今日は晴れの一日。
お腹が空いて、インスタントラーメン作ってて袋スープをやぶろうとギザギザの面に力を入れたのに
まったく破れず、よく見ると例の「どこからでも切れます」が、まさか!の平な面のほうでした 汗
見た目からしても、経験則からしてもギザギザの面のほうが破れやすいイメージがありますし、
いまだにギザギザの面から破るのも多くあるので
もう!分かりやすくギザギザのほうにしといてよね、出前一丁さん。
と、具体的な商品名まで出しつつ、自分こそ「どこからでもキレます」を発揮した一日なのです。
さて!長すぎる枕はさておき 笑 、以前お笑い芸人のクロちゃんさんがテレビ番組内で公開プロポーズする、というのがありました。
いろいろ言われるクロちゃんですが、むかし「お前、すべってるやん!」と先輩芸人にツッコまれたとき
「ううん。すべってないもん!誰も笑ってないだけ!」という返しに大笑いした記憶があって、大好きな芸人さんなのですねー。
結局、残念ながらクロちゃんのプロポーズは失敗するのですが 汗
この恋愛自体がフィクションである可能性はおいといても、テレビ等で失恋シーンを見て
自分が失恋したときを追体験した、あるいは思い出した、という人もいるのではないでしょうか。
まさに僕がそうでして、クロちゃんがうろたえる様子で自分のを思い出していました。
血の気が引くサーーーッという音を呆然と聞きながら、いや!まだなんとかなるかも?というわずかな希望も、
相手の決意と言葉によってひとつ、またひとつと つぶされていく、地獄のようなあの感覚。。。
ああっ!思い出したくないっ 笑
と、抜歯と盲腸と失恋は二度と味わいたくないんですが、
実は、失恋だけは「味わっておいて損はない」経験、だと思っています。
ただ、そんな失恋からストーカーに変身するような人には不必要な経験になるのかもしれません。
あの、失恋からストーカーになるタイプは「恋愛感情」で元カノ元カレを追いかけているわけではなく
「依存症」における「禁断症状」の不快と不安を解消したいだけではないか、と僕は考えています。
これは僕自身の経験、失恋した時と禁煙した時の精神状態の類似から発想したのですが、
どちらの場合も、その対象を求める欲求の感情と、ダメだ!と理解している理性のぶつかりあいで
めちゃくちゃな理由でも、いつしか自分の中で合理的な理由だと納得して欲求を優先したくなる、
そんな苦しくも厳しい、自分自身との戦いになりがちなのです。
色恋沙汰に「依存症」「禁断症状」というのはあまりピン!とこないかもしれませんが
喫煙や飲酒のように、肉体的にも精神的にも「安定」と「快感」をもたらしてくれていた対象が
いまだ欲求がある状態で、突然プツンと途切れるわけですから構図として相似だと思うのですねー。
これが、ただ好きな人に恋愛関係を求めているだけだ、というのであるなら
そんなに好きなはずの相手を、害して困らせて傷つけて余計に嫌われていくという明白な事実にも、
当該者以外との新たな恋愛の機会は常に存在している、という事実にも、
この手のストーカーは、あまりにも「無関心」であることを説明できないではありませんか。
愛しているから、ではなく依存症だから対象が変わらないのであって
お互いに守りあって大切にするはずの事柄には ことごとく無頓着、
ただ関係修復という結果にだけ執着し、その過程や手段の如何を問わない
果たして、ここに恋愛の要素ってあるでしょうか。
と、そんな僕のトンデモ説はさておき 汗
言わずもがな、恋愛は究極的に相手の気持ちを考える素晴らしい経験ですが
失恋はそれにも増して、考える経験になります。
ひとつ間違えれば、死んだ子の年を数えるようなことにもなりえますが 汗
新たな恋愛の機会に臨むにあたっては、この上ない「貯金」にもできるはずなのです。
自転車に乗れるようになった子どもが、二度と乗り方を忘れないように
一度目の成就が大変だった恋愛ベタな人間でも二度目からはウソみたいにスムーズに恋愛ができるようになる、
といった例は、この思索の積み重ねがもたらす福音なのでは?と愚考したりするわけなのです。
もし僕に、失恋体験がなかったとしたらいまよりもポジティブでアクティブであったかもしれません。
でもしかし、いまより相手の気持ちに鈍感であったかもしれないとも思うのですね。
そう考えると、やはり僕みたいな未熟な人間には失恋という経験は必修科目だったのだ、と心から思えます。
自分の気持ちや痛みにだけ敏感、なんてストーカー心理そのものですものねー。
結論としては、それでもやっぱりラーメンは出前一丁が一番好き♡
って、それじゃあ てめえがよっぽど依存症でストーカーじゃねえか!
そんな、いつまでもダメダメ野郎の 炊き込みご飯 なのです。
ログインしてコメントを確認・投稿する