mixiユーザー(id:9389954)

2026年11月03日23:25

7 view

そういえば、いたなぁ。

「ベティのマヨネーズ」ママ死去 盟友ハイヒールモモコ明かす「ニューハーフ」の祖
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=9013789
ハイヒール・モモコが自身のInstagramを更新、大阪のショーパブ「ベティのマヨネーズ」の“ベティママ”さんが亡くなったことを伝えた、ですか。曰く、
「大好きな大好きな親戚みたいなベティのマヨネーズのママ、天国へ行っちゃった 知り合ってすぐ20代のときは、1週間にベティのマヨネーズに8回通ってると言われてたね うちの旦那と仲良くなったのもこの店だったね 私の新婚旅行も一緒にきて長男が産まれたときも1番に来てくれて次男のラスベガスにも3回も食べもん持って行ってくれて、娘が産まれたお祝いに大切なバックくれたね ニューヨークもパリも韓国も白浜、鹿児島やら、いっぱい旅行したね 子供たち全員20歳の誕生日はベティのマヨネーズでお祝いしてくれたね ママのお母さんに初めて鹿児島で会ったときに『まなぶくんは何も悪くないのよ、女の子に産んだげたらよかったんよ、まなぶくんは人を喜ばしてあげたいんだけなんよ、仲良うしたげてね』て話してくれたこと忘れてないよ お母さん、ベティママを産んでくれてありがと 大根一緒に抜いたね あたしと出会ってくれてありがと ベティママ マダムベティ ママのおかげでいっぱい繋がりできました 一生忘れないよ 大好きだよ たくさんの愛をありがとう ゆっくり休んでください」
のだそうで、その生活の様々な局面で「お世話になった恩人」だったことを窺い知ることができる文章だと感じます。
“ベティママ”と言えば、大阪名物のショーパブのママとして親しまれ、記事でも触れる通り上岡龍太郎の番組など関西のテレビ番組に出演しており、コメンテーターや審査員などで全国ネットの関西発の番組でも見掛ける人だったと記憶します。「かつて、桑田佳祐のプロデュースでCDもリリースしており、桑田との間で「男の女のハーフ」というやりとりがあり、「ニューハーフ」という言葉が生まれた。“ベティママ”は、いわばその言葉の「祖」ともいえる存在だった。」とのエピソードは知りませんでしたが、毒舌な一方で人情家な一面を感じさせる人だった印象はありますが、いつの間にかテレビに出なくなった人だったようで、上岡龍太郎がテレビ出演を止めたあたりから見掛けなくなったかもしれません。なのでなのか、この記事で、「そういえば、いたなぁ」と感じた次第。死因とか何らかの闘病に関する記述は無いようですが、多くの人々に親しまれた人だったようです。合掌。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年11月
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930