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2025年09月02日06:57

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胃がんの最大の危険因子

癌とは、何らかの遺伝子の変化によって細胞が無秩序に増殖する病気のことです。周囲の臓器を破壊するなどして大きくなり、時に命を脅かします。多くのガンは、さまざまな要因が重なってできていて、原因は単一ではない。とはいえ、それぞれのがんについて罹患リスクを上げる危険因子は多く知られています。

例えば、肺がんは喫煙者に多いがんです。喫煙者の肺がんは非喫煙者より4.8倍も多く、喫煙は肺がんの最大の危険因子です。ちなみに、喉頭がんは5.5倍、食道がんは3.4倍、喫煙者に多いです。では、胃がんはどうだろうか?

胃がんの危険因子としては、食塩や塩蔵品が知られています。塩蔵品とは、漬物のような塩漬けの食べもののことです。また、喫煙が胃がんリスクを高めることも知られています。だが、近年、もっと大きく、かつ確実な危険因子の存在が明らかになりました。

ヘリコバクター・ピロリ (以下、ピロリ菌)という細菌です。胃にピロリ菌が感染すると、胃の粘膜に慢性的な炎症を引き起こします。長い年月を経て萎縮性胃炎と呼ばれる胃粘膜の萎縮に発展し、胃がんが発生しやすい状態になると考えられています。

ピロリ菌に感染していても必ず胃がんになるわけではなく、ピロリ菌感染は一つの危険因子である。とはいえ、感染者の胃がんリスクは非感染者の15〜20倍以上であり、ピロリ菌感染のない胃がんは1パーセント以下とされています。

では、ピロリ菌はどのように人に感染するのだろうか?実はほとんどが家庭内感染です。乳幼児期に、親から口を介した感染が多いのです。一方、大人になってからは、キスなどによる感染や食事による感染はないとされています。

胃にピロリ菌がいるかどうかは、さまざまな検査で調べることができます。よく行われるのは、尿素呼気試験という検査です。尿素を含む検査薬を飲んだあと、口から吐く息を調べるものです。ピロリ菌は、尿素を分解するという特徴を持っています。

尿素が分解されてできるのが、二酸化炭素とアンモニアです。よって、胃の中にピロリ菌がいれば、検査薬中の尿素が分解され、発生した二酸化炭素が呼気に含まれます。逆にいえば、この二酸化炭素を検出できれば、ピロリ菌の存在を証明できるのです。

ところが、ピロリ菌感染の有無にかかわらず、そもそも誰の呼気にも二酸化炭素は含まれています。どのようにして、「ピロリ菌が発生させた二酸化炭素」を識別すればいいのだろうか?実は、検査薬の尿素中の炭素原子Cを、同位元素であるに置き換えておき、1CO2を検出するのです。

自然界には、質量の異なる炭素原子Cが複数種類あり、約99%があります。したがって、検査薬を内服した後、呼気に含まれる二酸化炭素にCO2が多ければ、ピロリ菌の存在を証明できるのです。もちろんは人体に害はありません。

ピロリ菌は、胃がん以外にも胃のポリープやリンパ腫、胃・十二指腸潰瘍など、さまざまな病気と関連しています。胃潰瘍や十二指腸潰瘍の原因は何かと問うと、多くの人が「ストレス」や「暴飲暴食」と答えますが、実は95パーセント以上が「ピロリ菌か痛み止め」です。ピロリ菌が発見されたのは、1982年のことです。

それまで、胃の中に細菌は生息できないと思われていました。pH1という極めて強い酸性の環境だからです。だが、オーストラリアの医師、ロビン・ウォレンは、胃に未知の細菌が存在することに気づき、培養を試みました。この細菌が生きていることを証明するには、培養して増やす必要があるからです。

この研究には、同じくオーストラリアの医師であるバリー・マーシャルも加わりました。培養は、胃の表面をこすりとって得た検体を培地の上に撒き、細菌が増えるかどうかを確認することで行う。培地とは、細菌が生きるのに必要な栄養を豊富に含む素材のことです。

ところが、予想に反して実験は難航しました。何度試みても、細菌は培地の上で全く増えなかったのです。彼らを成功に導いたのは、一つの偶然でした。復活祭の休暇を取ったマーシャルが、うっかり5日間も培地を放置してしまったのです。

意外なことに、この長期間の培養が決め手になったのです。増殖スピードの遅いピロリ菌は、彼の休暇の合間を利用し、培地の上に見事な塊をつくったのです。顕微鏡で観察すると、そこにはこれまで報告されたことのない、らせん状の細菌が存在していました。

ウォレンとマーシャルは、らせん状 (helical) の細菌(bacteria) であることと、幽門 (pylorus)に存在したことにちなみ、この細菌をヘリコバクター・ピロリ(helicobacterpylori) と名づけたのです。

とはいえ、胃にピロリ菌がいるというだけでは、病気の原因になるとは言い切れません。ピロリ菌が本当に胃の病気を引き起こすのか。それを証明するためにマーシャルが行ったのは、自らの体を使った人体実験でした。

1984年、マーシャルは、ピロリ菌が胃炎と関連することを証明するため、自らピロリ菌を飲み込んだのです。その結果、ひどい胃炎と胃潰瘍を引き起こしたため、これを論文として報告したのです。細菌の存在に懐疑的だった周囲の人たちを納得させるのに十分な結果でした。

のちにピロリ菌は、胃がんを含めさまざまな病気とかかわっていることが知られ、公衆衛生に与える影響が非常に大きいことがわかってきたのです。ウォレンとマーシャルは、ピロリ菌を殺す除菌療法の研究も行いました。

現在は、2種類の抗生物質と一種類の胃薬を1日2回、1週間内服するという除菌療法が行われている(3剤が1パックになった製品がある)。マーシャル自身も併用療法を受け、ピロリ菌の除菌に成功したといわれています。2005年、マーシャルとウォレンは、これらの功績によってノーベル医学生理学賞を受賞しました。

ところで、なぜピロリ菌は強酸性の環境でも生きられるのだろうか? 実はそのヒントは、これまでの説明の中にあります。ピロリ菌は、アルカリ性であるアンモニアを産生するため、自らの周囲の強酸を中和できるのです。敵もさるもの。厳しい環境で生き延びるため、独自の進化を遂げていたのです。

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