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2026年11月04日05:45

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オゾン層に開いた大きな穴


昔、まだ冷蔵庫がなかった時代。夏は食べ物がすぐに傷むのが悩みでした。その頃、大きな氷の塊を馬車で売り歩いていたのがアイスマンです。注文があると氷を割り、大きなはさみで苦労して勝手口まで運ぶ。氷はアイスボックスに入れておくのです。暑いとすぐに溶けて、床を水浸しにするのでした。

やがて、食べ物を冷やしておく別の方法が考案されました。アンモニアや二酸化硫黄を冷媒にするのです。これなら氷の大きな塊は必要ないで、万事解決かと思いましたが、そうではなかったのです。 アンモニアも二酸化硫黄も有毒だし、臭いがすごいです。漏出すると子どもやペットに被害が出るのです。

冷蔵庫内を循環して、仮に中身が漏れ出したり、冷蔵庫を廃棄処分したりしても、臭いをかいでも気分が悪くなりました。そこで米国とドイツの科学者が、炭素、塩素、フッ素の原子をくっつけて新しい物質をこしらえました。クロロフルオロカーボン類(CFC類)、俗称フロンです。CFC類は冷媒として期待以上の働きをしてくれました。

冷蔵庫だけでなくエアコンにも使われ、なめらかな泡が出るシェービングクリーム、ヘアスタイルを崩さないためのスプレー、消火器、発泡断熱材、工業溶剤、洗浄剤など、たちまち用途も広がりました。スプレーペイントも気軽に楽しめるようになったのです。CFC類の代表的な商品が米国デュポン社のフレオンです。

フレオンは長く使用され、とくに問題もなさそうに思えました。これほど安全な物質はないとされてきたのです。だがそれも1970年代初めまでのことでした。きっかけは、カリフォルニア大学アーバイン校で地球の大気を研究する2人の化学者です。マリオ・モリーナはメキシコ出身で、レーザー化学が専門です。

シャーウッド・ローランドはオハイオ州の小さな町の生まれで、様々な条件下での分子と気体の動きを研究していました。モリーナは、それまでの実績とは一線を画し、研究者として飛躍できる題材を探していました。エアコンから漏れたフレオン分子はどうなるのだろう。モリーナはそんなことを考えました。

当時はアポロ計画の月飛行が順調に行なわれ、NASAはスペースシャトルを毎週飛ばす構想も練っていました。ロケット燃料をこれだけ盛大に燃やして、地球の大気圏と宇宙空間の境目にある成層圏に悪い影響はないのか。科学とは得てしてこういうものです。最初は別の問題の答えを探していたのに、全く異なる予想外の現象にぶつかります。

ローランドとモリーナは、シェービングクリームやヘアスプレーにまで広く使われ、不活性で「無害」とされるCFC類は、用済みになっても消えないことを突き止めました。余生を送るCFC類はたまっていく一方です。地球のはるか上空に漂う大量のCFC類のせいで、太陽の有害な紫外線から私たちを守っているオゾン層が刻々と薄くなっているのです。

その後の研究で、その速度が油断できないものであることがわかりました。CFC類の分子は紫外線を受けて分解し、塩素原子を放出します。この塩素原子が、人間の生存に不可欠なオゾン分子を食べていくのです。今から25億年前、海の生物が陸に上がって生活できるようになったのも、成層圏にオゾン層が形成されたからです。

だが塩素原子1個は、10万個のオゾン分子を破壊する。CFC類があらゆる場面に使われていた1970年代、製造業者はCFC類のない世界が想像できませんでした。オゾン層の減少は当時既に確認されていたのに、業界は科学的根拠が定まっていないと主張した。人類は地球上の全生命を危険にさらす力をもっています。

この事実を受け入れるのは難しかったのです。オゾン層に開いた大きな穴は、ほかに原因があるはずだと犯人捜しも行なわれました。日焼け止めを塗って、帽子とサングラスをかければいいという企業のトップもいました。だが、食物連鎖の基盤となる植物プランクトンや草木にそんな対策は取れないと科学者たちは反論しました。

モリーナとローランドは粘り強く警告を続けていたのですが、ローランドには迷いもあった。いくら未来を予言できても、その実現を座して待つことしかできないのであれば、科学が進歩する意味はあるのか。カッサンドラとローランドが話す機会があったなら、二人は意気投合したことでしょう。ところが事態は大きく変わりました。

世界中の人が声を上げ始めたのです。1960年代、女性たちが大気圏内核実験の中止を強く求めたのは、汚染された母乳を我が子に飲ませたくなかったからです。そして1980年代には、消費者がCFC類の製造をやめるよう企業に迫ったのです。さらに驚くべきことに、各国政府もそれに同調しました。

現在CFC類が禁止されているのは198の国と地域、世界全体の半数をゆうに超え、地球の不安材料リストから抹消できるまでになったのです。傷ついたオゾン層も回復傾向にあります。多少の変動はあるものの、ローランドとモリーナの発見から100年後の2075年には完全に元通りになるといいます。

もしローランドとモリーナが成層圏に興味を抱かなかったら。あるいは彼らの警告がカッサンドラの予言と同様無視されていたら。オゾン層が地球の生き物を守る役割は40年で消滅していただろう。私たちの孫の世代が大人になったとき、子どもの日光浴はご法度になっていたはずです。

草食動物は死に絶え、肉食動物はその死体を食べてしばらくは生き延びるものの、いずれは姿を消したに違いないでしょう。私たちは、生存を左右する銃弾を寸前のところで交わすことができたのです。だが銃弾は1発だけではないのです。

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