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⓶経過
��トドメ
�〇劼匹發虜△�ら、私が実家を出るまで。
(つまり一人暮らしを始めるまで)
髪型を決めるのは母でした。
子どもの頃は
「汚しても良い髪型で」という謎発想で
「超短髪」でした。
おかげで数え切れぬほど「男の子」に間違われ
泣いて母にすがりましたが
母は決まって言うのです。
「あんたが元気に走るからやろ、
子どもらしい証拠やないか、
胸を張りなさい、何や泣いて情けない。
そんな情けない子どもに
育てた覚えはないで!!」
(当時、すたぐろ戸籍年齢3歳です)
(母は要するに
自分は悪くないと
言いたかっただけなのですよね…。)
ショートヘアならまだしも
理容室にまでついてきて
丸刈り一歩手前まで
切られてしまうので
少女としては、それこそ
穴があったら入りたい、そうして出てきたくない
と、思っていました。
同じ保育園の、長髪の友達に
憧れていました。
時が流れ、小学校の卒業の日。
髪を伸ばすことを許可されましたが
髪型は指定付き。
「編み込み」でした。
⓶経過
私は髪を伸ばせることになったのに夢中で
喜んで?編み込みのやり方を覚えました。
今度は何が起きたか?
母は
決して
切るのを許さなかったのです…
其の後
1〜2年に1回、やっと美容院に行く、
というのが続きました。
母のおかげではありません。
たまたま出会った美容師さんに
促されてとかでした。
さらにその後。
私は
家同士の付き合いがあり、
将来は結婚を約束まで
していた高校生と
デートDVを理由に別れたら
とんでもない仕打ちが待っており。
その高校生が愛した長髪を捨てました。
この時、また短髪に戻りました。
��今のマイホームに引っ越してから
良い出会いに恵まれ
髪はセミロングほどとなり
ポニテが基本。
1人目の美容師さんは
何でも話を聞いて下さり
3か月に1度ほど通うことに成功。
しかしある日
ルンルン気分で行ったら
「倒産」していました。
��トドメ
ショックを受けた私は
わけもわからないまま
地図を出して
付近の美容室・理容室を探しました。
それが、最後の理容師さんでした。
大変お世話になりました。
語りつくせないほどの思い出があります、
しかし最後に行った日
「閉店」を告げられました。
(理由は高齢)
私はまだまだ子どもで
育ての母親を喪ったかのような
強い悲しみに襲われました。
髪を切る?切らない?
どこで?どうやって?
私の思考はやがて、考えることを放棄しました…
以来、伸ばしっぱなしです、
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