付き合う人を選べば、お金と時間に余裕が生まれる
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=8264727
ネット上などに、人間関係のアドバイスのサイトがあふれています。
でも、結論からいうと、玉石混交だと思います。
確かに、
「他人は自分が思っているほど自分に関心がない」など、普遍的に当てはまるものもあります。また、ネット上で述べるにははばかりがあるのでしょう。あまり書かれませんが、「職場では真の友人はできにくい」「友人には定員がある」などという核心を突いた言葉もあります。
だが、
「マウント取る相手から離れろ」などという、しょうもないものがあります。
マウントにもいろいろあります。
私らがマウントが不愉快だと、時に感じるのは、そのマウントが内容がないからです。
逆の場合は、少しも嫌な気分にはなりません。
たとえば、定説(学会の大多数が認める説)を持っている人(つまり、自分の説を学界の定説にした人)Tさんが、その論文を見せてくれたことがあります。
Tさんの態度や所作に、
「どうだ、凄いだろう」
というニュアンスはありません。
私もいい内容の論文を書いたことがあります。些細ですが有力な定説の一つになるものです。(なんて書いたら、マウントということになるかな? その辺はちょっとわきに置かせてくださいw)
その感想は、
「これでいいのか」「こんなの喜んでいられないな」「いろいろ頑張って、たったこれっぽっちかよ」…
というものです。
Tさんもそんな気持ちでしょう。そういう心理がありありと伝わりました。
有名大学をぱっとしない成績で卒業したのに、「オレは✕大卒だから」とマウントを取る人は、虚栄です。中には本当に詐称するという人もいます。
虚栄の「虚」とは、嘘だ(詐称ではないとしても中身がない)ということです。
嘘の反対の本物は、得たものに充足しません。あるいは、別の次元を見ます。
いつだったか、旧制中学卒の老人と学歴の話をして、「大学院卒とは、あんた、凄い」と言われたことがあります。もちろん、「そうだ、オレはすごいだろう」という気持ちになるはずがありません。「学歴なんて、時代により違いますし、中身を保証しませんから」と言いましたし、心底から、そう思いました。いや、今でも、堅くそう思っています。
当たり前のことで、特別、偉くもなんともないのですが。
マウンティングは、その人のレベルが問題だと思います。
Tさんのようなレベル(特別に高いレベルではなく、普通以上のレベル)になれば、不愉快でも何でもないです。
後は、「マイナスから入るな」などもそうです。
明晰な意識で日々を過ごしていれば、
何の仕事についていても、
なぜ、自民党が第一党なのか。統一教会に肩入れした岸や安倍は極悪非道の国賊だ…
と頭にくることに囲まれています。
「マイナスから入るな」
「マウンティングする人から離れろ」
は、所詮、愚者を慰める方便だと思います。
ぼくらは、カラオケブックスで延々と友達の歌の褒めあいをするような、アフォな女子校生ではありません。
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