長崎の老人施設に10年間いらっしゃった修おじさんの奥さんの昭子おばさんが、先日亡くなりました、
修おじさんはちょっと変わり者で、親戚の付き合いをこれまですごく避けていました。
親戚が集まるお正月や法事等はほとんど不参加。
私も小さい頃から、このおじさんは、ほんの数回しかあった記憶がありません。
このイケメンのおじさん(チエばあちゃんに似て、兄4人の中でも、ダントツイケメン)と母はとても仲良し。
2人の母親、チエおばあちゃんが存命の頃は2人で待ち合わせて、月に1回グループホーム(港が見える丘)にお見舞いに行っていました。
その後は2人でランチもしていたみたい。
でも、おばあちゃんは亡くなったし、母は認知症になったし、うちの父は母の兄達と相性が合わないみたいだし、そういうことも重なって、2人はろくに会えなくなりました。
その事実に気づいたわたし。
だから、ちょうど1年位前から私が帰省するタイミングで、母をお兄さんに会わせたいなとバスで遊びに行くようになりました。
私が約半世紀ぶりに会ったおじさんは、想像以上にユニークで面白く楽しー🩷
私もおじさんちに行くのが大好きになりました。
父が苦手だと言っている理由がわかりません🤭
まぁ、相性かしら。
さて、昭子おばさんが亡くなった時、修おじさんは、このことをもう誰にも言いたくなかったそうです。
でも、息子の剛兄ちゃんに
「実の弟や妹にそんな大事なことを言わないのは良くないよ」と説得されたみたい。
そこでチョイスされたのが、私。
私にだけ電話があって、亡くなった事実を知らされたのです、
その時修おじさんに言われたのが
↓
「亡くなった事は、親戚みんなに知らせて欲しい。
でも、葬儀は息子と2人で自分の強い気持ちからとても簡単に済ませた。
お坊さんも呼ばず、戒名をつけず、今後は法事も行わない。
お墓も作らず、海に散骨する予定。
ご香典の類も全部ご辞退する」
だから、私はこれを父に電話で伝えました。
父は母に伝えたはずです。
でも、母は認知症。
5分も経つと忘れちゃいます。
それから1週間ぐらい経った頃かしら?
おじさんから、私の母に会いたいから今から会いに行ってもいいだろうかと電話がありました。
おじさんは1人で心細いのかもしれません。
いつも、冠婚葬祭とか親戚のことやお寺の事、親のこと、母はいろんなお世話をしていました、
だから、おじさんは、人が亡くなった後の手続きについて、母にいろいろ聞きたいのかもしれません。
ぜひ会いに行ってあげて〜と返事をしたら、おじさん、それからすぐにタクシーに飛び乗ったみたいで、私の実家に行っていました。
それから1時間ばかり経った後、おじさんから電話がありました。
おじさん曰く
「お母さんと会えたよ。今、帰ってきたところ。どうもありがとうね」とのこと。
えっ(・・;)
もう帰ってきたの???
ちなみに、おじさんと我が実家は、車で30分はかかる距離(滑石)。
はやっ、、、
私はその時、そう思ったのです。
・・・・て
さて、さて、昨日、私は父に、先日修おじさんが来たでしょ?!と話題にしました。
すると、父がこんなことを言うんです。
↓
「一体、修さんは我が家に何をしに来たんだ
全然意味がわからん
急に来て何がしたいんだ!
私はコーヒーを出した。
修さんと母は一言もしゃべらなかった。
何をしに来たのか、全くわからない来訪だったよ(・_・;」
私「えっ!?
おじさんは奥さんを亡くして、とても寂しくて、妹からいたわりの電話1本もなくて(認知症なので、今までのような細かいことはできないのです。かつ難聴だから電話も無理。)、それでおじさんは自分でこのおうちへ母に会いに来たんだよ。
寂しいね、とか、いたわるとか、そんな話をしなかったの?」
すると、
父曰く
「してないよ!!するわけない
だって、葬式もしない、墓も作らない、骨も海に巻く、何もしないって聞いていたから。
だから昭子さんが亡くなった事は、絶対話題にしちゃいけないと思って、自分からはその話題は出さなかった。」
えっ
葬儀をシンプルに済ませることと、亡くなったことを内緒にすることは全く別の話なのに、父(昭和11年生まれ)は混同しています。
おじさん、ごめんなさい
父はお悔やみの言葉、一言も話していないんですね(・_・;
今日はおじさんちに行くので、お詫びしなきゃ。
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