武田 洋一
神社封印に気付いたきっかけをくださった細川先生。
これが1番印象に残ってる。
せっかくなので共有したい。
神社の「二礼二拍手一礼」。
当たり前に思われているが、これは明治政府が「統一した」参拝法にすぎない。
本来、日本古来の正式作法は「三礼三拍手三拝」だった。
出雲大社などには今もその形が残る。
天地人の三位一体、霊的な整合性を重視した本来の作法だ。
なぜ二にされたのか。
そこには意外な「朝鮮式礼法」の影響がある。
明治初期、国家神道化に伴い、神社制度も「儒教的礼制」を模範とする動きが起こった。
礼法制定の際、李氏朝鮮の王宮作法を参考にした文献が存在する。
朝鮮礼式では「二拝二拍手(あるいは二揖二叩首)」が基本とされる。
これが神社作法の国家統一版に採用された。
つまり現在の「二礼二拍手」は、明治政府が外来思想を取り込み「意図的に作り直した」参拝法なのだ。
問題はここにある。
三は調和、循環、天地を結ぶ数。
二は分断、対立の数でもある。
霊的な作法の数がズラされ、祈りの深層構造が変えられてしまった。
今、この事実に気づき、
本来の作法を復興しようとする動きが一部の神職や研究者の間で起きている。
あなたの参拝法は、果たしてどちらの流れに立っているだろうか。
補足として、三礼三拍手の意味は、神社に参るのを『参拝』というように、
「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」
「高皇産霊神(たかみむすびのかみ)」
「神皇産霊神(かみむすひのかみ)」
を拝するので、「三(参)拝」なのです。
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