mixiユーザー(id:250900)

2026年09月02日00:00

74 view

道東紀行34 弁天ヶ浜 / 本行寺

 8月3日月曜日は、釧路埼灯台から東南へ向かい、弁天ヶ浜踏切跡を訪れました。 
https://www.google.com/maps/place/%E5%BC%81%E5%A4%A9%E3%83%B6%E6%B5%9C%E8%B8%8F%E5%88%87/@42.968508,144.3775098,18z/data=!4m14!1m7!3m6!1s0x5f723d40b6ca0ecd:0x763fddb33bfb1afd!2z6Yen6Lev5biCIOexs-eUuuOBteOCi-OBleOBqOmkqA!8m2!3d42.9730316!4d144.3750194!16s%2Fg%2F1vd3vlnf!3m5!1s0x5f723d002b8e260d:0x8696f2fc54bd1fad!8m2!3d42.9684457!4d144.3791404!16s%2Fg%2F11w56cm3pl?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDgyNi4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
フォト

 この路線は、大正14(1925)年に開業した釧路臨港鉄道の路線で、最盛期には城山―入舟町間11.5 kmにわたる路線で、石炭を中心とする貨物輸送の外、旅客営業も行っていました。しかし、旅客営業は昭和38(1963)年に廃止され、昭和63(1986)年以降は春採―知人間4.0kmでの太平洋炭礦の石炭輸送に特化して運行されていました。
 この米町踏切は、「踏切の向こうに太平洋が広がる景色が、人気漫画『スラムダンク』の江ノ電の踏切のようだ」とSNS等で話題を集めましたが、平成31(2019)年3月に営業が休止され、同年6月に全線廃止されたため、踏切も撤去されてしまいました。
フォト

 踏切の向こうには弁天ヶ浜が広がります。
フォト

 夕日の名所の穴場絶景スポットとなっています。
フォト

 次は北上して、浄土真宗本願寺派真如山本行寺を訪れました。
https://www.google.com/maps/place/%E6%B5%84%E5%9C%9F%E7%9C%9F%E5%AE%97%E6%9C%AC%E9%A1%98%E5%AF%BA%E6%B4%BE+%E7%9C%9F%E5%A6%82%E5%B1%B1+%E6%9C%AC%E8%A1%8C%E5%AF%BA/@42.9727354,144.3752084,18z/data=!4m14!1m7!3m6!1s0x5f723d40b6ca0ecd:0x763fddb33bfb1afd!2z6Yen6Lev5biCIOexs-eUuuOBteOCi-OBleOBqOmkqA!8m2!3d42.9730316!4d144.3750194!16s%2Fg%2F1vd3vlnf!3m5!1s0x5f723d4730094bcd:0x8efc222a4c08e638!8m2!3d42.9728458!4d144.3767898!16s%2Fg%2F1tfc6dsz?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDgyNi4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
フォト

 明治18(1885)年頃に創建されたた寺院で、歴代住持は菅原道真の末裔です。明治41(1908)年に石川啄木が当寺で開かれた百人一首かるた会に参加し、大いに楽しんだとのエピソードがあるため、歌留多(カルタ)寺の愛称でも親しまれています。
フォト

 境内には啄木の資料館も併設されていますが、列車の時間が迫って来ていたので割愛しました。
フォト

 本堂〔登録文化財〕です。大正14(1925)年の建立(コンリュウ)で、木造でありながら、外壁に目地を入れて石造り風に見せるなど、和風を基調としつつ洋風のデザインを取り入れた美しい擬洋風建築が特徴です。
フォト

