mixiユーザー(id:1417947)

2025年04月16日19:37

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ナパーム弾の少女・・・

 昨日は、病院に行って、予定より遅くなってしまい、
 日記を書く余力がありませんでした。

 今朝の下野新聞に、「ナパーム弾の少女」のその後が載っていました。
 「ナパーム弾の少女」は、ご存知の方も多いかと思いますが、
 ベトナム戦争の激しかった1972年6月8日、ナパーム弾の爆撃で衣服が焼かれ、
 全裸で泣き叫んで走る少女の写真です。
 下記のCNNの記事で観る事が出来ます。
 https://www.cnn.co.jp/style/arts/35190266.html
 AP通信のカメラマンが撮影したもので、
 モノクロの写真は世界中のメディアに取り上げられ、ピュリツァー賞を受賞しました。

 ベトナム戦争は、1954年のジュネーブ協定で分断された南北ベトナムが
 互いに統一を目指した戦争です。
 1960年に北ベトナムが支援する南ベトナム解放民族戦線が創設され、
 武装闘争を開始し、南ベトナムを支持するアメリカは1965年に本格的に介入し、
 北ベトナムは旧ソ連や中国の援助を受け、
 東西冷戦の代理戦争の様相を呈しました。
 アメリカ軍は第2次大戦で開発したナパーム弾を多用したほか、
 解放戦線が拠点にする密林に枯れ葉剤を散布するなどしましたが、
 1975年4月30日に南ベトナムが降伏を宣言し、戦争が終結しました。
 今年で50年になるのですね。
 僕が学生時代でしたから、非常に関心を持っていました。

 この写真の少女ファン・ティ・キム・フックさんが
 存命である事を今朝の新聞で知りました。
 新聞の記事によると、大火傷を負った直後は遺体安置所に運ばれたとの事でしたが、
 父親の訴えで別の病院に移され、
 気絶するほどの痛みを伴う長期治療を経て退院したとの事です。
 それでも傷跡が残り、
 それを社会主義のベトナム政府が利用しようとしたのに嫌気がさし、
 留学中のキューバで知り合った男性と結婚し、カナダに亡命したとの事です。
 1995年に東部トロントで記者の取材を受けるまで、隠れていたようですが、
 ご長男を出産し、戦争で苦しむ子どもを救う使命感に駆られ、
 紛争下の子どもを支援する財団を設立し、公の場に出るようになったとの事です。
 フックさんは、ロシアのウクライナ侵攻やパレスチナ自治区ガザの戦闘で、
 子どもが犠牲になり、心を痛め、
 「いかに醜く、残酷な写真でもそれは戦争の現実で、
  人々は直視しなければいけない」と語ったとの事でした。


【今日の一句】
 懲らしめる 正義の味方 募集中

 人手が足りないのかも・・・

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