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2025年06月08日22:43

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書き起こされた文章見てると、この人らしさが滲み出ているような。

■長嶋茂雄さん告別式、松井秀喜氏「私は長嶋茂雄から逃げられません。それが私の幸せです」涙こらえ最後の別れ【弔辞全文】
(TBS NEWS DIG - 06月08日 16:06)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8342465
今月3日に亡くなった長嶋茂雄(1936〜2025)の告別式が行われ、王貞治、中畑清に続き、松井秀喜が弔辞を述べ、感謝の気持ちを伝えた、ですか。その全文が記事にあり、曰く、

監督、今日は素振りないですよね。その眼を見ていると「バットもってこい、いまからやるぞ」と言われそうでドキッとします。
でも、今はその声を聴きたいです。ドラフト会議でわたしを引き当ててくださり、満面の笑みで親指を突き上げてくれました。
タイガースファンだったわたしは、心の中でちょっとずっこけました。しかしそのすぐあと電話で「松井君待ってるよ」と言ってくださり、あっという間にわたしの心は晴れました。監督はひとたびユニフォームを着てグラウンドに出ると、強烈な光を発し、わたしと2人で素振りをするときは、バットマン長嶋茂雄になりました。それがわたしの日常でした。
監督が引退された年に生まれたわたしは、監督と現役をともに過ごした方々と同じ気持ちになりたくても、なることができません。その時代を生きていません。ですが逆に、わたしはその野球の神様・長嶋茂雄というものを肌で感じていないからこそ、普段のふつうの自分自身で接することができました。それが、わたしにとって非常に幸運だったと思っております。
監督を退任する日、わたしは最後の素振りだと思って、振っている途中、涙が止まりませんでした。これが最後の素振りになると思ったからです。「何泣いてるんだ。タオルで涙を拭いてほら振るぞ」。そう声をかけてくださいました。それが最後だと思っていましたが、翌日もやりましたね。そして次の年も次の年もやりました。わたしは長嶋茂雄から逃げられません。
これからもそうです。それがわたしの幸せです。監督、わたしが現役時代、一度だけ監督にお願いしたことを覚えていますか? わたしはセンターを守っておりましたが、「監督、どうせならわたし、サードやらせてくださいよ」とお願いしました。そしたら「お前はサードじゃないよ。お前はやっぱりセンターだ。俺はお前をジョー・ディマジオにしたいんだ」とおっしゃってくださいました。わたしは全くピンときておりませんでした。
ある日、素振りで監督のご自宅におじゃましたとき、わたしはそこにジョー・ディマジオのバットとジョー・ディマジオの大きな写真があることに気づきました。見逃しませんでした。監督は本当にジョー・ディマジオが好きなんだなと思って、またその選手のようになれと言ってくれたことに、本当にその時幸せに感じました。それからわたしは喜んでセンターが大好きになりました。
その時、監督はわたしがジョー・ディマジオと同じユニフォームを着て、同じグラウンドでプレーすることを夢にも思ってなかったと思います。もちろんわたしも思っていませんでした。
わたしが引退して監督に挨拶に行ったとき、「監督がジョー・ディマジオって言ったからわたしヤンキース行ったんですよ」と言ったら、この笑顔をみせてくださいました。その時、はじめてわたしは大好きなジャイアンツを去ることになりましたが、これで良かったんだと思いました。
そして、今も遠く離れた場所にいます。日本に帰ってくる度、監督にご挨拶に行くと、監督の言いたそうなことを、言おうとするのに言わない、でもその気持ちはいつも受け取っておりました。これからも、監督がなぜわたしだったのか、なぜわたしにたくさんのことを授けてくださったのか。その意味を、その答えを、自分自身の心の中で監督に問い続けます。
今度はわたしが監督を逃がしません。ですから今日は、ありがとうございましたもさようならも、わたしは言いません。
今後も引き続きよろしくお願いします。そしてその強烈な光で、ジャイアンツの未来を、日本の野球の未来を照らし続けてください。

「タイガースファンだったわたしは、心の中でちょっとずっこけました。」とか、この人らしいユーモアセンスを感じました。また、MLBファンの私は、Yankeesなどで活躍し、怪我に苦しみながらもその勝負強さで4シーズン100打点以上を挙げた松井秀喜のMLB時代を楽しみに見ていました。渡米初年となる2003年と2009年にWorld Seriesに進出、特に2009年のWorld Seriesで前年の覇者であるPhiladelphia Philliesと対戦したシリーズでは5番打者として活躍、怪我などで既に指名打者専任となっていたため、当時指名打者制度の無かったNational Leagueの本拠地で先発出場出来なかった条件の中で抜群の勝負強さを発揮、特に本拠地に戻った第6戦で先発に復帰、2回に先制の2点本塁打を放ち、3回には中前適時打、5回にも右中間を破る適時二塁打で2打点ずつを加え、シリーズタイ記録の1試合6打点を記録、チームを9年ぶりの世界一に導く13打数8安打3本塁打8打点で打率.615、OPS2.027という成績でWorld SeriesMVPに選出された松井秀喜の活躍は記憶に深いですが、「Joe DiMaggioにしたかった」の長嶋茂雄の一言は知りませんでしたし、それが“支え”だったと知ると、なるほどと思いました。確かに、Joe DiMaggioの背番号「5」を2つ並べると、松井秀喜の背番号になりますね。
13シーズン中9シーズン、100打点を超えたJoe DiMaggioには届かなかったかもしれませんが、Yankeesにいた7シーズン中4シーズン100打点以上を記録したのですから、その域に達していたと見ても良いのではと思います。
10シーズンの巨人時代もMLB時代の10シーズンも、「長嶋茂雄に薫陶を受けた」というその“根っこ”の部分は変わらない、それをこの弔辞で、改めて感じました。
また、「監督が引退された年に生まれたわたしは、監督と現役をともに過ごした方々と同じ気持ちになりたくても、なることができません。その時代を生きていません。ですが逆に、わたしはその野球の神様・長嶋茂雄というものを肌で感じていないからこそ、普段のふつうの自分自身で接することができました。それが、わたしにとって非常に幸運だったと思っております。」、それこそ、多くの人々の長嶋茂雄という人物に対する感覚でしょう。マスメディアの多くは、半世紀以上前となるその現役時代(「我が巨人軍は永久に不滅です」の引退の日含む)に同時代性を持たないので、なおさらと感じます。改めて合掌。
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