あくまで妄想であり、現実にはそんなことは起き得ないと分かった上です。
チャンスはたしかに存在した。
6月のNATO首脳会議に対しイランはアリー・ハーメネイー師の葬儀を同日に催行した。
ドナルド・トランプ大統領はわざわざ用意させてまで、ベルサイユ宮殿でイランとの合意文書に署名し、それを大々的に報道させた。
あまり報道されなかったがアリー・ハーメネイー師の棺だけでなく、いくつかの棺もならべられていて、中には小さい棺もあった。ハーメネイー師の孫娘(当時14か月)もイスラエル・アメリカの攻撃で亡くなっていた。
池波正太郎氏の著書「男の作法」に、借金の取り立てに行ったらその人物の葬儀が行われていたので、生前はとても仲が悪かったのだが、500円だけ包んで黙って置いてきたら、その後遺族からたいそう感謝され、最終的には借金もすべて解消した、という話があった(と記憶している)。
現実では葬儀期間中に船舶が攻撃を受け、それを口実に米軍がさらに攻撃を行うという信じがたいほどすかたんなことが起きた。
が、そのとき、ドナルド・トランプ大統領が「葬儀の間ぐらいおとなしくしておれ」とたしなめ、敵であったハーメネイー師のために花を一輪、神(ご存じのとおり、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教もおなじ神を崇めている)に祈りを捧げるパフォーマンスを行ったらどうだっただろう?
エアフォース・ワンでテヘランに降り立ち、献花台・記帳台を用意させて「撃ちたければ撃て」とばかりに堂々と敵(かたき)だったものの死に向き合ったらどうだっただろうか?
同時に失われたいのちに哀悼の意を表したら、どう思われただろうか?
もちろん、葬儀が行われているその場に参列することは当然不可能だった。芝居であり、本心はそうでなかったとしても、戦争終結に向けての、偉大なアメリカ、偉大な大統領としてのパフォーマンスになりはしなかっただろうか?
合意文書がアメリカにとって屈辱的な内容だったとしても、ネタニヤフ・トランプ両氏がはじめた戦争だったとしても、合意が守られ、平和が訪れたのであれば、世界は「偉大な大統領」と持ち上げてくれたかもしれない。米軍もアメリカ市民も胸をなでおろすことができたかもしれない。
現実ではイエメンに火がつき、サウジアラビア、パキスタン、トルコが防衛協定を結ぶなど、事態はさらに混迷の度を深めている。中東の強国はイランもアメリカも信用していない、と見ることもできる状態だ。
今日は長崎の原爆の日。
平和についての妄想ぐらいしかできない。
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