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2025年09月03日07:03

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始まった〜 日々

身体の状態は、疲労に一番似ています。
ところが、寝転がってばかりいて疲れてはいないのです。十年二十年単位で溜まる疲労もあるのでしょうか。あるいは、ホルモン不足などでしょうか。後者は、三十代あたりからはじまる人がいるそうです。一度診てもらってもいいかもしれません。

暑いので、家の近くのすき家(ほとんど日陰を通って行ける)で飯を食べました。
うな丼です。
レトルトは、普通は栄養にならない気がしますが、これは、別です。
https://calorie.slism.jp/200044/
という、圧倒的な栄養。実感として、すぐに元気になります。

最初は、月曜日の女子大。
夏休み明けは、一年生は人相が変わります。
化粧が変わるので、区別がつかないほどです。地方出身で、表参道が衝撃的だったと語っていた人は、ファッション雑誌から飛び出したかのようになっていました。
実際にモデルのバイトをしている人もいます。本当に二限だけ、スタジオから飛び出して大学に来ているのかもしれません。

しかし、外見が変わっただけです。メンタリティは変わらないでしょう。

こういうケースをみると、道元が、
「人、舟にのりてゆくに、めをめぐらして岸をみれば、きしのうつるとあやまる。目をしたしく舟につくれば、ふねのすすむをしるがごとく、身心を乱想して万法を弁肯するには、自心自性は常住なるかとあやまる。もし行李をしたしくして箇裏に帰すれば、万法のわれにあらぬ道理あきらけし。」(『正法眼蔵』「現成公案」)

訳
川を下る船に乗って岸を見ると、動いているのは船であるにも関わらず、岸が動いているように見える。
自己本位な物の見方というのはこのようなもので、真実がどうであるかを考えるのではなく、自分から見てどうか、という点に終始してしまいがちだ。
そうした目線を船に戻すことで、動いていたのは船(自分)であったとようやく気が付くことができるが、よくよく自分の脳裏を振り返ってみればすべての原理は自分にないということは明らかである。

と述べている『正法眼蔵』の一節を思い出します。

化粧の仕方を身に着け、モデルさんみたいになれるのですから、勉強もできるようになるでしょう。

ここで一つ問題なのは、
化粧 … ツールが限られている
勉強 … ツールが限られていないし、模範となるものが実はない

ということです。
それが発見できればいい。
大学以降は、
ジャンルによっては網羅的に勉強する必要はありません。

微積分はできても、場合の数や数列ができなければヤバいという受験とは違います。
資格試験の勉強などは別として、知的関心を抱く対象は自分で自由に見つければいいと思います。

私も頑張らないと。
後期は学生とともに頑張ります。
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