡雅義と言えば、昭和40年代前半期から中期にかけて「小樽のひとよ」「旅路のひとよ」「君は心の妻だから」などのヒットソングを生み出し、「ムード歌謡バンド」なるジャンルを確立、主導した「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」のバンドリーダーにして作曲家、ギタリストであり、レキントギター(Requinto guitar:通常のクラシックギターより一回り小さく、高い音域を持つ小型のギター)の名手としても知られていました。鶴岡雅義が奏でるレキントギターの叙情的なサウンドと三條正人の味わいのあるヴォーカルで一世を風靡した東京ロマンチカは、フジテレビの人気音楽番組「夜のヒットスタジオ」の初期(前田武彦と芳村真理がMCの時代)にほぼレギュラー出演し、披露する曲の冒頭でレキントギターを演奏する鶴岡雅義のどアップからスタートし、徐々にカメラが引いていき、三條正人のヴォーカルへと言う演出は、番組の定番的な存在でした。
また、「夜のヒットスタジオ」は、番組内で寸劇コーナーがあり、寡黙にしてどこか飄々としたキャラクターでも人気を集めていて、歌番組で歌以外の要素を多く取った演出は、ある意味“時代を先取りした”と言えるかもしれません。
作曲家としては古賀政男から師事、薫陶を受けたのはこの記事で初めて知りましたが、作風が古賀政男に近い感じか見受けられたので、なるほどと感じました。東京ロマンチカ結成前には石原裕次郎に提供した「二人の世界」がヒット、東京ロマンチカとして「小樽のひとよ」でスタイルを確立しましたが、存在感を高めた三條正人、浜名ひろしと言ったヴォーカリストに先立たれ、7人編成だったバンドも2人に規模が縮小され、最近まで活動を続けていたようです。その意味では、幾らか寂しい晩年期だったかもしれませんが、93歳は“大往生”かもしれません。今月1日、肺炎のため東京都内の病院で亡くなったとのこと。合掌。
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