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2026年08月29日02:22

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道東紀行30 フィッシャーマンズワーフMOO / 幣舞橋

 8月3日月曜日は釧路停車場跡から南下して、フィッシャーマンズワーフMOOを訪れました。 
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 ここは、釧路河畔開発公社が所有する複合商業施設で、設計者は釧路市出身の毛綱毅曠(モヅナキコウ;1941〜2001)です。
 釧路河畔開発公社は、昭和43(1968)年に釧路川河畔にショッピングモールを建設・運営する目的で設立され、開業までは市有地にある駐車場・釧路市内の緑地管理が主な業務内容となっていました。
 しかし、その後計画は停滞し、昭和60(1985)年に至って、漸く釧路市総合計画にてフィッシャーマンズワーフ構想の推進が策定され、昭和63(1988)年には、当時の公社社長が西武セゾングループを率いる堤清二と縁があった関係から西武百貨店の出資も受ける事となりました。
 こうして平成元(1989)年に第一次施設が竣工しましたが、バブル崩壊を契機に年々売上が縮小、平成10(1998)年には西武百貨店が経営離脱し、テナントも相次いで撤退する事態となり、一時入居テナントは公共施設と、地場系の水産店・土産物店・飲食店等から成る「釧路MOO市場」のみとなってしまいました。
 その後、空き区画にハローワークや釧路市役所の一部部署を移転させた「MOO内庁舎」、テナント区画を数坪程度の面積に小分けさせた屋台街イメージの飲食店フロアを作るなど、施設の空洞化を防ぐ試みが実践されています。
 現在の総床面積は16,028.52�屬如■院腺騎�が吹き抜け構造になっています。
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 1階には、釧路MOO市場・郵便局・レストラン・バスターミナル等があります。
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 2階には、観光交流コーナー・ハローワークプラザ等があります。
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 3階には、ビアホール・釧路市女性団体連絡協議会・釧路市男女平等参加センター等が入っています。
 4階には釧路市教育委員会、5階には釧路医師会健診センター等が入っています。
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 MOOの背後は釧路川です。
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 釧路川には幣舞(ヌサマイ)橋が架かっています。
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 幣舞橋は釧路川に架かる国道38号線の橋で、釧路のシンボルになっています。幣舞の語源はアイヌ語で「幣場の・ある・ところ」を意味する「ヌサ・オ・マイ(nusa-o-mai )」だとされています。
 この橋の前身は、明治22(1889)年に架橋された愛北橋で、全長207mと北海道内で最も長い木橋でした。それまで渡船により越えていた釧路川に、名古屋に本社を持つ商事会社「愛北物産」が自費で架橋し、有料で橋を運営していました。ところが、明治31(1898)年に橋は倒壊してしまったため、明治33(1900)年に官設の全長203m木橋が架けられ、地域の名称から「幣舞橋」と命名されました。しかし、この橋も増水による上流からの流木や、冬場の結氷や流氷によって明治42(1909)年に倒壊、同年中に全長203m新たな木橋が架けられましたが、やはり流木や流水によって約6年で倒壊してしまいました。
 大正4(1915)年には幅員を拡げた全長201mの新たな木橋が架けられ、更に昭和3(1928)年に全長113m・幅18.3mの鉄筋コンクリート橋が完成しました。歩道と車道が分けられ、車道は片側2車線になりました。優雅なアーチを描くヨーロッパ風のデザインと橋上に設置された四基の大理石によるオベリスクは、頑丈なだけでなく美しさも兼備しているとして高く評価され、札幌の豊平橋・旭川の旭橋と並んで「北海道三大名橋」と称されました。
 しかし、昭和51(1976)年に老朽化と渋滞緩和を目的に124.0mの新たな橋が架橋されました。設計は市民参加型で行われ、四基のオベリスクやアーチ型等は旧橋の面影を残しながら新たな試みを採用し、橋脚上には四人の彫刻家による作品「四季の像」が設置されています。
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 橋上から見たフィッシャーマンズワーフMOOです。
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 河口の釧路港です。
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 橋を渡ると、道道25号線や道道113号に接続する幣舞ロータリーがあり、花時計が設けられています。
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《続く》
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