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2025年07月23日08:03

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子ども〜青年は、リアルな体験がないとダメです。

■公園から子どもたちが消えた!都内の公園が暑さで“異変” 京都・福知山は39℃ 札幌市東区役所ではエアコンが故障し扇風機で暑さ凌ぐ
(TBS NEWS DIG - 07月22日 20:29)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8402734

リアルとは、五官でとらえる体験であり、マニュアルがない体験です。

たとえば、趣味でいうと鷹狩。
ボタンを押すと鷹が飛び出してくるのではなく、懐くように懐に入れて育てます。餌を与えすぎると獲物を捕らなくなり、餌が少なすぎると餓死します。
一羽一羽違う、その程度の見極めは、教えてくれる人がいないから感じないといけないそうです。

では、その逆の、ボタンを押せば鷹が飛び出す体験は、現実が一つの意味に対応する体験です。だからこそ、カルトに騙されるのです。

日本人ファースト。これなどは、物事のごく一面しかとらえていません。
私には、
帰化した中国人などの人が、たとえば、検事になって中国人の犯罪を起訴しないようにしているとは、考えられません。
また、留学生も、日本の分割占領に反対した蒋介石のような人もいます。
そういう計り知れないプラスの効果がありますから、
「中国人に金を払うのは損だ」は、あまりにも幼稚な論法です。

意味とは、一面のものにすぎません。
『金剛般若波羅蜜多経』「正信稀有分」には、こういう話があります。

「ある日、お釈迦様は比丘たちに語りかけました。
「例えば、深い川があり、その川を渡るための船や橋がない場合、ある人は木材や草を集めて筏いかだを作り、川を渡るだろう。川を渡った後、その人は筏が自分を助けてくれたので、筏を捨てずに肩に担いで歩いていた。しかし、その筏を持ち歩く必要が本当にあるだろうか?」
比丘たちは答えました。
「いいえ、筏はもう必要ありません。それを持ち歩くことは負担になるだけです。」
お釈シャ迦カ様は言いました。
「そのとおり。善の法さえ捨てなければならないし、ましてや、悪の法はなおさらだ。」

意味とは一時的な現象。部分的な真実にすぎません。
それが、決して現実とは一対一に対応していないこと。子どもから青年までが学ぶべきことは、ここにあります。

写真は藤原佐理。
こういうのを見ると、(特に、実物に触って整理すると)
書物は理解ではなく体験だということがよくわかります。

まして、書物ならぬ現実は、なおさらです。
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