 やはり、大正14(1925)年建立の旧納骨堂〔登録文化財〕です。
フォト

 特殊な形状の墓地です。南西の高台に位置しており、ここからの眺望は見事です。
フォト

 石川啄木歌碑です。「一輪の 赤き薔薇の 花を見て 火の息すなる 唇をこそ思へ」
フォト

 本行寺の近くには別の啄木歌碑もあります。「出しぬけの 女の笑ひ 身に沁みき 厨に酒の 凍る真夜中」
https://www.google.com/maps/place/%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E5%95%84%E6%9C%A8%E6%AD%8C%E7%A2%91%E2%91%B2%E3%80%8C%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%AC%E3%81%91%E3%81%AE%E3%80%8D/@42.9727354,144.3752084,18z/data=!4m14!1m7!3m6!1s0x5f723d40b6ca0ecd:0x763fddb33bfb1afd!2z6Yen6Lev5biCIOexs-eUuuOBteOCi-OBleOBqOmkqA!8m2!3d42.9730316!4d144.3750194!16s%2Fg%2F1vd3vlnf!3m5!1s0x5f723d2374d6ce85:0xf2c32b8dcf9cd641!8m2!3d42.9732953!4d144.376056!16s%2Fg%2F11tc2d7dzz?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDgyNi4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
フォト

 その近くには、しゃも寅の井戸があります。
https://www.google.com/maps/place/%E3%81%97%E3%82%83%E3%82%82%E5%AF%85%E3%81%AE%E4%BA%95%E6%88%B8/@42.9738423,144.3765764,18z/data=!4m14!1m7!3m6!1s0x5f723d40b6ca0ecd:0x763fddb33bfb1afd!2z6Yen6Lev5biCIOexs-eUuuOBteOCi-OBleOBqOmkqA!8m2!3d42.9730316!4d144.3750194!16s%2Fg%2F1vd3vlnf!3m5!1s0x5f723d4133770c4b:0xf6a87bd313c40301!8m2!3d42.9739167!4d144.3781649!16s%2Fg%2F11g9ncyjn9?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDgyNi4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
フォト

 この井戸は、明治33(1900)年開業の「料亭しゃも寅」の敷地内にあった物です。明治41(1908)年に釧路新聞の記者として赴任していた石川啄木はこの料亭に通っており、この井戸水を飲んで酔いを覚ましたというエピソードが残っています。
フォト

 江戸時代から良質な水源として知られ、住民の飲料水や地酒の醸造用水として大切にされてきました。現在も年間を通して7〜8度を保ち、冬でも凍る事無く湧出していますが、水質悪化のため飲用は出来ません。
フォト

 ここにも啄木歌碑があります。「葡萄色(エビイロ)の 古き手帳に のこりたる かの會合(アヒビキ)の 時と處かな」
フォト

 この近くの高台からは釧路港を見下ろす事が出来るため、海岸へ下る坂道は「舟見坂」と呼ばれています。
https://www.google.com/maps/place/%E7%9F%B3%E5%B7%9D%E5%95%84%E6%9C%A8%E6%AD%8C%E7%A2%91%E3%89%93%E3%80%8C%E6%B3%A2%E3%82%82%E3%81%AA%E3%81%8D%E3%80%8D/@42.9752631,144.3767856,18z/data=!4m14!1m7!3m6!1s0x5f723d40b6ca0ecd:0x763fddb33bfb1afd!2z6Yen6Lev5biCIOexs-eUuuOBteOCi-OBleOBqOmkqA!8m2!3d42.9730316!4d144.3750194!16s%2Fg%2F1vd3vlnf!3m5!1s0x5f723db717d5eecd:0x5e47c42aaeff400e!8m2!3d42.9751269!4d144.3777808!16s%2Fg%2F11tckqnkns?entry=ttu&g_ep=EgoyMDI2MDgyNi4wIKXMDSoASAFQAw%3D%3D
フォト

 ここにも啄木歌碑があります。
フォト

 「波もなき 二月の湾に 白塗の 外国船が 低く浮かべり」
フォト

《続く》
6 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年09月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   

過去の日記

2026年
2025年
2024年
2023年
2022年
2021年
2020年
2019年
2018年
2017年
2016年
2015年
2014年
2013年
2012年
2011年
2010年
2009年
2008年
2007年
2006年
2005年
2004年
  • 01月
  • 02月
  • 03月
  • 04月
  • 05月
  • 06月
  • 07月
  • 08月
  • 09月
  • 10月
  • 11月
  • 12月