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2026年05月22日05:42

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エボラ出血熱の感染経路の特定


初めて公式に記録されたウイルス性疾患エボラ出血熱の患者は、ベルギー人修道女シスター・ビータでした。彼女は大量出血などの恐ろしい症状に苦しめられた後、1976年9月に現在のコンゴ民主共和国キンシャサの病院で死亡しました。その数日後、シスター・ビータを病院に運んだ別の修道女にも同じ症状が現れました。

彼女も入院しましたが、やはり命を落としました。さらに、彼女の看護にあたっていた若い看護師も同じ病に倒れました。シスター・ビータが死亡する直前に血液検体が採取され、ベルギーのアントワープにある熱帯医学研究所に送られました。彼女の病気はどうにも説明がつかなかったからです。

医師の診断は「出血を伴う黄熱」だったのですが、シスター・ビータは最新の黄熱ワクチンを接種しており、出血は黄熱ではめったに起こらない症状でした。 やがて、キンシャサの3人以外の修道女にも患者が出ていたことがわかりました。

シスター・ビータが拠点としていた、コンゴ川沿いのエクアトゥール州の人里離れたヤンブク村にあるキリスト教伝道所で、複数の修道女が死亡していたのです。彼女たちはみな同じ病気のようでした。そして、やはり黄熱の予防接種を受けていました。

アントワープの科学者たちは血液検体を調べ、抗体を探しました。黄熱などの感染症にかかっていたなら、感染症と闘うために体内で抗体が作られたはずです。西アフリカの一部地域ではウイルス感染症のラッサ熱がよく見られたし、アジアや南米、東欧に多い細菌性感染症の腸チフスの可能性もありましたが、検査の結果はすべて陰性だったのです。

だが、電子顕微鏡で細胞検体をのぞくと、ミミズのような姿のものが見えました。ほとんどのウイルスに比べるとかなり大きく、これまでに発見されたことのない未知のウイルスでした。黄熱ウイルスとは似ても似つかなかったが、アフリカ固有のマールブルグ病と呼ばれる致死率の高い出血性の病気を引き起こすウイルスにいくらか似ていました。

マールブルグ病は、その9年前にドイツで発見されたばかりで、ウガンダから輸入したサルを扱った製薬企業の従業員が病気になったことが発端でした。サルから直接感染した25人のうち7人が死亡し、患者と接触があった6人が新たに発症しました。

ウイルスが見つかった頃には、ヤンブク村で謎の病気が猛威を振るうようになってから3週間が経っており、死者は200人以上に達していました。世界保健機関(WHO)は、熱帯医学研究所に対し、検体をイギリスのポートンダウン国立研究所に提出するよう要請し、6日後には出血性ウイルスの国際的な基準試験所となっている米国疾病管理予防センター(CDC) にもウイルスが送られました。

シスター・ビータの死から3週間後、CDCは病原性がきわめて高い新種のウイルスを発見したと発表しました。このウイルスはヤンブク教会の近くを流れる川にちなんでエボラウイルスと命名されました。エボラウイルスは、現在までに5種類のウイルスそのうち4つは人間に病気を株が発見されています。

引き起こすウイルスで、ヤンブクで発見された株で最も病原性の高いザイールエボラウイルス(zaire ebolavirus) のほか、スーダンエボラウイルス (Sudan ebolavirus)、タイフォレストエボラウイルス (Tai Forest ebolavirus)、ブンディブギョエボラウイルス (Bundibugyo ebolavirus) があります。

5番目のレストンエボラウイルス(Restonebolavirus) は人間以外の霊長類やブタなどに病原性を示すが、人間には症状が出ないのです。最初の症例が確認されてから、欧米諸国はただちに疫学やウイルス研究の専門家を集めて対策チームを結成し、新たに出現したこの恐ろしい病気に対抗する方法を探り始めました。

何よりも優先すべきは、感染経路の特定です。それには足を使った調査が必要になります。つまり、患者が出た現場に出向いて病気がどのような経過をたどったかを調べ、犠牲者に共通する要因を探すわけです。そうすることで手がかりが得られる可能性があります。チームがヤンブクに到着した頃には、さらに54人の犠牲者が出ていました。

最終的な死者数は280人、死亡率は88%にのぼりました。感染の中心地となった教会病院は、小さな教会の隣にあり、シュロの木と芝生に囲まれた中庭がある、きちんと整えられた清潔感のある場所でした。チームが建物に近付こうとした時、叫び声が聞こえた。「それ以上近付かないでください。私たちのように死んでしまいます」。

生き残った修道女たちは、小さなゲストハウスに閉じこもり、死を待っていたのです。彼女たちは「防疫線」というものについて読んだことがあり、それを文字通りに解釈していました。建物の周囲にはロープが張りめぐらされ、来訪者に呼び鈴を鳴らすように指示した標識があり、木の根元にメッセージが残されていました。

17人いた病院の従事者のうち9人と、教会で生活をともにしていた60人のうち修道女4人と聖職者2人を含む39人がすでに死亡していました。専門家チームは現地の人々に話を聞き、死者が誰だったか、いつどのような状況で死亡したかについての情報を収集していきました。そうしたことを踏まえて、エボラが空気感染する可能性は低いと判断した。

感染には、ある程度の濃厚接触(患者の世話をする、直接触れるなどの行為) が必要であるように思われたからです。これは喜ばしいニュースでした。麻疹やインフルエンザのように空気感染する病気は非常に感染力が強いです。その後の数日間で、2つの重大な要因が浮かび上がりました。第一に、調査チームは葬式どの関連に注目しました。

エボラの犠牲者の葬式が行われると、その1週間後に参列者の中からまとまった数の新たな患者が出ます。それが何度も繰り返されていました。地域の葬式では家族が死者を素手で清める習わしがあり、体の開口部をすべて洗うことになっていました。儀式は数日間にわたって続く。その間に大勢の人々が集まり、密接な接触が増えます。

もう一つの手がかりは、流行初期に村で出た犠牲者のほぼ全員が妊娠中の女性で、教会病院の助産所でビタミン注射を受けていたことでした。修道女たちはガラス製の注射器を毎朝煮沸していた煮沸時間が短く、適切に消毒されていなかった可能性が高かったのです。しかも、注射器は患者ごとに滅菌水で簡単にすすぐだけで、1日中使い回されていました。

これらのあらゆる事実が示唆するのは、エボラ出血熱が血液、尿、便、唾液、精液、膣液などの体液から感染する可能性です。つまり、エボラ出血熱は比較的感染しにくい病気であることがわかりました。

感染の危険があるのは、患者の看護にあたる医療従事者と、近い関係、特に性的な関係、エボラの感染経路にある人々に限定されました。判明しさえすれば、予防が可能になります。だが、現地の人々は医療チームの説得を聞き入れようとしませんでした。

とりわけ、予防のために地域の伝統に従った葬式をやめることについては激しく抵抗したのです。しかし、2014年になって、葬式ばかりに目を向ける姿勢が問い直されました。葬式だけでなく、末期エボラ患者の看護は病気の感染源として等しく考えるべきだとわかってきたからです。

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