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2026年09月22日21:49

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へんじがない ただの しかばねのようだ

今日は雨の一日。

鉄やコンクリートではなく、葉や木々に雨粒が静かに落ち
街中とは違うその雨音に、田舎暮らしを実感した一日なのです。


どこかでお買い物をしたら、つきもののヤツがあります。

支払い、って知ってます?

と、ナイツさんのボケをパクりつつ 笑
僕には、そんな場面で自分に課しているルールがあります。

それはレジのお会計の後や入店の際、明らかに自分に挨拶してくれているのを認識したら
相手の老若男女に関わらず、できるだけいちおうの挨拶は返すようにしているのですね。

もちろん会釈もふくめて、なのですが
これは、ダメ人間の僕がいまさら「いい人になろう!」としているわけではなく。。


今日は、そんなルールを自分に課した「きっかけ」を書いてみようと思います。


むかし、行きつけのドラッグストアがありました。
当時はキャッシュレス決済もほとんどなく、現金が主流のころで
そこには、詳しい容姿や年齢はともかく、レジ係の女性がいたんですね。

いつしか顔を覚えるほどにレジでお世話になっていたのに
僕はいつも、女性からの「ありがとうございました」という最後の挨拶を無視していました。

あのときの自分の思考や感情を思い起こしますに、
女性のことを、まるでレジの機械にくっついている
ロボットか何かのように認識していたように思います。

もちろん、人間なのはわかっているのですが
客として、レジの人の「感情」ってあんまり触れる機会、なくないですか。

商品を通してもらって、お金を渡して、お釣りをもらう

ただただ、それしかない関係ですから
レジの人の「感情」に触れる場面に出くわした時、僕は想像以上にびっくりしたのです。


それは僕が偶然、仕事終わりとおぼしきレジ係の女性を
ドラッグストアではなく、そのドラッグストア近くの道路で見かけたときのことです。

なにやら小学生低学年くらい?とおぼしき女の子2人に両側はさまれて片手ずつ、
つまり、その女性は両手を子供たちとつないで川の字?になって歩いていたのですね。


「ねぇねぇ、お母さん!」 「なぁに?」

というやりとりが耳に入るに至って、彼女の子供たちなのだと気づきました。


当然ながら、いつも僕に見せるような表情ではなく、聞かせるような声でもありませんでした。

はっ!

と、僕の頭で何かがやっとつながったような気がしました。


当たり前ながら、彼女はレジロボットなんかじゃなくてまごうことなき人間、

つまりは、誰かの娘で、誰かの恋人で、そして誰かの親、だったのです。


僕は、都合よく 自分の脳内で彼女にも当然ある「感情」の存在を
想定しなくていい「設定」にしていたのかもしれません 汗

もしかしたら、子供たちは
自分のお母さんの「ありがとうございました!」の挨拶が
僕に、冷たく無視される光景を見ていたかもしれません。


それからです。

僕は、店員さんのあからさまな営業挨拶であっても返事はしよう!って決めたんです。

たとえ、ときおり若い女性店員に「何?この おぢ。口説く気?キモい!」と怪訝な顔をされようと
不機嫌でぶっきらぼうなお兄さん店員に、これ自分のほうが腰低いよなと自己嫌悪におちいっても、
僕は、やっぱり続けるつもりなのです。

だって、もう あんな後悔はしたくないですから。。


と、とうとう妙なところで頑固オヤジを気取り始めた 笑 炊き込みご飯なのです。
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