まだ、わからないとしても、
非常に多忙であり、しかも、不思議なことに実りがあった年でした。
たとえば、長女の結婚の話を聞いたのは、おとといの28日の夜です。
それから、当然の成り行きですが、相手の男が挨拶に来るということになり、
新年に半日だけ時間を作って、会うことになりました。
新年会なのか、寿司屋はどこも予約できません。
仕方がないので、娘に丸投げしたら、よくわからない六本木のダイニングバーになりました。
一体、どんな御仁か。
私は、きれいごとではなく、心底、刑務所を出たばっかりの人でも何でも、娘さえよければいいと思っていました。
というのは、重要なのは金と家族だからです。
娘は国家公務員ですから年金がつくとして、心配なのは老後の孤独です。
だから、誰でも、意に沿う人であればいいと。
東工大院で、東証プライムの正社員ですから、「そんな人でなくてもいいのに…」と思いました。
とにかく、半日開けるのが大変でした。
著書が、初校に入っています。
大学の教科書化は、成功。
片方では、新入生に他の教科書とセット販売してくれるという話です。
セット販売というと、大学時代に漢文の教授が、B4一枚に一行自分の字で文を書き、千円で販売していたことを思い出します。
もっとひどい先生は、著書に切り取り式のマークをつけて、「それを添付していないレポートは不可とする」と。
まあ、笑い話です。
セクハラなども甘く、自分の大学ではありませんが、元教授の「…酔っぱらって気がついたら女子寮の女の子のベットで寝ていた…」などという、武勇伝もありました。
それも、今は昔。
ちょっとしたことでパワハラやセクハラになる厳しいご時世に、セットで売ってくれるとはうれしいです(売り上げは出版社に行きます)
セット販売する理由は、英語などの、テキストがないとどうにもならない科目があるからです。親に一度にねだることができるから、一般論ですがセット販売したほうが学生にとっては楽です。
…やっぱり、年齢による変化がありますね。
何かうまくいっても、その過程でのしんどかったことだけを思い出すのです。
いいことがあっても舞い上がらなくなったということでしょうか。
妙に冷めたということでしょうか。
もっと醒めている人がいて、ほぼ僕と同じ境遇ですが、
「勉強が嫌になった」
「学生が嫌いだ。他人の子だからどうなろうがいい」
などという人がいます(二人)
よく考えてみないとそういう人と自分は同一視できません。
年齢と同じで、「おれも年取った」と考えると、一挙に老けるようなもの。自分は自分。これを大切にしたいと思います。
ログインしてコメントを確認・投稿する