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2026年03月22日11:28

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松原照子の「世見」(転載)

本日の世見  2026年3月22日(日曜日)

『三国志』

『三国志』は、中国王朝の正史である「二十四史」のひとつです。
多士済々な英雄が登場して、とても激しい覇権争いを繰り広げる物語は圧巻です。
後漢の末期から、魏・呉・蜀が争う三国時代を経て、西晋による統一までを記した『三国志』。
曹操、劉備、諸葛孔明、孫権と、有名人が勢揃いするのが、『三国志』のひとつの魅力と言えますが、実際にどれだけの血が流れたのか、心が痛みます。

『三国志』の中でも最大の戦いとされているのが「赤壁の戦い」です。
曹操が100万人という大軍を率いて南下(100万人分の食糧って、どれほどだったのだろう)。
この大軍の前に為す術もなしと思われていたのですが、劉備軍と孫権の呉軍が協力して曹操群を撃墜したこの戦いは有名です。
長江の赤壁という場所での戦だったので「赤壁の戦い」という名がついたのですが、この“赤壁”は、赤い色の断崖を示す言葉です。
長江沿いには、そのような場所はたくさんあり、戦場だとする候補地も5つあるのですが、未だ「赤壁の戦い」の場所の特定には至っていないようですよ。

私がこの『三国志』を思い浮かべる時、ユダヤ民族が中国には足を踏み入れなかった理由がわかるような気がします。
この『三国志』でわかるように、激しい戦闘があったからでは、と思ってしまいます。
赤壁があったとされる現在の武漢の近くでも、長江の河幅は広く、対岸を目視することができません。
この長江は、数々の歴史物語が眠る中国一の大河です。
「悠久」この言葉がピッタリとはまる河なのです。

長江沿岸での重要な場所が武漢です。
2000年にも及ぶ皇帝独裁体制を終焉に導いたのが、1911年の辛亥革命です。
この革命は瞬く間に全土に広がることになったのです。
まだ辛亥革命から115年しか経っていません。
この革命で清朝が倒れた後も、現在の中国になるまでは、国民党と共産党の対立戦争もあり、内戦が終結したのが1949年です。
私が3歳の頃です。
中国国内は、未だに一枚岩ではありません。


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